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2016年4月30日 (土曜日)

宮下奈都 はじめからその話をすればよかった(その3)

宮下奈都 はじめからその話をすればよかった(その3)

を書き足しておく


宮下奈都 はじめからその話をすればよかったBOOKs(読書日記)から

2016年4月27日 (水曜日)

宮下奈都 はじめからその話をすればよかった (その後)

4月20日 (水)から読んでいる
ゆっくり
ゆっくり
素敵な本です

宮下奈都

鯛のホイル焼き

鯛(ホイル焼き)

(26日おゆうはん)
鯛をいつもの塩焼きではなく
ホイルに包んで焼いてみる

味噌、マヨネーズの混ぜ加減が難しい

とろけるチーズも乗せてみたが
乗せない方も旨いなあ


 鯛(ホイル焼き) 鯛(ホイル焼き) 写真日記から

2016年4月26日 (火曜日)

BREEZE コンサート

BREEZE コンサート 

24日(日)
南伊勢町の文化会館で
BREEZE のコンサート
(ミドラ・リハーサル・バンドとジョイント)
があったので
クルマを飛ばして行ってきた

小菅さんとナマでお話まで出来て
もう感動でした

25日は余韻が続いてボーとして

♡ ブリーズのナマのコーラス聴いてから頭がボーっと初恋みたいにボー

とつぶやいている



八宝菜
BREEZE コンサート 写真日記から

2016年4月24日 (日曜日)

ウド

BOOKsから
宮下奈都 はじめからその話をすればよかった
写真日記から
ウド

ウド

宮下奈都


(23日)
ウドを母からもらったという(ツマ)

「タラの芽をもろて」(るんるん)
「これから湯がくの」

「湯がいて味噌つけて食べな」

とおばあちゃんが教えてくれたそうで
味噌まで貰ってきている

食べてみて

「ええ? ウドとちゃう?」

タラの芽か
一年に一回食べたらええなあ
うちのばあちゃん(わたしの母)
そんなタラの芽なんて採りに山を歩けるかなあ
昔一緒に裏山歩いたなあ
「それにしても偉いヒネたタラやなあ」

と言いながら味噌であえて食べたら
まさしくウド

確かに似ているが
思い込んで疑いもしなかった自分が情けなくて

落ち込んだ夜を過ごした

眠れない夜を明かして
今朝から電話をした

「ウドはどこで採ってきたん」
「うちの(裏の)畑や」

2016年4月22日 (金曜日)

宮本輝 田園発 港行き自転車 (上)(下)

宮本輝 田園発 港行き自転車 (上)(下)
2016年4月21日

15年前に父が急死した地・富山で、父の足跡を辿る絵本作家の賀川真帆。東京での暮らし が合わず、富山に戻ってきた事務員の脇田千春。出会うことのないはずのふたりの人生が思いもよらない縁で繋がっていく、富山の美しく豊かな自然を舞台に描 かれた長編小説です。人の思いの強さや、それによって繋がっていく人と人との縁…ぐいぐい物語に引き込まれていきます。

yuri mizutani さんの装画が素敵です。コレ

さて わたしの読後感想富山県を流れる黒部川にかかる愛本橋が物語に登場する。この端の少し下流に「墓の木自然公園キャンプ場」というところがありわたしは平成13年8月18日にここを訪れた。この作品よりも遥か昔、今から15年ほど前です。

その明くる日には周辺を走り回り道の駅でトイレを借りたしながら独特な景色と格別に違う風が吹いていると感じた田園地帯をブラブラと散策しながらバイクで巡った。ここで登場する愛本橋も走って通り過ぎた違いない。

だが、写真を見て思い出すことはできない。けれどももう一度行けば確実に記憶がよみがえる気がする。あのときにこの田園地帯で感じた風の匂いと水の せせらぎにここにしかないもの凄いパワーを感じていた。日記では言葉で明確にはしていないが、黒部の山々と小さな扇状地に漂う畏敬のようなものを確実に感 じ取っていた。

もっとむかし、さらに15年ほど遡って1984年にも富山平野を横切っている。それはクルマで東北を目指した旅の途中のことで、高速道路は富山平野の中ほどまでしか開通しておらず、京都から走ってきた終点は滑川インターで、黒部川は一般国道である8号線を走って越えた。

川が急流なことはもちろんだが、有名な割には川幅がそれほど広くないし水が脈々と流れているわけでもないのに、どこか異色の景色を放っていた。それ が石のせいだと気づく。しばらく考えているとわかってくる。山から急斜面を流れだした水はあっという間に海に到達するから、蛇行したり河原を作ったり、石 が砕けて砂になるような緩やかな流れはないのだ。

