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【雷山無言】

2015年7月 7日 (火曜日)

逃げ道

くみさんがFBで書いている。

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■人生の〈逃げ場〉 会社だけの生活に行き詰まっている人へ(朝日新書)上田紀行

こんな本をぽちっと注文してしまったくらい疲れてる。心身ともに疲れてる。

読む気も起きないくらい疲れてる。
読めるくらいに回復した頃には多分もうそこまで行き詰まってないんだと思う。

でもせっかくだから読んでみようとか思う。


私の場合を振り返ってみました。
仕事をしているときは開発部門でしたので潜在的なプレシャーとかが大きかったのでしょうかね。家電屋の製品にはわたしの息がかかった物がほとんどと言っていいくらい溢れてました。
人それぞれのプレッシャーの感じ方は違うと思いますが、あのころはバイクに乗って連休などは1週間以上俗世界を離れるみたいなことをしてさらに週末はかなり身勝手な休息をしていましたが、やめてしまったらプレッシャーはないんです。髪が減っていく速度が急激に遅くなって解放されてます。
別の社会に変わってみて知ったのは、プレッシャーの少ない社会が世の中に在るのだということで、もしもこの世界に24歳から来ていたらどうだったのだろうかと考えることがあります。
長くなるので控えますが、人間は圧力の感じ方や影響の受け取り方に差が大きく在るのですけども、私は仕事をやめてバイクをやめて旅をやめてストレスから解放されて、その後の打ち手が大事だと思いました。辞書からストレス発散という言葉が消滅したのです。でもそれはアブナイことなんです。
人は緊張するから生きているんだなと思いますね。緊張って誰のためのものか。自分のために緊張してるんです。人に緊張させられていると思っていたら負けなんやな。ウマく言えないけどね

嫌なことをたくさん書いたかもしれないと反省していたけど、人生には「嫌い」と「好き」は都合のいいような割合では存在しないのも現実ですね。「向いていない仕事」は良くなかった仕事と言うわけでもなく、わたしは嫌々でも飯を食って子どもを就学させたのだから、◎だったのかもと思っています。自分の夢の仕事をして成功できるなんてのはできないのが当たり前で、それ自体が夢ですね。

人生をあれこれと語れば、たぶん、成功した多くの人の話なんか、参考にならないし、時には自慢話にしか聞こえないから。
私のようにどん底の人の話は、反対に腹立たしいかもしれないけど、上手に聞けば参考になるのは、私のように順風満帆でなかった人のほうがいいんでないかな。

そうそう、流されてゆく?
それは間違い。どんなことがあっても、溺れていても、流れは自分が作るのだ。そう思うことが大事だな。

子どもは親の背中を見ているからね。どういうふうに捉えるかの味付けは、背中を見せっぱなしではなくて、親がする。

背中が大事なのか、真正面からの姿が大事なのか、そこで語る言葉に重みがあるのか(必要なのか)。

どっしりと重いものが親の肩に乗っかっているのですが、ボクは重くはなかったな。楽しかったよ。木を育てるように。

2014年12月22日 (月曜日)

冬至に考える(その1)

冬至に考える(その1)

11月の末に一通のメールが届いた。従兄弟(♀)からのものであった。

手紙には季節の挨拶のほか、日頃の自分の暮らしのことに触れて自分の時間をそこそこ持ててそれなりに楽しく暮らしていると書いている。生まれ故郷で同窓会を開きたいが、地元に残った人で誰か骨を折ってくれるような人はいないものかとか、1月の下旬になったら海外に行ってこようと思うとも書いている。

従兄弟の中でもかなり身近なところにずっといる子で、何でも思うことを話せる兄弟のような存在でもあり同級生でもある子だ。旦那さんは国家公務で、定年間際まで転々とするか離れ離れの暮らしをして、血縁もない年寄った姑を長年面倒を見たりして生きてきた苦労人である。人柄もおっとりとして他人の悪行や悪戯や意地悪にも激昂したりするような激しい面もなく穏やかな子だ。

