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2020年5月20日 (水曜日)

不要不急について考える _ 5月20日号 小満号

5月20日号 小満号

気まぐれに加筆・改訂します

 

________
I.不要不急

 

この言葉が気にかかって仕方がない

頭から「不要不急の外出等禁止」と押さえつけられると反発したくなるのは理解できる

しかし、所詮 世の中は不要不急の集合体ではないかという疑いもあるのではないか

 

急ぎの用事と称して あるいは絶対必要だという顔をして 洋服を買いに出かけたりご馳走を食べに出かけている

 

そんなものこの異常な事態であるなら二の次に回して置くべきだ

アル中や薬物常習者でもあるまいし 我慢の限界がきたといって騒ぐのは普段からの自己の危機管理意識に甘さがあるのではないか

 

不要不急なんてものは最初から怪しいモノ(定義)で、人生なんてモノ自体が不要不急であるし、急いで出かける人を見ると 身勝手が生んだ言い訳だと言い切りたい

 

______________
Ⅱ.コロナの騒ぎのあとのこと

 

十年二十年の間に生活習慣が変化し本来の目指すべき姿から横道に逸れて、新自由主義の経済感覚の魔法にかかって、暮らしの骨を失っているのだと常々思っているところでの「コロナ禍」である

 

コロナ騒動が収まっても元の木阿弥に返って また同じような暮らしスタイルを続けたいという 捻れた幸せ感が戻って来るだけであるなら コロナ騒動は何のメリットも産まなかったことになる

 

しかし、コロナウイルスという毒素の強い触媒のようなものを投入したのだから 新しく大きな化学変化が起こって欲しいと 密かに願っている

 

それは現代の「豊かさと幸せ感」へ一石を投じるべく 気づきを促す魔術のような薬だったかもと思えるような (少々悪言であるが) 過激なカンフルであって欲しい

 

______________
III.余談ですが、遺書のこと

 

この騒動で言い残すこと-遺書のようなもの
を考えた人があるかもしれない
それほど多くもなかろうとは思うが

 

突然死(サドンデス)なら否応ないが
高熱が出て目が見えて耳が聞こえて手足が動くだろうという状況下で
身柄を拘束されて隔離さるのは

 

生きたまま棺桶に入るのと同じではないか

 

_______________
Ⅳ.質問など

 

🌳Q もしものことがあった時のあなたの「何か一言」は❓

🌿A 幸せな人生をありがとう 残す資産や借金はありません

 

せいぜいそのくらいが関の山や

普段からパソコンで日記を書いているブログがあるのでそれでも読んでください

 

 

🌳Q 父が死んだのですが日記を読んでいいでしょうかという人生相談がありましたが

🌿A 読まないほうがいいという回答を書いていましたが 私は反対です

 

読んでいいと思いますよ

死んでしまってこの世に居ないんだから 個人情報も秘密も関係なし

残された人は「その人物を墓に入れて亡霊を残すこと」が大切ではない

その人の行動や発言、生きる姿を歴史に残すことが残された人の使命と思います

何千年経ってもこんな人物が存在したということ、それはどんなにも些細な人間であっても一つの血脈の一つの筋であるわけです

その意図をしっかりと子孫には伝えておきたいですね

 

▶️ 慎ましやかに暮らそう 小満篇 裏窓から

 


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小満

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