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2017年7月29日 (土曜日)

土潤溽暑

あっという間に7月中旬から下旬へ「桐始結花」(きりはじめてはなをむすぶ)の時節を送り「土潤溽暑」(つうるおうてむしあつし)を迎えて「溽暑」(じょくしょ)な日々を我慢で乗り切って、やれやれ8月を迎えることができそうです。

七十二候では、8月になって立秋を迎えるまでの間に「大雨時行」(たいうときどきふる)という言葉をあてはめ、暑い夏から秋へと移ろうのを待つのでしょう。

夏休みが真っ盛りです。

澄み渡る青空にモクモクと入道雲がわき上がるかと思えば、激烈な雨が突然降るような夏がきて、小学校の校庭の一角にあるプールからは涼しい歓声が響いてきます。

子どもたちの元気な声を連日聞きながら、秋を迎える支度を少しずつ進めていきます。

お盆まではあと半月。

先祖の恩に感謝をし(仏教の方はお釈迦様にも感謝をして)盆棚を飾ったり、お墓参りに出かけたり。京都では五山の送り火が有名です。

フォークソング歌手のよしだたくろうが歌った「夏休み」は、麦わら帽子、たんぼの蛙、絵日記、花火、スイカ、水まき、ひまわり、夕立…と叙情を呼ふ言葉がたくさん並んでいました。

消えゆくもの、伝統をしっかりと伝えるもの、様々です。

++

寂しいともっと寂しい遠花火 (わ)

週末には花火大会の便りが届く。

あまり花火を間近で見上げて鑑賞した記憶もないな。

(熊野の花火と旅の途中で遭遇した浅虫温泉の花火大会だけかな)

桑の実を前歯でちょっと噛み故郷 池田澄子

 

夏という季節は少し遠くから目を細めて見ている方がいいなと思う。

暮れてゆく七月

スイカをもらいに出かけたけど
おっきいのでひとまずはもらわずに帰ってきた

金曜日(28日)にはマゴが来て
といっても特段変わったものを
食うわけでもなく

餃子や


餃子 今年の初スイカ

七月暮れる

2017年7月26日 (水曜日)

人間は我儘なのだというところに行き着く

▶︎テレビや映画でおなじみの人たちが相次いで亡くなってゆく知らせを報道で知りながら人の儚さを感じている

その一方で、人物の大きさや足跡の偉大さ、心の持ち方、生き様のそれぞれ、遺した言葉などなどをみてそこには筆舌に尽くしがたい多くのものがあったに違いない

そのことを想像をして、お涙頂戴の風潮につられてもらい泣きばかりをしたり悲愴的になってばかりにもいかないのではないかと、自分に向き合う

▶︎向き合う

これはとても難しいことだ

武道の真剣勝負ならば真剣であればあるほどに「向き合う」技加減が勝負を決める

揺るぎない姿勢は心身に要求される

平行線が交わらないとしても

向き合った二つの力は平行線のように限りなく一直線のうえでバランスを取ろうとする

死と向き合う

あるいは消滅してゆく人生と向き合うときに

わたしたちが構える姿勢において

力の逃げ道はないのだ

▶︎逃げ道

わたしたちは「あ・う・ん」というものをとても大事にしてきた

子ども叱る時にも、逃げ道を用意してから厳しく指導をする

目標に立ち向かう時も、逃げようとするわけではないものの、逃げ道がなくては押し進む一瞬に揺らぎが生じることがある

「逃げ」を許すのではないが、必要なのである

▶︎

世の中には人の数だけドラマがあって悲哀がある

還暦の節目を迎えるころから

事あるごとに

死ぬまで不安や余命についての話が増えてくる

大きな病は避けたい

痛みを伴う患いごさは勘弁してほしい

子どもや孫と幸せに暮らしたい

お金に不自由したくない

海外旅行などにいけたら行きたい

悠々自適・のんびりと暮らしたい

悩み事を抱かえたくない

揉め事も困る

誰からも干渉されたくない

人との付き合いで気を揉みたくない

そんな話が形を変えながら数々の事例に合わせていくらでも出てきて

老後を生きるということはこれほどまでに辛そうで苦しそうなものであったのかと

驚いてしまう

つまりは、人間は我儘なのだというところに行き着く


つづく


(裏窓から・大暑篇書きかけから

2017年7月25日 (火曜日)