海外旅行の話を気の置けないわたしにすることは一向にかまわないが、ふと感じたことがあったので返事を書き始めたら私自身が過熱気味になった。

こんにちは。今の時代、海外旅行にひとりで出かける話などを周りを気にせずしたら仲良くなれる友達も遠ざかっていくことがあるから気をつけてください。

海外旅行に行けるような人は、時間についても、お金についても羨まれる事が多い今の御時世です。僕に話す分には気を悪くはしないけど、(世間の)多くの人は気を悪くすると思うのでやめたほうがいいです。

今の時代は、殆どの人はそんなゆとりを持って生きていないと考えた方がいいです。景気が良さそうなことを言っているのは、政治家のいいところを宣伝しているだけの話と考えていいのではないでしょうか。

ほんの一部の企業で、クビにもならずに、普通にボーナスを貰えるのは、今や特別な人です。そのような人が一般的なように報道されているけど、きちんとお給料やボーナスを貰える会社に子どもや家族が勤めているなんてことさえ、話をしたら威張っているか自慢しているようにしかとられません。そういう時代です。

(報道やメディアに登場する人や、報道している当人たちは、既得権の上にドッカリと胡座をかいて自分の立場や環境をしっかり守っているのだから、書いていることが事実に近かろうが掛け離れていようが、お構いなし。自分が流れのなかにいることが大事なのだ。その水面下には、隠れた人々の暮らしや思いがたくさん埋もれているのだということを知らなくてはならない。)

絶対に気をつけたほうがいいですよ。従兄弟のSちゃんにそんな話をしてみなさいな。僕がそう言っていたと言ってみれば全部は賛成してくれないかもしれないけど、納得はしてくれると思います。

Sちゃん自身の家庭だって悲惨じゃないですか。(苦労して東大までやったのにその)ムスコにどっかに行かれてしまって、自分はひとりで田舎暮らしです。逢いたいときにも叶えられないじゃないですか。ある意味では死ぬほど淋しいはずやし、仲良く家族で1つの家に暮らす夢を何度も見ると思います。

子どものことを考えれば色々な思いを抱いている人が見えてきます。

(子どもが)
結婚してくれなくて困っている人
恋人ができなくて悩んでいる人
定職につけなくて悩んでいる人
思うように進学ができなくて苦労している人

お金が無くて、夢のように自由に使ってみたいと思っている人
介護で苦心している人
ディズニーランドに行ってみたいと思っている人なども含めて

みんな願いが叶わないか
どこかで辛抱している人か
悩みを誰にも相談できないか
愚痴にして吐き出せないでいるか
そんな人ばかりです。

長くなったけど、そのようなことは、身の周りの人たちは本音では絶対に話してくれないから、僕みたいな人が言わなければ、気づかないままになります。(嫌な話かもしれないけど腹を立てないでね)

同窓会は、そう簡単にはできないと思いますが、還暦同窓会は頑張ればできます。

でも、今、上に書いたように毎日に悩みをたくさん持っている人は、同窓会には間違いなく来ません。
昔仲良かった友だちであったとしても、悩みもなく幸せに暮らしているような話を聞かされに、同窓会に行っても楽しくないでしょ。同窓会に来る人はゆとりがある人だけです。

一度、僕がこんなことを言っていたと、旦那さんとか、息子さんとか、こころの許せる人に聞いてみると意見が聞けると思う。

気を悪くするかもしれんけど、今の世の中をしっかりと見ないと世間知らず扱いされるかもしれません。

ごめんな、嫌なことをたくさん書いたかもしれんけど、今の世の中は、貧しいのよ

わたしの手紙を読んでくれたであろう。さぞかし反論もあったのではないかと思う。
ときどき、その後にも便りをくれる。

彼女にも悩みはあるはずだ。ムスコだってまだ結婚をしていない。住んでいた家はダム湖の底に沈むので引っ越しをさせられたし、自分の弟だって苦労して毎日を送っている。

自業自得の成したことかもしれない。自業って何だろうか。

2014年12月17日 (水曜日)

脱輪騒動で考える ── 無言の偉大さ

12月14日の夜に小さな事件がありました。きっと何年もしたら忘れてしまうことと思います。それでもかまわないような事件でした。

ムスメさんが仕事から帰ってすぐに近所に住むニッチャンとお喋りをするために出かけたのですが、その帰りに彼女を送り届けたあと、田んぼ道で脱輪をしました。電話をかけてきて、母が出ました。「えーーーーーー」って驚いてすぐさま歩いても10分ほどのところですが車で出かけました。

