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BOOKs【読書室】

2018年3月21日 (水曜日)

門井慶喜 銀河鉄道の父

「宮沢賢治を父政次郎の目から描いた異色の」と書評が書き出す。
果たしてそうか。

この作品の一番大切な言葉は、「宮沢賢治」ではなく「銀河鉄道」でもない。
「父」なのだと読後にじーんと来るものを受け止めながら、そう思った。

1986年から40年ほどのあいだの時代を背景にしたフィクションなのか事実なのか境目のない物語だ。宮沢賢治とともに生きた「父」の物語というのが正確ではないか。

何度も時代の年表を照らしながら、この時代背景のなかで人々がどんな暮らしをし何を生きがいにして幸せを求めていたのだろうか、ということを並行して考えながら、この物語の普遍性がもたらす父親の心理とそのなり振りなどを想像した。

父とはこんなものだと冷めて見つめてもよかろう。
しかし、深層はそんな生易しいものではすまされない。

励ますほかの仕事はなかった。励ましたところで賢治はみじんも楽になることはなく、ましてや病状など好転しない。ことばとは、これほどまでに、
(無力か)
永遠のごとき時間ののち、ようやく咳がやむ。(P376)

丁寧に父なるヒトの心と時間の鼓動を捉えている。

的確に、愛情という温かさと父が備える冷たさと、父であるべき冷静さを物語の深層流におきながら、父の視点とその心を着飾らず肩にも力を入れずに、美しく物語にした作品といえる。

宮沢賢治生誕百周年のイベントのときに偶然にも花巻を旅して賢治に出会いながらもそのあとになっても彼の作品をさらりとしか読んでいなかったし、作品自体もそれほど…と思っていた出来の悪い宮沢賢治読者であったわたしであるが、作品には心を洗われた。

子が先に逝くのは今ほどまでには異例でなかったにしろ、紛れもなく自らの無力に冷静に向き合った父の威厳と偉大さと優しさが、宮沢賢治の描く銀河には脈々と流れるのだろう。

(平成30年3月21日記)

門井慶喜 銀河鉄道の父

2018年2月21日 (水曜日)

金子兜太さん 逝く

金子兜太さん 逝く

むかしを探して
もう一度振り返ってみたい


秘伝ブログ ▶️
金子兜太さん 逝く 雨水篇 (裏窓から)


    1
  1. いつもと同じ春、いつもと違う春 ─ 啓蟄篇
    まず」の暮らしが動き出しているようです。金子兜太さんは「他界」のなかで、逝ってしまう人はもう一つの世界に移ってゆくだけで魂までもが消滅するわけではないのだとお...
  2. 金子兜太 他界
    金子兜太 他界2015年2月20日 (金)図書館で借りたのでさらりと読んでホイと返却してしまった。読み終わったあと、し...
  3. 春はじりじり
    に立たんが少しは手伝っているかな。雨水。金子兜太を読み始めました。さっぱりした作品です。引っ越しの荷物運びなどの予定で休暇にしていたのですが、割と暇だったので...
  4. 温い日寒い日 ─ 雨水篇
    書館に予約を入れておいた本が届きました。金子兜太さんの「他界」です。少し前に金子兜太さんの語る 兜太 ─ わが俳句人生 金子兜太を読んで以来、カリスマ的に手が...
  5. 語る 兜太  ─  わが俳句人生 金子兜太
     金子兜太さんという人は、朝日俳壇の選者もやっていて、テレビで何度か見たことがあり、ラジオでも話を聞いたことがある。95...
  6. 金子兜太 わが俳句人生 語る兜太
    BOOKs(読書日記)から金子兜太さんの魅力と凄さはいったいどこから湧き出てくるのだろうか。そう思うと、むかしを掘り起こして、自らが描く姿にお目...
  7. 枯野
     よく眠る夢の枯野が青むまで  金子兜太私は夢をほとんど見ない。眠ったら朝までまっしぐらで、眠っているときの歓びはない。したがって、どんな寒い朝でも起...

金子兜太 他界 金子兜太 語る兜太

2018年1月19日 (金曜日)

若竹千佐子 おらおらでひとりいぐも

図書館で予約しました四番目

今までに何度も
芥川賞には騙されるように
失望していながら

また読もうとしているのですが

失望しながらも
それほど悪い印象が残らないのが
この賞のいいところで

昨今は
ウケとか
人気に
大きく流されてしまう傾向が無視できず
寂しいのため

今度こそと期待をしたい

若竹千佐子 おらおらでひとりいぐも

2018年1月 7日 (日曜日)

