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2019年3月 5日 (火曜日)

断捨離という言葉は嫌いですが、棚の整理は隣の棚へと少しずつ広げていこうかなとも思っている

4日の午後に少し時間ができたので本棚を整理する凄まじい作業をした

じっと棚を眺めてぼんやりしながら断捨離という言葉を考えていて、片付けを思いついたのだった

ふと目をやって手を伸ばした段が不運の棚だった

そこには、学生時代の日記や論文、ノートなどがびっしりと詰まっていた

万年筆で隙間なく書き込みをしたレポート用紙が綴じることなくバラバラのままで封筒に突っ込んである一方でまだ切りはずさないままで書き始めた原稿のような(下書きのような)ページもたくさん残っている

どさりと机の上に積み上げて、封筒から一掴みを取り出してみると、想定しなかった内容で、またまた驚きに襲われる

つまり、それは青春の足跡のようなもので、ちょっとセンチなものだった

確かにオモテ面には論文の原稿が書いてあったり、また、ルーズリーフの左半分には作図や考察が小さな文字で記入してあるのだが、本論とは別に本論にも劣らないほど膨大なメモが枠外から裏面へと行間を埋めるようにびっしりと残っているのだ

しかもその内容が恐るべきもので、読み始めると恐ろし過ぎて最後まで読破するのを途中放棄してしまうのです・・・

おしなべて言えば、要するに、日記や書きかけの手紙、手記風のドラマやフィクション、詩文、妄想中の思いつく言葉たち、何か意味不明のイラストなど、とても多様なものだったのです

中には、今となっては思い出せない人の名前宛てに手紙を書き始めてあったり、それが途中で途切れて放置されていたりする

当時結婚してほしいと詰め寄った女性(実は憧れた人が二人いたのだが)に宛てた手紙の原稿もあったし、またそれらの没稿らしきものもある

田舎の父母宛に書いた近況報告・落第宣告の報告や(その報告のボツ原稿や)、生まれ故郷の旧友であり初恋に限りなく近いある女性宛ての手紙など

もしも僕が著名人であれば莫大なお宝になろうなあと感心する

最初の二、三行を読むと、キザで幼稚で未熟で甘ったれていて、意味不明も多く、独善的で、褒めるところは何もない

何が辛くて読めないのかを自問自答し考えながら中断するタイミングを計っている

もう今となってはそんな過去の『深夜の自画像』のようなメモが蘇ってきたところで、何が復活するのだ(復活するものがあったとしてもそれは儚いものなのだ)・・・と思ったのだろう

「よくこんなことを毎夜毎夜書いたものだ」とほとほと呆れるのだった

しかし、心の片隅ではなんて可愛いやつなんだともちょっとは思うが・・・

思い切ってシュレッダーに突っ込んで、ゴミ袋(大)が満杯になった

もし僕が死んだ時にこの紙切れを誰かが発見していたら、恥ずかしいのだけれど、それとは別に「コイツ勉強もせんと何をやっとんや」と叱る人がいるかも

「いやいや、待てよ、もはや僕のことを叱る人などどこにもいないのではないか、叱られることもなく好き勝手に生きて来て、これを読んだ人がいるならばただただ呆れるだけだろう、名文でもないし、誰にも話さなかったことばかりが綴ってあるのだから」

そんなふうに独り言を呟いていた

シュレッダーに突っ込んだ資料の束の中に「大久保典子」さんという人があって、その人の名前をどうしても思い出せないというヒヤリとする発見もあった

手紙をじっくりと読まずに慌てて裁断(シュレッダーに)してしまったので、今となってはどなたなのかさえ迷宮である

もしかしたら、手紙を読み返せばあの頃の何かを思い出せたのかもしれないのだが・・・と考えてもみるものの、思い出したところで何も始まらないこともわかっている

いつものように、夜な夜な夢に出てくるかもしれないけれど、その際も何処のどんな人なのかはギリギリの線で不明のまま消えるのだろう

ちょっとモヤっと、ちょっとドキドキ、青春とはそんなもんや

そういうわけで、新しいときめきを探した方が賢明と思う

断捨離という言葉は嫌いですが、棚の整理は隣の棚へと少しずつ広げていこうかなとも思っている

散らかっている本棚を見つめている平成最後の春 啓蟄篇 (裏窓から)

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