大暑も過ぎて 七月の下旬へ

大暑を迎えた
いよいよ覚悟の夏である

24日には
ししとうとオクラ
を炒めてみた

ネットを彷徨っていて
オクラとししとうを炒めていた人があったので
面白そうで真似してみる

ペペロンチーノ風で
これが絶妙に美味しい

お昼は うどん
冷やしうどん梅干しのせ
にしている

素倹約は大切なことで
健康にも良いと信じている
お昼から飽食はいけない

冷たいおうどんをいただき
梅干しをのせてみる

23日の夜は
タイのペペロンチーノ
だった

は県内産で
お肉は普通の国産牛
だけどお値段はちょいと高いもの

やっぱし旨い

食べ過ぎはあかん
けれどもついつい

ウチの人は同じ食事をしたのに
あくる朝(24日)にPPP

当たったみたいな症状が出てしまい
大変なことになってしまう
ぼくは平気なんですけど

というわけで
24日は急遽 休暇をもらって
ツマがお医者さんにいく付き添いをする

お昼寝もして
身体も休めて
のんびりした月曜日だった

2017年7月22日 (土曜日)

七月ぼちぼち

健康診断での体重は減ったのですけど
2年間の前半1年目でそれほど減らず
後半でぐぐぐと減量しましたから

どこか具合が悪いのとちゃうか?
大腸ガンとか

と そんな心配もありながら

ガンマGTPの値が高くて
それも3年分のデータがみんな高いわけで
体重が少なくなると
「高い目」マークが目立つ


七月ぼちぼち
ゆうとのごはん

生姜焼き 焼き鳥 マグロの竜田揚げ風

2017年7月20日 (木曜日)

二人だけのささやかな夏休みが終わる

二人だけのささやかな夏休みが終わる
かき氷 美味しかった
私の心とともに


焼き鳥 蔵deパスタ(モッツァレラ・チーズ) 蔵deパスタ(和風ミート) タピオカ(アベック・モン・クール) 桃のかき氷(アベック・モン・クール) アベック・モン・クール アベック・モン・クール

写真日記(平成29年版)

2017年7月18日 (火曜日)

七月中旬号

京都から帰って
一日だけぼんやりして
仕事に出かけた金曜日の朝に

Wi-Fiが不通に
これってNTTの都合だったのですけど
知らずにルーターを初期化してしまい
あらら 故障やんか 諦めるか
となったのですが

結論からすると
APN の再設定で回復しました

暑い日が続きますので
お出かけも渋ってしまい
あり合わせのものを食べて過ごすこともある


焼き鳥・焼きなす・枝豆 Wi-Fi 再開通 ピーマン肉詰め Wi-Fi 不通

七月中旬号

2017年7月16日 (日曜日)

同窓会(クラス会)

夢のようなことを考えているけど
案外実現できるかもしれない

ぼくの力で実現させることができるくらいなら
悩まないから

+++

「還暦同窓会 〇〇中学校」
で検索すると 同窓会の情報が載っていますので
そこにある情報やフォームを参考にしてください

年末に
あなたも同窓会に来ませんか

+++

もしもそんなふうにみんなと繋がれたらええのになあ
幹事を買って出てくれる人を募集中

2017年7月15日 (土曜日)

ともだち

本編はコチラ▶️ともだち (七月中旬号)