二度目にこの地に旅してきたときにも初めて来たときの強烈な印象が蘇った。ただ、せせらぎに手を差しのべてその水の冷たさや美しさに触れたのは墓の木自然公園にテントを張った時が初めてだった。

この本を読み始めながら次第にそのときの感動が蘇ってきて、宮本輝が蛍川に書いた富山への熱情と合わせて、この作品の感動を整理しなくてはいけないなと思う。

そうすると、宮本輝が作品の書き出しで大きく息を吸って深呼吸をしたかもしれないような息づかいまでもがわたしの中に満ち溢れてきて、仕事で書いている4月号のメールマガジンのあとがきでも紹介をした。

宮本輝さんは「田園発港行き自転車」という小説を<私は自分のふるさとが好きだ。ふるさとは私の誇りだ。何の取り柄もない二十歳の女の私が自慢できることといえば、あんなに美しいふるさとで生まれ育ったということだけなのだ>と 書き出しています。ちょっとしたきっかけで読み始めたこの作品は、富山県を舞台にして立山連峰と黒部川と富山湾を背景にした田園地帯と、この豊かな自然の 中で織りなす奇跡的な出会いのドラマです。この作品の中には終始偉大な自然に育まれた豊かな心の人々が登場します。作者は冒頭で「自慢できる」という表現 をしています

という具合に震えるようなものを感じ取ったのだった。

全てはこの書き出しにある。

作品は現代屈指のストーリーテラーである宮本氏が魔術のように人間関係を練り上げ、それぞれの出会いや事件の場面を絶妙に切り刻んで並べて、ヒトの真正面の生き方を宮本美学的に綴り、味わい深いドラマにしている。

TVや映画でのドラマではなく宮本氏が詩篇を意識したような風景や心の描写で、時には(いつものようにともいえるが、宮本流の)思わぬ展開や出会いで編み上げていってしまう。
作者はこういう複雑で、実際にはありえないような(ドラマチックな展開を)螺旋のようにもつれた関係や展開を味わい深く作品の中に散りばめた。

確かにいつものように退屈なところもあるのだけれど、それもお見通しかもしれず、作品の結末を構想しながら絶妙にあれこれを集約してくる。

書きはじめるときにラストシーンをはたして固めてあったのか、3年近くも書き続けながら熟成するものなのか想像の領域外だが、散りばめた感動を纏め て、幾 つもドラマを投げ出して走らせてストンと終わってくれるところなどにも、この人の真面目で哲学者で詩人でお茶目な面を感じる。

作品の完成度としては大雑把に真ん中(星3つ)くらいと思っている。新品を買ってきて手垢も付けたくないというような作品にはならなかったが、どん な一流のドラマや映画も寄せ付けない味わいを持っている。それはコレこそがドラマなんだというスリリングなものでもあり、人間の生き方へのひとつの提示で あるのかもしれない。

「禍福はあざなえる縄の如し」と明確に引用をしていた作品もあるのだが、この作品では言葉自体には触れていない。螺旋の人生を送ってきた人だから書ける作品なんだろうと思う。

あとがきから
わたしは、螺旋というかたちにも強く惹かれます。多くのもののなかに螺旋状の仕組みがあるのは自然科学において解明されつつありますが、それが人間のつながりにおいても、有り得ないような出会いや驚愕するような偶然をもたらすことに途轍もない神秘性を感じるのです
本文から
好不調はつねに繰り返しつづけるし、浮き沈みはつきも のだが、自分のやるべきことを放棄しなければ、思いもよらなかった大きな褒美が突然やって来る

2016年4月21日 (木曜日)

穀雨の季節

穀雨のころ

穀雨の季節を迎えた

先日ベビーベッドを従兄弟の家に借りにでかけ御礼のメールを打ったら返事に
「私たちを支えてくれる子供を、育ててくれる若い二人に感謝します」
と書き添えられていた

夫婦でガンを患いこれからを手さぐりでありながらもしっかりと見つめていきてゆくのだという揺るぎない姿勢が感じられる言葉だ。

未来に引き継いでいくもの残さねばならないものをしっかりと見つめているのがわかる

感謝をする − 穀雨篇 【裏窓から】


穀雨 カツオ ハナミズキ 写真日記(平成28年版)

2016年4月20日 (水曜日)

