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2020年1月26日 (日曜日)

ゆるゆると生きている ぬくぬくとした日が続く

Days 令和2

ちかごろの写真帖から


00320126-75543

2020年1月20日 (月曜日)

斎藤末弘先生のこと

書きかけ


斎藤末弘先生のことを回想録のどこかに追加したい(自分メモ)

午後2:31 · 2020年1月20日


斎藤 末弘 罪と死の文学―戦後文学の軌跡

書籍紹介内容は

「敗戦後の廃墟から新生への願い、被害者のみならず加害者としての原罪意識、そしてユーモアによる現実相対化への格闘―戦後文学を貫く課題の中で、作家たちはいかなる文学を創造してきたか。」

となっており

目次

  • 現代のヨブ―北条民雄『いのちの初夜』
  • 人生足別離―田中英光『さようなら』
  • 死と焔の祈り―原民喜『夏の花』
  • 汚辱と聖性と―椎名麟三『母の像』
  • 不幸な女性たち―椎名麟三『美しい女』
  • 諧謔と真剣さの統一―椎名麟三のユーモア
  • 人肉食の逆説―武田泰淳『ひかりごけ』
  • 生体解剖の罪―遠藤周作『海と毒薬』
  • 心の奥に潜むもの―遠藤周作『わたしが・棄てた・女』
  • 現代の同伴者―遠藤周作のイエス像〔ほか〕

と書かれてます


斎藤先生には、大学時代に一般教養「文学」の講義を受けました

上にある目次の内容でした。1977年のことです。

 

先生はお若かったです。

遠藤周作も生きてましたからね。


>> 斎藤末弘先生のこと その2  🔗


 

2020年1月17日 (金曜日)

続・思い起こすとあれは法律に抵触するパワハラだった

昨今「パワハラ」という言葉が表に出てくることは多い。そんな中でハラスメントを「される側」ばかりが取りざたされていく

 

パワハラだけではなく体罰、暴力、いじめなどの報道においても真髄をしっかりと捉えずに、用語の暴走で社会が影響を受けていては、多くの疑問も節々に残るし、煮え切らない点も出てきているのを感じる

 

体罰やらパワハラを認めよう(正当化する)というのでは断じてない。だが、ひとまとめにしてパワハラ・体罰を悪者側にするのではなく、似たものも「一纏め」「一絡げ」ではなく、きちんと丁寧に悪者をはっきりさせて、次へと進むことが大事だと思う

 

私がこの記事の前の「言葉篇」で書いた内容は、言葉として発せられているために「やんわり」とか「ニュアンス」とかいう言葉でごまかしてやって修正も効くのであるが、もう一回しっかりと噛み砕いて読んでみると、ヤクザの脅迫と変わりないほどの言葉で、片手に出刃包丁をチラつかせて話したら殺人未遂にでもなるような勢いの言葉である

 

この言葉が、日常に密室で、毎日、次から次へと(人員整理のための面接の)部屋に呼び出される人に、時には静かに、時には荒げて、話されたことを思うと、こう言う事実があったことを世の中の一人でも多くの人に伝え、次の世代の人にも歴史として遺すことが大事だと考える

 

もう一度、前節の「言葉篇」をお読みいただきたい

 

 

 

 

2020年1月16日 (木曜日)

思い起こせばあれは法律に抵触するパワハラだった(時代考察)

就職して(社会人になって)会社人間として働き出した頃がどんな時代であったのかを考えてみる

 

最初の約十年は、京都のオ社の研究所にいました

この会社はいい会社でしたので本テーマに関して特記することは何もない

 

そのあとの十年余りがとても悪い会社でした
大阪にある「パー」な会社と呼んでいます
家電会社としてみなさんは知っていると思います
そこで設計技術者として十年ほどを過ごします
立派な会社として誰もが理解しているのですが、どこにも書かれない側面がある会社でした
世の中にはこんな会社が他にもたくさんあるに違いないとう確信も持てるようになりました

 

今の時代は「人権」とか「個性」「多様性」という言葉が表すように「人」を大切にし尊重して成り立つ社会になりつつあります

 

表面に綺麗事を並べて会社カラーを上質に保ち高人気を誇っていましたが、逆の面も多く持っている会社でした
(強くて勇敢な軍隊の裏面にある悪質な組織をあらわす物語小説のようでもあります)

 

--- ▪️

 

私は三十歳を過ぎた頃から髭を生やしているのですが、「パー」な会社の人たちにはこれがとても気に入らなかったようで口癖のように「髭を剃ってこい」と言う上司が何人もありました

 

会社の中には軍隊のように昔からの階級制度が残っていた

 