「ともだち」とは掛け替えのないものだから大切にしよう

と大勢の人が言います

「ともだち」って何でも話せて

言いにくい悩みも聞いてもらえて

居てくれてとても嬉しい

けど

別の見方もしているのです、ちかごろ

「ともだち」って

話を聞いた後にも

本当に相談に乗ってもらって

自分のゆくべき道を考えるときの大きな力になってくれるのだろうか

ともだちって言って居ながらも

それって本当はお互いが何も知らないのではないか

知ってるつもりになっているだけではないのか

ともだちっていうものの概念は

理想であって妄想のようなものではないのか

イザという時に傍にいてくれるわけでもなく

崩れてゆくわたしのあらゆるのもを

しっかりと支えてくれるわけでもない

傍にいて泣いてくれたり

死んだ時に見送ってくれることはあっても

いわゆる

そんなことってのは「なかよし」な話であって

何でも話せて本音を打ち明けてそれを聞くことと

本当の「ともだち」というものの間には

大きな隔たりがあるのではないか

「ともだち」という言葉は安易に使えないし

そんな人はゴロゴロとはいないのではないか

では

「ともだち」とはどこに居て

今のわたしとどんな位置関係にあるのだろうか

そんなことを考えている日々が続く

2017年7月14日 (金曜日)

あらっ!と思うような話(する母のこと)

母は八十六をまわってから「あらっ!」と思うような話をはじめることが増えたような気がする

「あらっ!」という話とは、恥ずか(羞・辱)しい話もあれば、ぐっと我慢をしたむかし話、(今ではもう叶わぬことのないような)諦めていたこと、(長い人生で)どうでもよかったこと、悲しい話、嬉しい話、悔しい話、さらにはフライデーに載るような田舎版の話などがある

わたしたちは何でも話す親子や家族であった

毎日の学校での、喩えて言えば初恋の秘密な話さえも、家庭の団欒で話してきた家族だ

それもさすがに話せなかったことが幾つか母にはあったのだ

子どもには言えない話であったのかもしれないし

大人の醜い話だったのかもしれない

今思えば

何でも話す家族であっても逆説的に言えないことがなくてはならない

それが普通であるならば

今になって話してしまえば随分と楽になったのではなかろうか

長い年月が過ぎてゆく間に家族の中で

必然的でごく自然に封印されてきたことだったのだろう

それを開封するのだ

これは特別な儀式と似ているし

余命の予感をも連想させる不吉なものかもしれない

だからぶっ飛ばして

笑い散らして

ケラケラと流してしまいたいとさえも思う

母のむかし話を

わたしが日記に書きとめようとすると

とてもヒヤヒヤもんの日記になる

2017年7月13日 (木曜日)

七月中旬 京都篇

祇園祭りの鉾もそろそろ組み始めていました
(12日・13日)

あとでゆっくり書くかな


四条河原町 松喜屋 四条河原町 松喜屋 ムスメさん誕生日

写真日記(7月京都篇)

2017年7月 9日 (日曜日)

この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう 小暑篇

もう三年ちかくもむかしのことになるのだと考えれば
感慨深く思うと同時に三年間とはいとも儚いときの流れだと痛み入る

二十年ちかくまえに父を失い
何が切っ掛けでというわけでもなく
「孔子」(井上靖)を座右に置くようになる

そこから何を知り得たわけでもなく
わけをのみ込んだわけでもなかろうが
「逝く者は斯くの如きか、昼夜を舎かず」
しみじみと噛み締めること常々とし
残された人生を
如何に悔いなく生きるべきかと
考え続けてきた

自分の人生を振り返っては
しくじったことあるいはなし遂げことなどを顧みて
二度と苦汁の思いを噛むようなことは避けて生きるべきなのだ
と自分に言い聞かせてきた

たとえ我に失策がなかろうとも反省はせねばならない

何事においても
それは人生の設計にでも例外なく
物事の成就は戦術よりも戦略が大事だと言い続けてきたし
大局を見下ろす俯瞰的な視線が欠かせないと
思い続けて来た

そう言いながらのこの三年
甘くはなかった

🍀

およそ三年まえ
平成26年10月30日 木曜日のわたしの日記の中に
葉室麟「蜩ノ記」の読後感想を書き
物語からある「言葉」を抜き出している

秋谷と慶泉和尚との会話から
─ もはや、この世に未練はござりません
─ まだ覚悟が足らぬようじゃ。未練がないと申すは、この世に残る者の心を気遣うてはおらぬと言っておるに等しい。この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう

その語録を書きとめた日記を
ぱらりぱらりと読む

🍀

歳月人を待たず

わたしたちは老いてしまう時間は早いものだから
一時たりとも時を無駄にせず弛まぬ努力を怠ってはいけない

という教えを胸にしてきた

若くして病魔に屈せざるをえなかった
小林麻央さん死亡がニュースで流れて
残された小さな子どもたちへの思いも伝えられた
彼女を悼む大勢の人々が悔しい思いでコメントを寄せているなかに
中山祐次郎さんという医者の記事があった