高村薫 黄金を抱いて翔べ

黄金を抱いて翔べ
高村薫
2017.12.11

高村薫 黄金を抱いて翔べ

できる限り真っ白で読み始めたいのだが、「高村薫の初期作品」と本の紹介で書いているので、読みかかる前に知らないままでは済まない。

「リヴィエラを撃て」や「マークスの山」はこんな作品を上流に持っていたのだと思うとそのこと自体が感動になってくる。

物語よりも、まず若き高村薫がこの作品を創りあげていることの感動である。

まだ若いギャル世代を多少回った程度の年頃にこれほどまでに硬派なドラマをそして冷たい心をさらにオトコの感情をさらりと書いている。そしてそれがテンポも良くて面白い。

映画になっているらしい。映画ファンはさぞかし映画を楽しまれたことだろう。

怒りあり恨みあり、情がありさらにスリルがある。

小説でなければ表せない場面や心情・感情を高村薫のペンは、冷たくサラサラと書いてゆく。

物語の大筋は銀行から金塊を強奪するという話で、そのために緻密に計画を立てて、下見をして、実行する。

人が絡み合う。
心が縺れる。
感情が交差・激突する。
悲しいとか嬉しいとか好きだとか嫌いだとかそういう話でもない。

金塊が盗み取れるか。
段取り通り作業が進むのか。
爆弾は派手に爆破できるか。
金庫はぶち破れるか。
予期せぬトラブルは起きないのか。

一歩間違うと大衆向けのサスペンスでスリルに溢れただけの三流ドラマになりかねない。だがそこにはとどまらずに、読者を惹きつけてしまう力と面白さを備えた文芸的な作品である。

読後に高村薫ファンを二倍以上にしてしまう。

作者を男性だと勘違いさせて素知らぬふりをしている。

まあ、高村薫さんも最近は新聞などに顔を出して論壇にも登場しているし、出版社のPR戦法でも作家の素顔がオモテに出ることから、男性と思っている人は少なくなったと思いますが。

悪役で、裏街道を生きて、ズル賢くて才能があって機知に富んでスマートに行動するようなオトコを書く(描く)のは上手い。

この硬派な筆致が高村薫は難しいと思わせたり男性を想像させたりしたのでしょう。

非常にわかりやすくてスカッとして飽きさせなくて引き込まれてしまうリズムを持っているのに。

読む前に映画があることを知ったときは、あとでDVD作品をレンタル屋に探しに行こうかと考えてのですが、その気はなくなってしまった。

そんなことをするくらいならもう一回読む。

金塊は強奪できたし、爆弾も爆発して、パニックも起きたのだ。

結果を知りながらもう一回読んでも間違いなく面白い。

2017年12月24日 (日曜日)

葉室麟さん 66歳か

このブログを検索した結果 3件のヒットがあった

    1
  1. この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう 小暑篇
    10月30日 木曜日のわたしの日記の中に葉室麟「蜩ノ記」の読後感想を書き物語からある「言葉」を抜き出している秋谷と慶泉和尚との会話から─ もはや、この世に未...
  2. 葉室麟 蜩ノ記  −−  言葉から
    秋谷と慶泉和尚との会話から−−− もはや、この世に未練はござりません−−− まだ覚悟が足らぬ
  3. 葉室麟 蜩ノ記
    葉室麟 蜩ノ記 物語の書き始めばかりを集めて作品集を編集する人があるくらいなのだから、そこには惹きつけるものが無くて...

2017年12月12日 (火曜日)

高村薫 黄金を抱いて翔べ

風の強い日でした(11日)
汽車は10分以上遅れて来て
本屋に寄ったけど
運良く乗れた

高村薫 黄金を抱いて翔べ

2017年11月 6日 (月曜日)

壇蜜日記3 泣くなら、ひとり (感想追記)

壇蜜日記3  

泣くなら、ひとり 壇蜜日記3 に続いて、少し書き足します

最後に短編小説が一篇
自筆のメッセージが2ページ付いている

日記とは全く別の読み物であるが
継続して読み進めば小説でありながら
日常のような雰囲気を保ったまま
読み進むことになる

この人は小説家ではないし
自らも小説家と言われては本職の人に申し訳ないと思う
というようなことを書いている

実際に小説としては
何となく未熟な面を感じる

日記の感想のときにも感じたように
筆のタッチ、感性や言葉の輝きはいいのだ
けれども、文章は少し物足りないし
決して上手とも言えない

小説家でやるより
随想家あたりでやっていくのが
味を出せるだろう

センスや持ち味や教養なども生かせ
人間の魅力も出てくると思う

壇蜜日記3を最初に読んでこの感想を書いたわけであるが
さらに壇蜜日記1、2に遡って読もうとは今のところ考えていない
壇蜜日記4が出ても買うかどうかは今のところ決めてはいない


こんなことも書いてます
壇蜜日記3 あれこれ

2017年10月21日 (土曜日)