宮下奈都 はじめからその話をすればよかった

宮下奈都さんを借りてきた
宮本輝さんは返却
読後感想はゆっくり書く


宮下奈都 はじめからその話をすればよかった 宮本輝 田園発 港行き自転車 (下) BOOKs(読書日記)から

2016年4月18日 (月曜日)

田植えが始まっていて4月も下旬に

田植え始まる 鮭のパスタ

いよいよ4月も下旬に
鯛とあさりとシャケとピーマン


ピーマン・肉詰め ピーマン・肉詰め 写真日記から

2016年4月17日 (日曜日)

鯛とあさり (一日一魚)

mixi に日記を書いたから
こっちはサボっておく

そうや、シビもあったのです

▶ 日記書いたらここに貼る


鯛めし あさりの酒蒸し 写真日記から

2016年4月16日 (土曜日)

鼻血出てお休みしました金曜日

鼻血が止まらず
一日安静にしていた
(わけでもなかったが)
ので、お仕事は休暇にしてもらった金曜日

ちょっとお休みしましてん金曜日


サバ(醤油漬け) 卵焼き写真日記から

2016年4月14日 (木曜日)

筍三昧

麦の穂が出ている赤い夕焼けを独り占め

筍を貰ってきたので、連日筍三昧でした


筍ごはん いつもの車窓 すがきやラーメン 写真日記(平成28年版)

2016年4月12日 (火曜日)

春風やスカートひらりヒヤリかな

(12日)

ほぼ2ヶ月ほど家にいたムスメが12日の夕刻に二人の住まいに戻って行きました
母(ツマ)は淋しそうにしていますが
ムスメの旦那さんはケーキを買って待っていたらしく

ケーキ


(11日)

春風やスカートひらりヒヤリかな

ふと思いながら
月曜日の朝の通勤列車に揺られてゆく

お昼はホキの磯辺揚げでしたから
ゆうはんでは唐揚げとかが食べたいなあ
とぼんやり考えていた

ドンピシャ

唐揚げ 写真日記から

2016年4月11日 (月曜日)

頑張れ

4月10日の朝日新聞「折々のことば」から


まわりから「頑張って、頑張って」って言われ続けるよりも……ほかの人に「頑張って」って言うほうが力になったのかもしれない。

火野正平

 テレビ番組で全国、自転車の旅を続ける俳優は、震災後2年経って東北の被災地を回った。応援するはずが反対に応援されて「逆やんけー」ととまど う。ひとは誰かに見守られていることで力をふりしぼることができるが、見守られてという受け身ではなく、誰かのことを案じ、支えることでもっと力を得る。 「人生下り坂最高!」から。(鷲田清一)


頑張れ

という言葉は良くないという人がいて
賛同する人が集まっていかにもそうだというようになっているけど

頑張れという言葉は何も悪くないのではないかと常々思っている。

言われたら頑張ればいいのだし、頑張れないときは頑張らなくてもいい。

頑張れと心から暖かく声援を送る人の心は
否定する人の言っている意味とはかけ離れていて
そんなに反発しなっくてもいいと思う。

温かい言葉に励まされて
素直に頑張ればいい
そしたらパワーが漲ってくる
ダメなときは諦めればいい
泣かずに頑張る
でも泣いてもいい
またチャレンジする

頑張るとは本当は素敵な言葉で
その声援もとても素敵だとわたしは思っている。


唐揚げが食べたいなと思った日のおゆうはん

唐揚げ写真日記から

2016年4月 9日 (土曜日)

花も散り初め

家でゆっくり過ごす土曜日


シャケ・シビのフライ 笹かまぼこ 親子丼 写真日記から

4月初旬の車窓から

4月初旬は雨降りで

桜って花は儚い花ですが短い間に姿をいくつも変化させて その姿に伴う想いも様々に移っていきますね そこには同じシナリオのドラマが存在できないほどに無限の心がありそうです さてそれは哀しいものが多いのか歓びが多いのか 散る花びらで占ってみるか と思っている間に散り果てです ゆうべ花見に行きました 帰り道どこかの誰かにメールしました そんな夜だった

なんていうコメントをmixi に書き置いて

いつもの車窓から(4月上旬)


4月初旬の車窓から 4月初旬の車窓から 4月初旬の車窓から 4月初旬の車窓から写真日記から

2016年4月 5日 (火曜日)

井上章一 京都ぎらい

この本はスッピンでは真っ白の装丁なのですが、本屋に売りに出ると綺麗な帯を付けてもらってある。ネットでは、目次やおよそのエキスを上手にPRして人を惹きつけている。いかにもこういうところが京都っぽいというような表現をすると、多少事情の分かる人であれば、京都の持つ文化社会や住む人の特徴じみたところを連想して頷いてくれるのかもしれない。