このような点は、松下幸之助が偉大で立派な人であった為に、マイナス面が表出しなかったわけです

 

実際には幸之助さんは立派であっても会社の体質は立派ではなかったのでした

 

こんな話はどんな組織にもある話でしょう
どこにでもあった話でしたが、質が想像以上に悪かったし、腹黒いところがありました

 

--- ▪️

 

ヒゲの話以外にもいくつもあります

 

子供が病気になって看病をしたいので休みたいと言っても意地悪をするように扱われたりしました

 

仕事が進まないと将来の出世にも大きな影響をあたえるというような意味合いのことをネチネチと言います

 

いじめドラマそのもののように陰口が広まったり事実にない噂が故意に拡散されたりもします

 

夏休み前後や飛び石連休には休暇を付加して取って連休を有効に使おうというような計画を口にするといじめや意地悪が始まりました

 

休暇の当日に仕事が回って来るようにしたり休めない会議を入れたりする人が常識的に多かったのです

 

職制上で上の立場にある人間は威張り散らしてました、仕事が遅くなると家に私用電話で連絡を入れるくせに、部下が真似をすると真っ赤になって叱ったのを見たときには呆れてモノが言えなかった

 

日常から締め付けられれているので出張に行ってタクシーに乗ると白紙の領収書を要求する人が多かった、人間が廃れれいました

 

弱いものには強く当たり、金のある部署や職にはタカリます、顔色を見て貪るのです

 

そういう風土なんだということに気がついたのはその会社を離れてからのことです

 

生え抜きの人が多いので私のように途中から舞い込む人には村八分意識が分厚く伸し掛かってきます

 

社会的に立派な会社ですから資質のある人が高卒採用者などにも多く、努力して出世をしたり重責なポストを掴んだりしていますが、人間味に卑しさが溢れていて品位に欠ける人が多かった

 

賢い人たちの集まりですから高貴なそぶりを装うのは非常に完璧です

 

しかし、しばらく一緒にいると何かに嫌気がさして来るんです

 

それが腹黒さのような卑しさでした

 

人が悪いのではなく、風土が悪いと感じました

 

そのような組織は順調に業績を上げているときは何にも気にかかることはありません

 

しかし、10万人の社員から4万人近くの人々を整理する業務をするとなると、組織のカラーが出ましたね

 

 

2020年1月14日 (火曜日)

思い起こすとあれは法律に抵触するパワハラだった(言葉篇)

私はその言葉を正確に
次の世代に伝えねばならないと
強く思ったのだったが
実現はできなかった

 

 

そのことがいちばんの後悔だ

 

まず、大雑把にではあるが言葉を書き留めておこう
考察はそのあとにする

 

------*

 

明日になって太平洋の海岸に一家が浮かんだとしても会社は関係ないと言って知らん顔するだけよ

 

一年に八百万円を払うんやから考えてみぃ二百万円の女の子が四人雇えるんや

 

例えば北海道の名もない工場で埃まみれになったり汚い空気吸うて働くようにしても労組は何も言えんやろそれでもこの会社に残る自信あるか

 

法務部門はアホやないからな

 

うちの会社もアホとは違うしそういうために法律の専門家も配置しているから一社員が頑張って立ち向かっても勝てるわけがないし訴訟になっても力が違うやろ、資金的に無理やな

 

五倍の退職金を出してくれるけどそんなの出すのは惜しいくらいや、出してやると言うてるんやから迷惑で邪魔な奴は新しいところへ行けばええ

 

今のうちなら新しいところはそれなりに面倒見てくれ、会社の体裁があるからな、それが今のところ一番得やろ、無理に反抗して(やめても)敵になって嫌われるだけや、それこそ一家心中やな

 

早う辞めさせるにはな、仕事をやらんことや、一日机に座って線を引いてもらったりするのや、グランドの草引きなんたやらせたらあかんで、辞めへんがな、辞めてもらわなあかんのや、死んでもええから、会社はそう思っておるのよ、無理しても勝てへん

 

病気にならんように上手にやっていくことが大事なんや、あんたも病気になったらあかん、金もろて辞めなはれ

 

------*

 

勤続二十年ほどやったおばさんは本来なら800万円ほどの退職金で首を切られるのだが4000万円ほどお金をもらったという話が飛び交う、これはまんざら嘘でもないであろう

 

二千人ほどの事業場から五百人ほどの退職希望者を絞り出すためにはこれだけの金を払っても惜しくはなかった(いや惜しかったのだが)それだけやめて欲しかったのだろう

2020年1月13日 (月曜日)

