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2016年10月24日 (月曜日)

呆れてしまってモノが言えない話

「第二の人生の歩き方」というタイトル・テーマで脚本家の内館牧子さんが朝日に「思い出と戦わず、次に進め」というオピニオンを書いている
(※ 最下段に原文を引用)

スペード「あんなに秀才だった男の子も、あれだけきれいだった女の子も、横一列。60歳を超えると、みんな終わるし、これから先も見えてくる。着地点は一緒」

であるという点に異論はない

スペード「そこに至るまでのプロセスは異なりますよ。いい大学を出てエリートだった人の方が、いい風景を眺めてきたと思います。でもそういう人ほど、着地が下手。ソフトランディングできないから、辞めるとガツーンと衝撃が来ます。元々それほどでもない人の方が、自然に仕事以外での楽しみ方を見つけているから、うまく着地できる。世の中、うまくできているなぁと思」

うというのは、残念な記述であった

ドラマを書く人の架空の視線でいかにも論理的なものを書いてはならないと思う
これは作者が想像したドラマのような1シーンに過ぎない

つまり、文人がこんないい加減なことを書いてはいけないのです

クローバー

上でのべていいる「それほどでもない人」の方がいい人生を得ているように書いているが、それは、ドラマのような話だ。
実は、上手く着地してない人がたくさんいることを見逃してはならない

内館さんは架空の事も書くことがある作家だから、ドラマふうに書くなら綺麗な話を書きたくなることでしょう
しかしルポルタージュとして書くなら「上手く着地していない人」たちが、いったいどんな人なのかをしっかり見なくてはならない

クローバー

強者として生きてきた人が上手く着地をできずに苦しんでいるのを激励する文章であるならば、内舘さんのオピニオンは大いに役立つだろう

しかし弱者として生きてきた貧困の人たち、格差の最下段の人たちの中には、一度も這い上がることなどないまま60歳を迎えた人は沢山いる

その人たちはこれを読んでも納得できないどころか、腹が立つだけで、何を夢物語のようなべんちゃらを書いているのだと思うだろう

ある総理大臣がカップラーメンの価格をトンチンカンに答えた笑い話くらいに段差を感じたのではなかろうか

弱者として生きてきた人たちは、そう簡単にはサクセスストーリーなど巡ってこない
悪循環の連続の人生なのだ

クローバー

一生懸命に誠実に努力をしている人もその中にはたくさんいる
真面目とか誠実だけで成功したり金持ちになれるなら、世の中にはもっと金持ちが大勢いただろう

弱者を襲うのは貧しさだけではない
家族の発病や、なかには介護が必要になるような辛いものもある

資金不足による勉学の挫折や就学の中途放棄
就職先がブラックである不運、挙げ句の果てには倒産、その後も重労働で体調不良

他にも育児に様々な苦難が伴って、不運というしかない子育てを経験し
とことん真面目に生きてきているのに子どもは思い通りにならず挫折の連続
こういうのを泥沼というのだろう
そういう人が身の回りにたくさんいる

クローバー

どうしてこのようなオピニオンが書けるのか
認識不足なのかまたは幸せボケなのか
自分とは違う世界には無関心だというのか
冒頭に書き出している自分作品をPRしたかっただけなのか

嘆かわしいのと
レベルの低さに
呆れてモノが言えないとはこんな状態だ

―――――――――――――――――――
【以下  2016年10月18日朝日新聞記事】

■思い出と戦わず、次に進め 内館牧子さん(脚本家)
 定年って生前葬だな。こんな書き出しで始まる小説「終わった人」を昨年、出版しました。主人公は、大手銀行の出世コースから外れ、転籍先の子会社で定年を迎えた63歳の男性。この前、高校の同窓会に行ったら、みんなが「俺がモデルだろう」と言うの。読者からのはがきにも、みなそう書いてあります。
 数年前から急に、同窓会に行く機会が増えて気づきました。あんなに秀才だった男の子も、あれだけきれいだった女の子も、横一列。60歳を超えると、みんな終わるし、これから先も見えてくる。着地点は一緒なんです。
 もちろん、そこに至るまでのプロセスは異なりますよ。いい大学を出てエリートだった人の方が、いい風景を眺めてきたと思います。でもそういう人ほど、着地が下手。ソフトランディングできないから、辞めるとガツーンと衝撃が来ます。元々それほどでもない人の方が、自然に仕事以外での楽しみ方を見つけているから、うまく着地できる。世の中、うまくできているなぁと思います。
 現役中から、そば打ちを始めろということではないんです。「もっと仕事で上を目指したい」という人は、仕事第一にした方がいい。無理に趣味をやると、サラリーマンとして成仏できないと思う。プロになるわけじゃないんだから、定年後で十分です。
 よく定年のことを「卒業」というけど、潔くない言葉よね。とかく第二の人生は素晴らしいと言われるけど、そう言わないと気力が出ないですものね。会社的には、はっきり終わったのよ。そういう自分を明確に認識した上で、これからどうしたいかを考える。そこで「やっぱり仕事をしたい」となれば、ハローワークに行けばいい。
 その仕事の多くは、自分のキャリアや技術をいかすものではないと思う。だけど、自分は一度終わっているんですよ。プロレスラーの武藤敬司さんが「思い出と戦っても勝てねンだよ」と言っているけど、みな、自分の絶頂期と比べるでしょ。でも、いまの世の中は、自分の次の世代が動かしているんです。
 脚本家やフリーの人も容赦なく終わります。サラリーマンの定年より早いかもしれません。私は60歳のとき、生死の境をさまよう大病をしました。そのとき思ったんです。40代、50代を仕事第一にしておいてよかったって。あれも書いたし、これもやったし、「まっ、いいか」と思えました。脚本家として、成仏できた気になったんでしょう。
 「終わった」と認め、思い出とも戦わないと決めることが、すべてのスタートだと思います。まだ終わっていない若い人たちも、しょせん、残る桜も散る桜ですよ。そう思うと、腹も据わりますよね。
 (聞き手・岡崎明子)

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