綺麗な帯にはこの「京都っぽい」と私たちが日頃から言う表現を「いやらしさ」と書いてちょっと注目してもらおうというのだろうか。ホンマにイヤラシイのだろうか。

いい話ばかりではないが、いいところもある。
一度住んでいてしばらく離れていてもまた住んでもええかもしれんと思うようなところである。
そんな街であり人々の集まりであるのだが、「いやらしさ」=「京都っぽさ」 があるのだ。 認める人は多いと思う。

何故オモロない本だったのか。(★1つの理由を考えている)

気の置けない同僚かあるいは後輩たちと一杯飲みに出かけて愚痴を言うでもなくゴキゲンに京都のあれこれについて喋っているとしよか。日頃から感じているような理屈であり、また理屈にならないようなこともダラダラと飲みながら喋っていて、悪口ともケナシとも取れるが、一種の伝統の尊敬ともとれるような話を、面白おかしく話していたところを聞き書きして写したような本…の印象です。だから(活字にして読むと)詰まらないのではないか。 最初の章でアホらしくなってきたから…。

「京都人」という表現をするところでとどめておき、あとは「あ・う・ん」で「京都人らしいなあ、京都っぽいなあ」といってあやふやにしておけばいいのに、「京都っぽく」なく踏み込んでしまって活字にしたから。

京都に住んでみれば京都らしさが人それぞの度合いや暮らしスタイルに応じてわかってくる。身に沁みて伝わってくるというべきだろうか。それをキライと思うか気に入るかは時と場合によるだろう。

一旦京都に住むと、何においても京都らしさという特徴を抽出してしまう。そしてそれを分析して京都らしさと見なしてしまう様になってくる。それも一種の京都っぽさなのかもしれない。

排他的で自尊心が高い。京都にはそれらに纏わられた非常に狭くて孤独で孤高な(一種の裸の王様的な)文化がある。平たく言えばそれを、わかりきったことなのに頷きながら読むと何ページかで疲れが出てくる。

この先生は膨大な知識をお持ちで、果てしなく広い視野で、研ぎ澄まされた経験と、それらを総括する洞察を日頃から常に頭においておられるので、それをちょいちょいと整理して庶民にわかりやすく書いていただいたのかも。

あまり深いところまできちんと調べあげて苦心して書いたのではなく、…と思う、…でないか、…ということは分からないが、などと少し(かなり)ええかげんにしている所も多い。

まじめに読んで卒論の参考文献にしようとか考えている人なら確実にこの本はパンフレットレベルであると気づくのだろうが、ベストセラーに釣られて読み始めた人はそうではないのかもしれない。

愚痴や悪口や不満を吐き出したくて思い切りおしゃべりしようと出掛けた飲み屋で、明日にはケロリと忘れているかもしれないようなことを友人と喋くりながら、頷き合い意気投合して、酔いしれて、サイナラしてきた時の話を本にしたみたいで、酒肴のようなノリを活字で読んでも詰まらないのかもしれない。

もしもこれが京大の大講堂での講演だったら、わたしは間違いなく拍手を惜しまないと思う。

忙しい人は、目次と各章のタイトルと、各段落の最初行と最後のマルのある行を読めばイイのではないか。

おそらく絶賛書評が出まわるだろうからそれを読めば、飲み屋でうだうだ話しをして美酒を味わうのに事欠かない程度の酒肴になるし、素晴らしいベストセラー本と言えるかな。こういう本こそ図書館に置くのがふさわしい。


井上章一 京都ぎらい読書日記

4月の雨ザザザと降って花散らし

4月もぼちぼち始まって
花が咲きそろった日の夜半すぎから雨が降りだし
清明であった4日の夕刻にはアスファルトには花びらが濡れ落ちていた

我が新体制でも花見をしますというお誘いがあって
今週末の金曜日は久々に酔いしれに行くことにする

M's Zoomお花見の誘い届いた雨あがり

その前に「京都ぎらい」の感想を書きたくて


カレー 京都ぎらい お昼のお弁当 ブリ 餃子 ホタテ入りスパ

写真日記から

2016年4月 2日 (土曜日)

サクラ咲き揃ったようです

焼きそばとラーメンと花見

焼きそばを食べました。

近所の県立公園に2.5キロほど歩きに行きまして花見もしてきました。


中部台公園 中部台公園

チキンラーメン サッポロ一番屋台の焼きそば 写真日記から

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