寒い夜です。田んぼの道は真っ暗です。踏み出した足の先がどんなになっているかわからないほどの暗さで、たぶん都会にはこんな暗いところはないでしょう。

真っ暗な田んぼのなかにクルマは右前輪を溝に落として傾いていました。

JAFのお世話になるのですが、

(詳細省略)

おでん

そういえばわたしも若いときにクルマをぶつけて、クルマのフロント部分が大破して、10万円以上(推測)の大修理となったことがあります。免許をとっていい気になって、駅からの帰り道に、ラリー気分でダートを走って水たまりに突っ込んだら、ハンドルを取られて大きく滑って道路脇の障害物に衝突したわけです。

シートベルトの義務もない頃ですが一丁前に締めていたのでしょう。怪我がなくて何よりでした。

父は、その事故のことで何も小言を言いませんでした。修理費にいくら掛かったかとか、(暫くは謹慎しろとか)危ないから気をつけて乗れとか、なんでそんな事故になったのかと追求もせず悔やみもせず惜しみもしなかった。

その道は、わたしが高校2年のときにも、オートバイでクルマと接触をして右足の向こう脛部分を40数針縫うという事故を起こしたところだったのに、数年後のこのお馬鹿な破損事故でも苦言は一言もなかった。

JAFが来るまでの暫くの間にわたしは、ムスメに、嫌味ったらしく説教とも言えないような小言ともいえないような話をしました。

話をしながら、父の無言を思い出し、その偉大さを感じていたのでした。

2014年11月20日 (木曜日)

虚構

わたしは優良な読者じゃないです。文才がない。「全て虚構」って嘘つきの事やんなぁ、と解釈している程度ですから。ただ、虚構を取り留めもなく書くのなら好きです。嘘つきで見栄っ張り。そして弱虫ですもの。

題詠っていいですね。自分を振り返るきっかけになる。

手帳というものが該当の年度を働き終えたらそれは素晴らしい読み物に変化し、一種の芸術的作品でないかと思うこともある。真っ白だったとしてもそれはそれなりに。

そうなると、筆者が誰かということよりも、どのような心の側面の表現が裏に隠れているのかみたいな話になってくる。まして、訳あって自分の手元にあるのだから、宝物なのかもしれません。

「微かな濃淡」てのは素敵な言い方です。

モノにはエネルギーってのがあって、赤色ひとつとっても濃度[concentration](赤み度)と振動数[frequency]を持っている。この周波数が大きな意味を持っていると思うのです。まあ、言ってみれば揺れているわけです。

あらゆるものにおいて、この1つの状態を表すためにはこの周波数というパラメータが必要で、モノの状態は「物」でも「精神」でも揺らいでいるのが自然ということです。

先年から読書をするときに紙とペンを用意して読みます。それをしながら気がついたことがあります。読書にしてもおしゃべりにしても、記憶力に頼って負ぶさって生きてきたことがわかってきました。近頃は読書をしてもすぐ忘れます。一晩で百人一首を全部覚えた(満点ではなかったが)高校時代のようには行かないのだ。

だから、忘れることに逆らうのはやめました。手帳が付箋で分厚くなります。嬉しい。


参照作品;砂女さんのブログ
雨降茫々日々記から  2014.11.15

1249  あんなにも憎みしひとの去りしのち古き手帳に残る筆圧
(題詠2014:67 手帳)

2014年6月 9日 (月曜日)

子どもたちの事故報道を見て考える

新聞のニュースで子ども水の事故が報じられている。真相は出歯亀になるだけであるしそれほど詳しくも読まないが、最近は社会面が新聞やニュースの原動力になるのか、なりふり構わず賑やかだ。果たして時代は変わってきたのか。そういう疑問を持つ人も多いと思う。結論だけを言えば変わったのだろう。しかし、問題や課題はそんなところにあるわけではない。

