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2018年1月28日 (日曜日)

三十数年の歳月が過ぎて幻の日記が見えてくる

子どもが結婚をしたときに

遠く京都に住んだままで

家のそばに新居を構えることもなく

将来のいつ頃になって帰ってくるのかも

はっきりとさせなかったこと

父はこのことについて

眠れない日が続くほどに

考えて続けて

あらゆる可能性を求めて構想を描いたのではないか

と思う

子どもは

自力でこれからも生きてゆくつもりだろう

自信に満ちているのはわかる

しかし、たとえ自分が頼れるような親でなくとも

親を頼ってそばにいたいというような素振りさえもしなかった子どもを思い

好き勝手にしている様子を見せられるときは

おそらく寂しい思いをしたに違いない

学校にやっているときの六年間の苦労を振り返りながら

東京で学業を終えたら故郷に戻ろうと考えてくれることを

普通に筋書きにしていたかもしれない

それだけに相当に寂しい日々を過ごしたことかと推測する

さらに、後年になって

子どもは夫婦で故郷に帰って来たものの

車でⅠ時間ほどのところに家を構えてしまう

自分たちはその家にのこのこと

立ち寄ることも憚られるようなこともあった

そんな暮らしに、ある時は満足する一方で

何処かしら寂しく思ったことだろう

子は子で新しい時代を生きるのだから

むかしの世代は何も申してはいけない

申したとしても

決してそれが生きてくる言葉にもならないのだ

そう思って黙っていたに違いない

父の日記は紙切れ一枚も残っていない

しかし、こんなことを
必ずあの枕元に置いていた帳面に

書き残していたはずだ

残っていなくても

それが見えてくるような気がする

三十数年の歳月が過ぎて

自分が父と同じような立場になった時に

恐ろしいほどに

幻の日記が見えてくる

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