それは
「いつ死んでも後悔するように生きる」
として
突然死を迎えることになったときに
もし後悔しないなら
それはどこかが本気ではないのだという

自分の使命に向かい一生懸命
目いっぱい熱狂して夢中で取り組んでいたら
それが中断したら
無念で無念でならないはずだという

命を賭けて生きていき
死ぬ間際までも
目標に向かい続けておれば
無念であるはずだ

人生はそのように生きることが大切だといっている

🍀

わたしの母は八十六歳であるものの
現在も直接死と向かいあうような病気はなく
理系のわたしよりも数字の計算は速く
記憶力に衰えもないようだ

何も思い残すことはないようなことをたびたび話しながらも
死ぬ間際は一週間ほどは寝込んでおりたいとまで言い
その一週間に数々の人に会って最期の挨拶を交わしたいと願っているらしい

息子なので
わかるような気がすることがある

あらゆることを何ひとつ胸に秘めることなく
何から何までを日常の家族の団らんで話してきたわたしたち家族であるがゆえに
言葉にはしなくとも伝わってくるのだ

母は
「この世をいとおしい、去りとうない」
とは一切言わない

しかし、実は思うているのではないか
そんな予感がするのである

「この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう」
という小説の中の言葉が
やけに重い

2017年7月 8日 (土曜日)

たなばた様の夜

7月7日金曜日

タラコのパスタ

たらこのスパゲッティでした
たなばた様の夜です

嗜好が違うウチの人

量を少なめにして
最近ハマっている黒毛和牛ミンチのミートソースと
たらことの二種類を
作ってくれました

++

きょうはイベントで
キャンドルナイト(消灯)を呼びかけているので
職場で全員が定時で仕事を引き上げてビアガーデンに行きます

事情があってぼくは行けなかったので
ウチの人に
駅の近くのイタリアンな店とか居酒屋でも
と昼休みにLINEで誘っておくと

帰り際に見ると
「きょうはやめとく」
と返事が来ていた

++

嗜好の違う人で
パスタ類をあまり好まない人なのだが
おとといの夜のことだったか
「たらこのパスタが食べたいなあ」
とぼくが言ったのを覚えていたのだろう

「飲み屋さんに出かけたくらい使ったわ」
といって笑いながら
缶ビールまで出して乾杯となった


  • 短冊や六十年の夢のあと posted at 08:24:26
  • 七夕やたらこパスタが食べとうて posted at 08:26:07
  • 線路みち草刈るにおいの小暑かな posted at 08:27:41

2017年7月 6日 (木曜日)

中島京子 かたづの!を 読み出しました

中島京子 かたづの!を 読み出しました

直木三十五、南国太平記
司馬遼太郎、風神の門
吉川英治、鳴門秘帖

を読み始めた時のような興奮が蘇る

いつもながら読み切る自信がないのだけど
なんだか行けそうな気がする

七夕も近づくころ

中島京子 かたづの! コメダにてかき氷を

台風3号も過ぎ去って
ちょっとコメダに
かき氷を食べに出かけた水曜日

2017年7月 5日 (水曜日)

台風が去って夜明けの静かなる

Photo

台風が過ぎ去り
静かになって
夜が明けて
もう一度豪雨が来て

そんな中を
新聞屋さんのバイクが
走り去る

と同時に
雨が止んで
静けさが来る

目が覚めて
honto のサイトを散策中

お昼になったら
本を見に出かけよう


Photo_3

豪雨去って
静かな朝に
素敵なタイトルの本
みつけた

2017年7月 3日 (月曜日)

ちょっと贅沢なお肉

(7月に突入)

早いもので
7月になりましたねえ

やはり暑くなりました

お店を覗くと
綺麗に包装されたお肉が
目にとまりました日曜の午後

お値段は1000円/1kg ほどするんですよ

勢いみたいなもんが働いたのでしょう

美味しかったです

7月はじまる
ちょっと贅沢なお肉

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