子どもたちが水辺で遊ぶことや線路で遊ぶことは、子どもが子どもらしくあるならば、当たり前のことだ。私だって小学生のころは線路で遊んでいて、危険を察した汽車が急停車したこともあった。親にものすごく叱られたのをはっきりと覚えている。遊びたくなるような心の持ち主で無くてはならないし、そういう場所が遊びに適している場所だと自分たちで発見することが、子どもの自己形成の出発であるとも思う。

水辺に探検に行くときは、近所の仲間で(悪ガキ連中を想像するとわかりやすい)出かける。親分は上級生である。お墓で野球をしたり川で魚を獲ったり線路沿いで土筆を摘んだりするのはまっとうな遊びだった。ボールが遠くへ飛んで民家や学校のガラスを割っても、深みの潜んだ淵に亀を探しに行こうとしても、上級生がそこにいて見張っているか注意をするか引き止めるか。普段から淵の怖さを唱えるように話をして聞かせるとか、怖い爺さんが住んでいる垣根にはボールを放り込まないように教えるなど、これらを日常の教訓とする社会があった。

今の子どもたちには、年上の悪ガキから掟を教わる社会が消えつつあるのだろう。

少し前、グライダーが不時着できそうなほど真っ直ぐな農道が交差する長閑な村の外れの信号のある交差点を通りかかったときに、小学生が数人いて信号を見て止まっている。車など何分たっても走ってこないようなところで、忘れた頃にやってきたのが私の車であった。

黄色い帽子を被った子が混じっていたので1年生だろう。上級生は、赤信号を見て車など来ない信号であるのに1年生を制している。赤信号だから渡ってはいけないのだという素振りがよく分かる。

その光景を見ながら私が思ったことは、人が築き上げた文明の中で大人が作った決まりで信号機という機械が人をコントロールしようとしている。車も来ないといっても赤だから渡れば法に抵触する。でも、大人であれば、右を見て左を見て渡るのだろう。何しろ、動物も虫もいないような田んぼの真中の信号なのだから。大人は大人でそれで結構。子どもは上級生に止められて法を学び社会の掟を知り人間の関係という社会に参加し自分を築き始める。

このような上級生がいること、閑散とした農村にこの子たちが生まれ住んでいること、信号機の前で立ち止まってじっと青になるのを待ったこと。これらのことに無駄なことなど何ひとつないのだ。

子どものころに線路に石を置いて遊んではいけないとしっかりと教えられた。まあ、それほど汽車も来なかったが、侵入防止の柵もなかった。昔は扇風機にもストーブにも柵はなかったが、柵がなくても、危ないことを知っていたから、誰もがそこには近づかなかった。事故も少なかったし、ニュースもなかった。

時代が変わったと最初に書いたのだが、ひとつの現象が変わったことは事実であろう。人々の心に影響をもたらすあらゆるものが、一方向に向かって倣うように変化してきたことが、暮らしを豊かにし幸せにし充実させて来たのである。しかし、人間の本質的な何か幹のようなモノを蝕んでいる。

腐った幹は切って棄てるというような現代社会。
次々と新しい歪や膿が発生し続ける。

2014年5月 9日 (金曜日)

こどもの日に ─ 豆ごはん

よそ行きのええべべ着せてもろて
百貨店の屋上の
遊園地へ出かけた
子どもの日

汽車の窓を開けると
煙が目に入ったけど
風が気持ちよかったのは
夏が始まっていたからなんやな

そんなことを
ふと思い出したのでした。

今は、よそ行きの服というものは失くなったし
百貨店の屋上の遊園地も姿を消した。

鯉のぼりを屋敷のなかに
あげるおうちも少なくなった。

たとえ、
社会や個人が豊かになったとしても
あのときのような
素朴で謙虚な心を
失わないためにも
古き習慣やモノを
残しておくことは
とても大切だと思う。

幸せや豊かさを追い求めるだけでは
ホンモノの幸せは得られない。

(こどもの日にこんなことを書き残したのですが、こちらのブログにも書き写してきました)

ことしの豆ご飯

いつの時代にもついて回ることなのだろうけれども、文明というものが進化して、暮らしのなかに息づく文化が姿を変えてゆくことに対して、わたしたちはむかしから無抵抗であらざるを得なかった。

暮らしのなかでご先祖様から受け継いできた習慣・しきたり、遊びといったもののほかにも言葉や食事などがあり、わずかな年月の間だけでも思い出しきれないほどこれらを失ってゆくのを寂しく感じている人も多いことでしょう。

