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京都日記(平成27年7月篇)

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【ねこさん通信】余録

2016年12月27日 (火曜日)

物語は進まないほうが愉しいかも。その16

その15はこちら

この物語のその人に
久しぶりに会うことになった

年末第九に行くのです
とメールをしたら

わたしのチケットも買っておいてください
と返事が来たのだ

いつから会わないのかをあまり思い出そうとしない私がいる
それはまことに不思議であるものの

何かいつも身近にいてくれたような気がしていたような気持ちでいたのも
忘れた頃にポンと届くメールのせいだったのだろう

ドキドキしたかというとそうでもなかった
ほんとうは夜も眠れないほどに
嬉しくて仕方がないのだろうけれど
ポカンとしてこの日を待った

喜びの表現が段々と鈍ってきたのかもしれない

🍀

日記を読み返してみて

平成25年(2013年)6月9日に会って以来だと思い出し
そんなに時間が過ぎているので驚く
やはり もっと最近に会ったように思えてならない

そういうわけで
久しぶりに会ってもそれほどに懐かしさがなかった

少し大人びてしまったこの人に瞬間的に気付いて
すぐさまその理由を言葉にして頭の中で整理しょうとせずに
あたふたとしていたわたしがいた

若くて綺麗て尖ったようなステキさではなく
少し落ち着いてゆっくりと引き寄せるような味が出たように思うものの
恋人の話もなさらないし結婚の話題も出ないし
私からそんな話を始めるなんてことはできないのだから
謎のままの魅惑を放っているのだ

相変わらずケラケラと軽い雰囲気を出しながら
結構厳しい顔で普段はおられるのだろうと
好き勝手に思いを巡らせて
なかなかこの人自身のことに切り込めずにいる

そんな謎の人とコンサートに来るなんて
大変アブナイ冒険だと言えるのかもしない


写真日記から(12月25日)

第九 第九

2016年5月15日 (日曜日)

二冊の本

イデオロギーは真っ向から対立するのだがとても読みたい本がある
石原慎太郎 49番目だって(市立図書館)

20160515_35336

♠♠

ずっと前に予約して今日届いたので借りに行ってきました

茂木さんはそれほど関心ないけど 羽生さんは大いに読みたい

20160515_34525

2016年5月 9日 (月曜日)

母の日に考える

母が亡くなって1ヶ月。

まだふわふわとしていて、受け入れられない自分がいる
すい臓がんだった
10時間に及ぶ手術も経て3年という歳月。
死ぬ間際まで痛がっていたのが心残りだ
3人兄弟で自分だけが年の離れた末っ子で母とはウマが合わない気がしていた
母は上の二人が好きなのではないかと今でも思う
きちんと悲しめないのが哀しい

♠♠♠♠

短くまとめましたがそんな内容の日記でした。

母の日のころにこの日記を私は読みました。
そのあと、いろいろと思うことを書きとめていたのですが
なかなかまとまらない。
私の心も揺れるからまとまらないのだろう。

母の日とは、母に向けて感謝を表し何かを伝える日なのだが…
しかし、周りを見渡せばそれだけではない日を迎えた人も多いかもしれません。
この日記のようにちょうど1ヶ月前に母を亡くした人がある。
読めばあれこれと考えます。

1ヶ月間、心を痛めたことでしょう。
すい臓がんと診断を受け3年の余命宣告の予告の通りに亡くなっていった人でした。
最後まで痛みが消えず苦しいのは、後に残る人には分かち合ってあげられない。
年が離れた一番下の妹の自分だけが母とはウマが合わなかったように思い続けている。

子を思う母が年の離れた3人目の子が上の兄弟よりも好きになれないというような感情が存在するのだろうか、私には言及できません。
家庭の事情や生い立ちや血族の歴史なども絡み合うのかも知れませんし。
でも、意識をして好きになれないことができるかというと、そんなことはないと思います。

それぞれの事情やそれらを取り巻く感情の起伏や程度までに及んで私が感じたことまでお話しすることはできません。
でも、考えざるをえないこともあります。

ヒトはいつか必ず死んでしまいます。だから死んでしまうのを拒否してしまっては辛いのです。
受け入れるのは辛いのですが、死んでしまっても、気持ちを整理して、振り返ってやることが一番の弔いになると私は思っています。
亡くなって月日が過ぎてから、その人が生きていた頃のことを、生き残った立場から振り返ることが大事だと思います。