キーマカレーをしてみたのです。インスタントのルーを見つけて焼飯に使おうと思って買うたのですがひき肉を入れて炒め始めたらそのままカレーにして食べてみようと考えを改めて予定を変更して普通の能書きの通りにキーマカレーにして食べることにしました

 

キーマカレーをしてみたのです。インスタントのルーを見つけて焼飯に使おうと思って買うたのですがひき肉を入れて炒め始めたらそのままカレーにして食べてみようと考えを改めて予定を変更して普通の能書きの通りにキーマカレーにして食べることにしました

 

三分くらいでできてしまうのでお昼にちょこっと食べるのにぴったしです

 

日清焼きそば+キーマカレーがけ
とかええかもしれへん

 

 

2020年1月12日 (日曜日)

見てわからんものは 聞いてもわからん

「見てわからん」の検索結果


🔗 見てもわからん奴は聞いてもわからん - 立秋篇 (裏窓から)見てもわからん奴は聞いてもわからん これは口癖だった 父の耳が音を失っていたからではない 学ぶことを教える言葉であったのだと後年になって気がつく 深い意味がある 安易に聞いてはならぬという教えはすぐにわかる



🔗 遺す言葉 - 1 から 11まで

見てわからん者は聞いてもわからん ヒトのふり見て我がふり直せ この二つの言葉について考える ❏ 父には頻繁に注意をされたものだ。 小言ではない。説教でもなかった。 偉い人の説法に似たようなモノであったのかと今ごろになって …


  • センター試験 小正月篇
    めに考える▶ 変化しゆくもの 小寒篇▶ 見てわからん者は聞いてもわからん  ...
  • 為せば成る成さねばならぬ何事も
    本としようとした。「一を見て十を知る」「見てわからんものは聞いてもわからん」と呟き、一から十まで回りくどく説明することを嫌って、黙って見ていなさいと言った。思い付...
  • じっと見つめる 
    子供のころ、「見てわからんものは聞いてもわからん」といって父にいつも説教をされた。小屋で仕事をしている父に「何しとるの?」とか「これ何?...

 

2020年1月11日 (土曜日)

快調に滑り出して1月も快腸 何にも書くことがないほどに平々凡々な毎日を暮らしています

快調に滑り出して1月も快腸

何にも書くことがないほどに平々凡々な毎日を暮らしています

 

 

🔗加藤典洋 大きな字で書くこと を図書館で ほとんど新品やんか 誰も借りんのかなあ


Days 令和2

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2020年1月 9日 (木曜日)

新しい海に出る水夫は 新しい船に乗り 新しい技術を身につけた 新しい水夫だから

新しい海に出る水夫は
新しい船に乗り
新しい技術を身につけた
新しい水夫だから

 

 

これからの水夫は
新しい海へと
新しい船で出帆してゆく


去年、一昨年あたりの「わはく秘伝」にそんなことを書いている

話には前後があるが「水夫」で

探すとその節が出てくる

 

豚の角煮をしました

一足先にムスメがやって試してました

2020年1月 3日 (金曜日)

人が集まり現在過去未来をそれぞれに思い浮かべながらマイペースで酒を飲みマイペースで語り始めるのをお互いが上手に聞きながら相槌を打ち自分も語り年末年始の酒宴の席は暮れてゆく

 

Days 令和2


人が集まり現在過去未来をそれぞれに思い浮かべながらマイペースで酒を飲みマイペースで語り始めるのをお互いが上手に聞きながら相槌を打ち自分も語り年末年始の酒宴の席は暮れてゆく

 

あと何年生きる
そんなことはわからないが
おとやんが死んだ年まであと五年や

 

みんな身体 弱いなあ

 

金もなく
楽しみもなく
しかしとりわけ大きな不自由もなく
生きてきて
好き勝手をして自分のペースで楽しみ
多少の夢や不満を持ちながら死んでいった人のことを振り返る

 

大寒がくると二十二年目の冬を迎える(二十三回忌)
まさかの時代になっていることを教えてやりたいような気もする

 

2020年1月 2日 (木曜日)

令和二年がはじまります お正月号

新年あけましておめでとうございます

 

『自伝のススメ』として
その雑記ノートをこうしてブログに書いています

 

中身が
緩くなってきたり
空洞化してきたり
味わいがなくなってきたり

感情や行動が退化してきたのではないかと
焦ることもありますが 元気にやっております

 

ココログは
読む方にも書く方にも使いやすさを失ってきたので
それほど熱意を注ぎ込まなくなっていますが
相乗的に退化していくのです

それが自分の人生とシンクロするようで苦笑な日々を送っています

 

『人生』という文字を検索してみて驚きました

 

これがわたしの人生の感想です

 

Days 令和2


     

 

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