春の田植えの時期に、綺麗さっぱりと鋤き終わった水田に水が満ち、鏡のような一面に早苗が植え込まれていく風景を見ていると、この営みがほんとうに次の世代に伝えるべきことは何であるのかを考えさせられます。

人生の設計を二転三転させて、およその打ち手が後手に回ってきた五十数年間でした。こどもの日に自分の子どもや世の中の子どもたち、むかし子どもだった人たちを見ていると、わたしもあのようなヤンチャをしてきたのだから……と思うこともあれば、逆に大人し過ぎで冒険心に欠けているような点も感じます。着実に失敗をせず、他人も自分も傷つけること無く、みなさまに迷惑をかけることもなく物事をこなしてゆく。

面白みに欠けるともいえましょうが、当人は充実している。その陰でやはり失敗の連続を余儀なくされ失意に満ち、気力さえも失いかけている人もあることでしょう。

ここ数年、好んでこの季節には豆ご飯を食べています。子どものころにはそれほど食べた記憶が無いのです。それには理由があって、わたしの母がこのお豆があまり好きではなかったのだと思います。畑ではたくさん収穫しますがどうしていたのでしょう。そしてこの数年は、ツマのお父さんが自宅の家庭菜園で収穫する豆をたくさんくれるので、ツマは子どものころに回帰したように喜んで豆ごはんを作ってくれます。

わたしは、さやえんどうが大好きで、これは母も好きだったことから味噌汁などに入れてくれたのでしょう。ツマはそのことをやはり近年になって知り、サヤエンドウを見つけると好んでわたしの好きな豆といって買ってくれます。

ツマが自らはそれほど食べないサヤエンドウの豆を買ってくれるのを見ていて、わたしの母が、農家のしんどい作業を終えた日の夕飯に父のためにカツオをの刺し身を買って飯台に並べていたのを思い出します。子どもたちは生臭い刺し身をそれほど好んでは食べませんでしたが、父はうまそうに猫のように食べていました。

今は、わたしがこの季節になれば必ずカツオの刺身を喜んで食べています。そのことは、早く逝ってしまった父はたぶん知りません。一緒に食べられたら良かったけど、それはそれで仕方のなかったことなのだと思っています。

さて、わたしも、子どものためにそんな思い出が作れるといいのですが。

2014年5月 4日 (日曜日)

立夏篇の前に

立夏篇を書こうと思い立ったときにちょうど砂女さんの短歌(&俳句・随想)のブログを読んで何かを感じていた。4月下旬に桐生市で大きな山火事があってその真っ最中の頃の記事であったかもしれない。

人生のことなど何も考えずに40年余りを生きてきたときに、それではいけないと気づいて慌ててあれやこれやと理屈を考えたり反省をしたりした。しかし、それももはや愚かなのかもれない、これからは自分を見つめて自分らしく、他人を見つめてみなさまに感謝して、そしてもうとやかく理屈を並べ立てるのをやめて生きていかねばならないと考え直したのが50年。孔子の言う天命であり、それから数年、今となって、今年の春は一段と爺々としてきたなと思う。

そういうわけで、何事においても少し足踏みをしているのであるが、立夏篇を書き始めるときにはすっかり立ち止まったように(意志でもなく)ぼんやりとしていた。

(書きかけのメモがあるので残しておく)

このまま一生誤魔化して終われるならば、それがいい。誰だってそう思うことがあるだろう。一生嘘をつきとおせてしまえば、それは正直者と何ら変わらないのかもしれない。

そんなふうに思っていた時期があった。しかしそれでも、しばらく冷静に考えればどこかに間違いが潜んでいることくらい誰でもわかる。そんな狡くて擦れた人ばかりが世の中に棲んでいるのであれば、そういう生き方もあるのだろう、いずれどこかで歯車が狂っていることがバレて、道を踏み外しかねない。現実に戻って見つめれば、正直に生きてゆくことがいいに決まっている、と知る。

