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2019年10月13日 (日曜日)

苦しさや、悩みに押しひしがれてゐる時は、まだ生きられる力を貯へてゐたが、いまは、悩みも苦しみも、煙のやうに糸をひいて消えてしまつた。

お互ひの心の交流のなかに、少しづつ、死の意識が薄昏うすぐらい影になつて、眼底をかすめた。富岡は馬鹿々々しいと思ひながらも、また、東京へ戻つてからの現実を考へると、落莫らくばくとした感情が鼻について来る。

苦しさや、悩みに押しひしがれてゐる時は、まだ生きられる力を貯へてゐたが、いまは、悩みも苦しみも、煙のやうに糸をひいて消えてしまつた。


林芙美子 浮雲 25節終段から

この部分を手帳に書き写しながら
私は何を思っていたのだろうか
思っていたというより
考えていたのだろうか

煙のように糸をひいて消えてしまう


私には忘れてはいけない怒りや憤慨、憎悪、があったはずなのだが
それをまるで煙のように忘れてまうところがあって
それが自分に対して途轍もなく腹立たしいのだ

忘れてはいけない

そう自分に言い聞かせても
脳裏から消えていってしまうのだ

消してはいけないと思っていても
その憎しみに満ちた像が姿を消してゆく

悔しいのだが
お人好しなのだろうか
阿保んだら なのだろうか

これもひとつの
持って生まれた避けられない人間性なのだろう

一番自分の嫌いなところである一方で
憎めない一面であった

Img_0856

 

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