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2015年5月 9日 (土曜日)

旅をしたカンナ街道を色褪せて ─ 立夏篇

えだまめ

新・写真日記(27) から 2015年5月 7日 (木)

5月6日は立夏。

逃れることのできない夏が到来する。逃れられぬといえども必ず秋が来るし冬に成ることがわかっているからこれまでの長い歴史の間でも夏を許してきたし辛抱してきている。

ツーリング全盛期は夏を嫌いだと思ったことなどなかった。80年代から90年前半のころだ。

もちろん今でも夏は嫌いではない。だが、おデブになったしバイクに乗って旅をすることもなくなったので夏を歓迎することはない。

そもそも、人間は生理的に少し寒いめの暮らしが健康的ではないか。食欲も出るし心地よく快適に眠れる、魚や野菜などの食い物も旨いものが多い。

◎◎
◯◎

さて

大型連休(GW)には京都・別邸に出かけていました。別日記のとおりです。

嵐山を散歩し「嵐山 よしむら」で蕎麦を食べて、帰りには伊勢丹の地下(デパ地下)で弁当を買って電車に乗った。

クルマで出かけることが減りました。かと言って電車に乗れば必ずビールということもない。ぼんやりと車窓を見ている。音楽も聴かないしスマホで暇つぶしも殆しない。

自分の体内時計が20年前、さらに40年前と比べると、まったく違う周期で動いてゆくのを感じる。

屋上から

実は、二人で嵐山に散歩に行く前に嵯峨野六反田あたりに行ってみようという案があった。何もない場所で懐かしいだけなら「まあまた今度でもええわ いつでも行けるし」となって、日射しが暑かったこともあって、あっさり見送り。

京都を離れたのは90年のことであるから25年を迎えることに成る。82年と90年に屋上から撮影した写真が残っているはず。探しば見ればとても懐かしい。

しかし、技術は今もめまぐるしく進化し続けていく分、情報の貴重さは軽くなってゆくのを感じる。

子どもたちは自分の映った動画にもあまり興味を示さないし、子どものころの記録にも当たり前すぎて感動が薄いみたい。わたしがそう思うだけだろうか。

社会や暮らしや技術など、あらゆるものの変化を微分/積分して捉えることが、今の時代だからこそ大事なんだと思うのだが。

しかしながらここで、そんな話をいくら熱弁したとて、理解してくれる人もなければ、その気になって聞く人も居ない。(そんなもんなのだろう……)

この疎外感のような余韻が、かつて日本が激しく進化した時代をモーレツに生きぬいてきた人々にとっては、とても歯がゆいことなのだ。淀んだような「幸せと豊かさ」から抜け出て羽ばたこうとしない今の若者がとても「トロ臭く」見えてくる。

それは同様に政治にもいえる。政治家に昔の真面目さや真摯さはない。とくに最も先頭を行く人の考え方や実行手段に貧しさを感じる。魅力に欠ける。

◎◎
◯◎

蕎麦どころ「嵐山 よしむら」での待ち時間は1時間半ほどだった。そこでムスメさん夫婦は大堰川でボートに乗ることにしたので、わたしらは、西高瀬川・取水口の前にある木陰で時間を潰すことにした。

ボート遊びを遠くに見ながら、旅人だった時代を思い出す。堰で遊ぶボートを木陰からぼんやりと眺めながらあのころを思い出すのだ。

夏が始まると旅心が抑えきれなかった。ストレスの発散だったかどうかは不明だが、休みには無鉄砲に家を飛び出し、あっという間にGWの10日間を走りきった。カンナが咲いていた国道や山藤の香る街道の峠は、今はどんなふうに変わってしまったかなあ。

そんなむかしを思い出しながら川の畔に居たのだった。(6日)

堰の向こうの山伝いの道を見ながら、下駄の鼻緒が切れた話をツマが突然(思い出して)し始めたりする。

あのときに買い替えた下駄はいつの日にか半分に割れてしまうドジをして棄ててしまった。その残念さまでもがリアルに蘇ってきた。

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