泣くなら、ひとり 壇蜜日記3 

壇蜜日記3をぼちぼち読んで
かれこれ1ヶ月ほどが過ぎる

汽車の中で景色を見たり
高校生を眺めてぼんやりしてみたり
この本に目を通したりしながら
数日分を読むと降車駅に着く

壇蜜さんのことは全く知らない

見たこともないし
声を聞いたこともない
顔も浮かばない
どんな人物かも知らない
つまりは何をしている人なのか
よくわからないまま 読み出したのだ

なかなか、庶民的で
ちょっと堅物のようで
少し斜めに構えている風で
結構 真面目で純粋で
昔くさくて
それなりに知性もあって
エッチなことも書く

文章は散文的で
それほど上手ではない
けれども、とけ込みやすくて

味なことを時々書く
そこに付箋を貼ってしまうので
文庫本からたくさん付箋がはみ出す

壇蜜日記3  
BOOKs(読書日記)

2017年9月 2日 (土曜日)

池谷裕二 自分では気づかない、ココロの盲点・・・


8月29日の中日春秋(中日新聞)が

米気象当局はハリケーンが発生すると、男女の名を交互に付けていく。今年はアーリーン、ブレット、シンディ…と女男女の順で名付けられ、今回、北米を襲った大型ハリケーン「ハービー」は男性の名だ。では、男の名のハリケーンと、女性名のそれでは、どちらが被害が大きいか。それとも被害に差はないか? 東京大学で脳を研究する池谷裕二教授の『自分では気づかない、ココロの盲点』(講談社)によると、女性の名のハリケーンの方が、多くの死者を出すのだそうだ。(以下略)

 

と書いているので、本屋に出かけた。

池谷裕二 自分では気づかない、ココロの盲点

これを買いに行ったのだけれども
何を間違えたのか、
しっかりメモをしないで行ったのがいけないのか、
池谷裕二 進化しすぎた脳

こちらを買ってきてしまいました。

おかしいなあ、80問のクイズ形式になっていると、

書評では書いてあったのに。

 

家に帰って

作者の出版リストを調べて

買い間違えたことが判明

ま、いいか

2017年8月22日 (火曜日)

高橋順子  夫・車谷長吉

付箋を貼った箇所は書き写して
写真のページに貼りました


ムラサキイロノユウグレ
ムラサキイロノカオ
ヲシタヒトガ
ハヤクハヤク
トセカセニ
クルサクラノキ
ニハサクラノキノ
カオヲシテクル ジュンコ ヨシ

表紙にはそんな絵手紙がある
この人がこんな作品を描くということは随分とあとになってから知った

高橋順子 夫・車谷長吉

赤目四十八瀧心中未遂をはじめて読んで、純粋に、これは素晴らしい文学だと思うと同時に「ものがたりの芸術」だとも感じた

文学が持つ高貴で高尚な顔と芸術作品が持つ複数の歪んだ顔(現実ドラマ)のようなものを併せ持ち、心の中にあるドロドロでありながら澄み切ったものを人間的な美学として作品に編み込んだ鮮やかさを感じたのだった

車谷長吉と高橋順子さんは夫婦である

このエッセイは夫婦になる前に、車谷長吉さんから恋文を受け取るところからエッセイ風味に回想が綴られている

出会いが古典的とも思えるスタイルであり、結婚の決意が燃えるようでもなかったみたいに思いだされて、日常の暮らしの一場面を切り取って語るほかに、数々の文学賞に纏わるエピソード、四国へのお遍路行や世界一周の船旅の記憶などを辿ったエッセイになっている

信じられないような二人の暮らしぶりがの様子が随所に出てきて、二人の間の生活ぶりの実態に驚かされ続けてながら没頭し、何度も読みかえしてしまう

しかし、詩人・高橋順子さんは極めてさりげなく随想作品にして綴っている

だが、車谷長吉への深くて大きな愛情が生き続けていることをこの作品からどっしりと受け取ることができる

つまり、このエッセイはこの上ない愛の手紙であり、追悼であり、愛を改めて告白しているとまで感じさせる熱いメッセージの集積だ、といっていいでしょう

読み進むにつれて面白いところでは笑いながら涙を流し、驚くところではビックリ顔になってオオッと叫びながらやはり涙を流して読んでゆく

涙無くして読めないのは、車谷長吉さんが高橋順子さんをとても必要な人としていて、そこにある愛情が二人の間に満ちていたからでしょう

決して軽度とはいえない神経症をやみながら、作家として車谷にしか書けない作品を生み出し続け、燃え尽きたくても願いも叶わず、とんでもない予想外で尽きてしまう長吉さんを最期まで見守って、亡くなってからも熱く振り返り続けている

車谷長吉の人間味の純粋なところをストレートに受取り、それをこの作品で私たちにストレートに伝えてくる

当然、高橋順子さんも熱い気持ちで車谷氏を回想しているんだろうから、涙まみれで書いているのではなかろうか

だからこれはやっぱし愛のエッセイであるのだなと感じるのです

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