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2015年8月19日 (水曜日)

宮本輝 水のかたち

ちょうど戦後70年にあたるため八月中旬のお盆のころには戦争を振り返るニュースが多かった。思想も曲がっているが行政力にも技が無いために(お馬鹿総理と言われ)反発を食らって社会は騒然としている。戦争という言葉が飛び交っている。

物語には北朝鮮から戦争後に引き上げて来た実在する人の実話と手記が挿入されている。

なかにし礼の赤い月を読んだときも、数々の戦争文学で触れてきた戦争というものが出てくる。宮本輝には異色な面であるかもしれない。

そして宮本輝にも存在しない戦争の実態を抱きかかえての物語。宮本輝が小説の主人公にしたのは五十歳の女性だった。

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人生の中間点を回り終えて過去の足跡を振り返って歓んだり悲しんだりしたあとふっとため息をついて残りを考えてみるときに多くの人はよく似た景色を思い浮かべている。更年期を伴い生理学的にも下り坂を感じる人も多いはずだ。ここから眺めることができる坂の下の景色は、年齢に達していない人には決して見えない。理屈でも理解できないだろうと思う。

そんなことを考える日々が続く日常を乗り切って今を生きている。本屋で立ち止まって何気なく手に取ったのがこの作品だったのか。出版社の販売戦略が戦後70年のお盆の頃を狙って文庫化していたのか。それともいつの時代にも同じようなことを感じている人が存在するのか。

わたしが主婦ではない点が違うだけで、主人公はわたしとおないどしである。(物語ではこの時代に五十歳であった)

宮本輝の作品を初期から思い起こすと、なるほど年齢に沿った波が作品にもあるような気がしてくる。作者はそのことを振り返り確かめながらこの作品を築き上げていったのではないだろうか、四十代のころはさぞや苦心もあったろうにと推測してしまって、作品と作者の両方に同期していくのである。

五十歳に満たない人は読んでもすぱっとわからないかもしれないので、いつか五十歳になったら再び読んでくださいねと言いたくなるような作品だ。

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サラサラと水が流れるように滞りなく人生を過ごしてこられた人はそれほど多くはいないだろう。物語ではさして大きな事件も起こらず、いかにもな展開で進んでゆくのだから、読者によってはまったくの幸せ物語の作り話として冷めた感覚で捉える人もあるだろう。しかし、それはそれでいいのだ。架空であろうが、現実に限りない架空であろうが、いかにも現実に近いけど叶わぬ夢物語であろうが、わたしたちが人生を歩んでゆくなかで心に抱く善なる側面を躊躇うことなくさらけ出して、持ち前の筆で惹きつけてゆく。

宮本輝に物語を作らせたら誰も真似ができない。これは誰もが認めるだろう。もうひとつ、素敵な女性を描かせたら読者を魔術にかけるように吸い込んでいってしまう。この作品に出てくる主人公もその他の女性たちも例外ではなかった。(宮本輝は女流作家ではないかと思う人もあるかもしれない)

登場人物は、一人ひとりが魅力的で、宮本ウェーブのような波動に乗って物語の中を漂う。作者が語る「善き人」が次々と決して奇抜ではないのだがドラスティックな変化に沿うて流れてゆく。

少し読めば読み手はこの「善い人」の放つ意味に気づき始める。かつて遠藤周作が数々の中間小説で登場させたおバカさん・ガストンが持っているような清さを秘めていると連想したのはわたしだけかもしれないが、途轍もなく共通する人間がそこにいて、この人間の表現する味のようなものを感じたのだ。「善い人」を突き詰めて物語すればこうなるしかないでしょ…みたいな。

宮本輝の人生の経験と数々の洗練された哲学、コレを宮本節とか宮本哲学などと呼ぶ人があり、さらっと見渡した評判レビューなどでは下巻では宮本節が全開となってゆくとあった。

彼は人間力というものを信じている。それがまっとうに働けば誰もが幸せになれるのだから、教科書のような小説を書いているともいえようか。

といっても、社会はそれほど甘くなく荒んでいるし悪も存在する。嘘、欺、騙、卑、逃、暴などというのがゼロではないのが現実であるが、何もそんな悪意に満たものばかりではない。

しかし、宮本輝がインタビュー記事で、在りそうであるが実は意外に無いのではないかと指摘される「善い人」との繋がりついても

  • 現代社会ではどんどん希薄になっています。それはどうしてなのかと考えてみると、人間って非常に嫉妬深い
  • 友達の旦那は大会社の役員になったのに自分の亭主はリストラされたとなれば、仲のいい友達だろうが妬み心が生じ
  • 立場が逆になったらどうか。そういう嫉妬心が強い人が、今度はきっと必要以上に上から目線になる
  • 収入だとか地位だとか、そんなものを尺度にして物事を考える人の一番欺瞞的なところは、今の自分よりいい人に思われたいという気持ちが人一倍強いということ
  • 僕は人間の一番汚いところは、じつはそこなんじゃないかと思っている
  • 人からもっとこんなふうに思われたい、いい人に思われたいという気持ちは表裏一体で
  • 自分より劣っている人をさげすむのと同じことです。これを同じだ と考えない人が、今すごく増えています

と語っている。

だからこそ作品の中で

どんなに小さくても、火種があるかぎりは、息を吹きかけることをあきらめてはならない

とか

私は、こんなことをしてやろうかって、ふと思ったことを実際に行動に起こしてしまう人間が嫌いなの。それがいいことならすばらしい意志と行動力よ。でも良くないことなら、その衝動を抑えるのが教養というものよ

などと言葉にしてゆける。

自分を自分以上のものに見せようとはせず自分以下のものに見せようともしない、というのは至難の業だ。人間はすぐにうぬぼれる。しかしこの作品の主人公には、「絶えず嫉妬する、他人の幸福や成功をねたんだり、そねんだりする。自分を周りからいい人だと思われようとする」ことがない。決して美人ではなく器用でもないのだが、不思議な流れがあるのだ。

石の一滴一滴と喰い込む水の遅い静かな力を持たねばなりません

というロダンの言葉を頭の片隅に置きつつ、数々の自分の足跡の困難苦難を振り返りながら、生きるお手本のような作品を作り上げた。

実は、不安定な年齢時代の宮本輝は、ゴーストではないかとさえ思った時期があったのだが、このごろは安心して次の作品を待てるようになってきた。

波があっていいのだ。水のかたちを書き続けているころにはそんなこともつぶやいてたのかもしれない。

夢を描くことのできる主人公。
宮本輝とも大きく重なる。

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そうそう、作品の中にたびたび登場するジャズの名盤。アレってけっこう手元にあったりするので嬉しくなりました。

強く背中をポンと叩かれて押し出された気分です。


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宮本輝 水のかたち

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