死んでプツンと切り捨てることができるのは、全くの他人か知らない人か無関心な人かくらいのものです。

だから、亡くなったあとにも何度も何度も思い出して偲びながら、既に居なくなってしまったその人ともう一度対話をするような気持ちが必要だと感じています。

逝ってしまった人のなかには、はさぞや悔しい思いを残していった人もあるでしょう。
いいえ、満足でしたという人もある。

突然で何も考える暇がなかった人もあれば、死ぬことと向き合い想像を絶するほどのことを考え続けていた人もあると思います。
形にならない思いを日夜胸に蘇らせて、その心の奥にあるものを誰かに伝えたかった人もあるだろう。

もしも私が、数年後に死ぬ宣告を受けたなら、既に言い残すことはおよそ整理をつけてきたはずですが、日々脈々とその思いが湧き上がると思います。

しかし、言葉にはできないし、諦めも伴うでしょう。
無力感が襲うかも知れない。
言いたいことの1%も形にできないまま死んでいくのだろうと思います。

生きていたときのことを振り返り、話した言葉のひとつひとつや何かをしたあのときの動作、顔色、喜び方、哀しみ方に始まり、口癖、仕草、好き嫌い、など、あらゆるものを手がかりとしてその人を蘇らせようとするのです。

でも、死んで、その人は居ないのです。

完璧に知っていたつもりの人であっても、あれこれと考えるうちに、あるいは誰や彼やが偲んで語るのを聞くうちに、死んだあの人のことなどそれほど知らなかったのかもしれないという錯覚さえ浮かんできます。

でも、私が一番よく知っていたはずだという確信。

その確信を不安定ながらも大事にして、日々生きていたころのその人を考え続ける。答えなどは出ないし、真相も知ることができないまま、弔う日々が続くのです。

人の心の熱さにはそれぞれありますから、過激にも熱くなることなく
(でもたぶん忘れることはないと思いますが)
緩やかに自分の人生の中に融け入れさせてしまう人もありましょう。
それはそれでまったく悪いことではないと思います。

自分が死んでしまうときまでずっとその人との対話が誰も知らない形であれ続くのだろうと思います。

私の場合、20年近く前になくした父ですが、年々、哀しくなってきますね。
あの人に迫り近づいてきた証だと喜んでいます。
もうすぐ同じ年になります。

2016年3月11日 (金曜日)

東日本大震災から5年

学校の周りウォーキングするにも
風がぬるくなっているのを感じる

4年前の(11日)の桜餅の写真を
Facebook が引っ張りだしてくる
メディアは5年前の震災の関連のニュースばかりだ

ムスメさん
退院して座敷にしばらく暮らします


4年前の桜餅 カマス 学校の小彼岸桜

写真日記から

2016年3月 9日 (水曜日)

あんかけスパ

あんかけスパを食べました
名古屋のメシは旨いです

あんかけスパ


あんかけスパ あんかけスパ(味噌カツ) 写真日記から

2016年3月 8日 (火曜日)

3月の車窓から

(8日)

毎月同じ鉄路から撮っていますが
快速に乗るとスピードが速く
麦のひとつひとつが流れていってしまいます

霧の深い朝でした

三月の車窓から(深い霧の朝)


3月の車窓から 赤い子(霧の朝) 向こうのホームの赤い子(キハ) 写真日記から

2016年3月 6日 (日曜日)

孫生まれ啓蟄がジジイ記念日

孫生まれ啓蟄がジジイ記念日(できごと帖)

啓蟄に幸せの文字見つけたよ
そんなことを落書きして啓蟄の朝はこともなく明けていったのだった

3月5日生まれです よろしく

3月5日(土)に生まれる 啓蟄篇【裏窓から】


カツオ 3月5日生まれ 廊下 写真日記から

2016年3月 4日 (金曜日)

パエリヤ ふたたび

▶︎パエリア ふたたび


あさりの酒蒸し 20160304img_2147 パエリア 写真日記から

2016年3月 3日 (木曜日)

お雛さん

仕事帰りの通りかかるケーキ屋さんが
大勢の人で賑わっていたのは
ひな祭りのせいだとそのときに気づく

雛人形も数度しか飾らないまま
大人になり結婚して
もうすぐ赤ん坊も生まれる

お雛さん


ひなケーキ ちらし寿司 シビ納豆キムチ 納豆キムチ 小松菜お浸し 写真日記から

2016年3月 2日 (水曜日)

6時半は日の出の時刻(ちょっと想定外)

今月でお別れなのでご挨拶

(6時半日の出の時刻だったのがちょっとした誤算)


赤い子(松阪ー徳和) 赤い子(櫛田川) 赤い子(櫛田川) 赤い子(櫛田川) 赤い子(櫛田川) 赤い子撮りに日の出前 写真日記(3月2日)

早起きをして赤い子に会いに行く

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