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2016年1月11日 (月曜日)

意地っ張り凩吹いて拗ねている1

❏ 意地っ張り凩吹いて拗ねている

12月4日の夜中にこんなことを書き残している。
わたしは拗ねるという言葉を使うのが好きなようで、その訳は何となく自分でもわかっている。

わたしはよく拗ねる子だった。母からそのことを何度も言われて決して責められている訳でもなかったのだろうが、そんなところで拗ねていてはイケナイのだと叱られたことが多かったのだろう。

人が(子どもが)拗ねているのを見るのは好きではない。だが、物語の成り行きで人が拗ねるようすというのは不可欠であるしドラマの場面を作りやすいのではないか。

人は甘えたいものだ。動物だってきっとそうだろうと思う。

拗ねるという行動は、甘えている行いをバッサリと切り捨てられて立ち直ることを要求されたときなどに、自分の甘えが実現できなかったことへの不満の表現形の1つだ。

悔しさが伴うこともあるだろう。どんな理由で意地を張らねばならなかったのかは今となっては想像の彼方だが、単純に解釈して、予想もしなかったのに凩が吹いて何か願いが叶わなかったからふくれっ面になっていただけだろう。

わがままとはそんなものだ。

うちの子は、わがままも言わなければ意地も張らないし拗ねもしない子であった…と今ふと思った。(今のところわたしには)まったく想像の付かない人と一緒になって新しい家庭を築こうとしている。

わたしの時代が終わったのだからと考えが行き着き、凩が吹いただけでわたしは拗ねていたのかもしれない。

小鯛のささ漬

ほんの少しのわさび醤油でいただくと格別に旨い

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