正直に生きていければ、みんなが幸せになれますよ、でも、真面目だけで毎日を送ったとしても、成功するなんて誰も保証してくれないから、「努力だけで根性だけで目標が突破できるなら私は間違いなくもっと立派に成れていただろう」と言った(有名な)人があったが、一瞬であれ共感を呼ぶ言葉であろうことは間違いない。だからといって人を憎んだり騙したり陥れたり、また嘘をついたりして凌ぐことは許されない。

2014年3月29日 (土曜日)

ごちそうさん

3月29日の天声人語で「ごちそうさん」というドラマが終わったことに触れていた。ドラマのことは皆目わからないが、この言葉を聞いて思うことがひとつある。それは、「ごちそうさん」というお礼の言葉を街なかのメシ屋で使う人が少なくなったのではないか、ということです。僕らが学生のころは学生街の定食屋で「おばちゃん、ごっつあん」といえば、「いくらや、勘定して」という意味であった。ご飯を食べたらごちそうさまと手を合わせている人の姿は今も昔も同じで、むしろ、表面的なお行儀の良さや躾という点では現代人の方がいただきますやごちそうさまを丁寧に慣行しているかもしれない。しかしながら、街の食堂で見かける姿の減った理由を考えると、ヒトは昔ほどに食べ物へ感謝の心を抱かなくなったことで心から「ごちそうさん」と言えなくなったのではないか。

3月29日偕楽公園

3月29日、開花宣言のあとの最初の土曜日。

2014年3月12日 (水曜日)

3月11日に考える

▼3月11日。こんなことを囁いている。

▼あれからどちらの原子力発電設備も停止したままです。エネルギーは.、原子力が不可欠という論理は少し無理が出てきていると思うのは自然でしょう。他のエネルギーは非現実的というような表現をする人がある中で、3年間にヨーロッパの各国では風力発電施設が増え、発電量が占める割合が着実に現実的な次期エネルギーとしても道を歩み始めている。太陽光や洋上風力の応用のテクノロジーは活発化している。

▼社会システムの中には、災害に対する危機管理意識が徐々に定着し始めているし、マニュアルも整備されている。もちろん、施設も改良されているものがあるし、新しく考案されてもいる。あらゆるところで、万一に備えている。

▼人の心は、一方で、風化し続けている。景気が回復する夢を追いかけて、自分だけが生き延びようとする見え見えの生活スタイルを、相変わらず大事にして暮らしている。個人が先か地域が先か。そういうことを突き詰めても、結局のところ上手く行っても答えが出るだけで、その答えが個人だったとしても地域だったとしても、幸せと不幸せを混ぜあわせることなどはできずに、どこかで誰かが不幸せを背負いながらこの世界は成り立ってゆく。

▼だから、大事なのは答えではない。行動なのだ。そう誰もが気づいているのに、社会は相変わらず儲ける話とか増税を上手くやり過ごす話とかに溢れている。近い将来に、今苦労している人たちがみんな幸せになれたときに、優雅なごちそうを食べて贅沢な車に乗って走り回ればいいじゃないか。今は、その豪華な食事の任意の一品でいいから困っている人に役立てようというアクションのほうを私は尊重したい。

2014年3月 8日 (土曜日)

三月のはじめに考える ─ 草臥れる

wahaku

▼そうなのか我が人生の草臥れて
02-12 10:01


二月の中頃にこんなことをつぶやいている。砂女さんところから「草臥れる」という言葉をテーマとしていただいてイメージしてみた。(1107

不満ばかっしを言ってきた人生だった。今もツイッターの俳句季語が詰まらないと(いや、どんどん詰まらなく変化してゆく)とぼやいている。人の悪口や仕組みや組織の不平を安々と言ってはいけないのだとあるとき気づいて心得てはいるものの、つい口に出さなくてはやりきれないことだってあるのだ。どうして面白く無いのかってのは、自分でもよくわかっている。

自分のつぶやきが面白くなくなってきた。つまり、活き活きとしていないのだ。ヒトはそうあるためには、スパイラルであろうがうねりであろうが、ともかく変化をして大事なことは上昇し続けることだ。今の私にはそれが欠けてきているからなあ。

ほんとうに草臥れているのだろうか。

▼あの人のかしげた首とえくぼ好き
▼好きな人と乾杯するための角煮かな

ちゃんとこんな作品も書いているんだけどね。

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