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2015年5月31日 (日曜日)

五月はストンと終わって

新・写真日記(27)

ジョニ赤 アジの刺身 タコの酢の物


五月はストンと終わった。

ドクダミ ユキヤナギ ロウバイ

平成27年 新・写真日記

ロウバイ ユキヤナギ ドクダミ


ドクダミが生きていたのですよ。

2年ほど前に
ドクダミを線路道で引っこ抜いてきて
庭の片隅に植えておいたのです。
忘れていました。

そしたら付いたらしく
今日庭の草引きをしていたら
増えてることに気づきました。
ウレシイ。

ユキヤナギも団地の通りで
一枝拝借してきて刺したのですが
2ヶ月以上持っているし。
どうぞ夏を越せますように。

3月20日の日記にも写真を載せている
ロウバイもすくすく大きくなっている
バンザイ。

2015年5月30日 (土曜日)

のばした手引き下がらないで五月尽

平成27年新写真日記
先円を超過するお肉


(30日土曜日)

肉を食べました。

暑い日となりました。仕事に行っていましてん。まずまず忙しかった。

夕刻にツマとムスメに合流して買い物を。

一日一魚な暮らしのなかで肉を食う

減らない体重どうしようか

2015年5月28日 (木曜日)

新藤凉子詩集 

BOOKs(読書日記)

新藤凉子詩集 新藤凉子 薔薇ふみ 車谷長吉 赤目四十八滝心中未遂


車谷長吉さんを読み返していて新藤涼子さんに出会えた。

そのことは先ごろの日記に書いた( 新藤涼子「遅い」

詩集が届いたので図書館に取り行った(27日 水曜日)

2015年5月27日 (水曜日)

シイラが刺し身に

新・写真日記(27)
シイラの刺し身 ハンバーグ(broccoli) 鮭の照り焼き


▼青虫の写真を載せたら友だちからクレームが付いた。気持ちが悪いので載せるというなら友だちをやめるとまで言う。わたしにはわたしの暮らしがあるし、友だちはやめたくないし、困ってしまう。

▼そんなことがありながら、またふつうに一日一魚生活に戻る。

▼(26日・火)鮭を照り焼きにしてみようと思うとツマがいうので楽しみにいただく。照り焼きといえばブリですけど、シャケの方も旨い。またやってもらおう。

▼(27日・水)ムスメに夏用の布団を届けるために布団を積んで職場まで。立ち番の方に挨拶をして玄関まで行って娘に会うのですが、立ち番の方も大変ですね と声を掛けたくなるような暑い日でした。鍵を借りて家に置きとんぼ返りで鍵を返して、わたしたちは市内で食事。ツマはハンバーグが大好きなんだとこのごろつくづく思う。(@ broccoli)

▼スーパーに寄って初鰹でも並んでいないものかと期待をして魚屋さんを覗くと、シイラが刺し身にしてあった。綺麗だったので買ってきた。400円と安かったというのも大きな理由。

2015年5月26日 (火曜日)

新藤涼子 「遅い」

アヤちゃんとの待ち合わせの場所へ行く前に
生島が海を見ながら思い出す詩がある。


あの帽子は
わたしがころんだすきに
波にのまれてしまったのです
ひろってください

帽子は波にのってただよっています
ほら
すぐ手のとどくところに
あなたが一生懸命
手をのばしたのはわかっています
今日は 海の水がおこっている日
あなたをさえ
波がのみこもうとしている
けど おそれずに
あの帽子をひろってください

わたしが願ったのは
帽子をとりもどすこと
ではなかったけれども


という詩で、小説では太字の部分だけを、行の中に埋め込んで引用している。
一節を検索するといくつかのHITがある。わたしと同じように車谷長吉さんの小説で新藤涼子という詩人で出会ったという人があって、ついその人の日記を読み耽って過ごした。赤目四十八瀧心中未遂の作品の所感も書いている日記(その続篇)もあり、嬉しくなっておっちょこちょいなことにコメントを書き残している。

--

車谷長吉さんが亡くなって、本棚にしまってあった「赤目四十八瀧心中未遂」を出してきて、相変わらず赤線が引けずに思案して、今の時代は付箋という便利なものがあるので貼りまくって、泣きながら読み返しています。

そこで、わたしも、むかしに読んだときには気づかなかった「新藤凉子」さんの詩に出会いました。なんやかんやで、このHPに辿り着いて、一息ついています。

わたしも自分のブログで感想を書いて、追加して、また書いて、を繰り返してきました。でも最初に読んだときの感想は未熟であっても、結構自分の本髄 に迫るもので、下手くそな感想でありながらも、車谷さんの作品はわたしを揺り起こしたのだなと、冷静に再び感慨に耽ってみたりしています。

新藤さんの作品は当県内の図書館にわずかしか在庫がなく、きのう電子操作で最寄りの図書館に取り寄せる依頼をしたところです。これからゆっくりと読めると思います。

赤目四十八瀧心中未遂の感想をあれこれと検索操作などであたってみても、どこにも作者の書いている泥臭くても純真な恋物語のことには触れておらず、 なかなか心から陶酔して読んでくれた人っていうのは少ないのかもしれない、と亡くなった作者のある種の無念さを想像したりもしています。

貴殿の赤目四十八瀧心中未遂の記事も拝読しました。とても嬉しいと思いました。

一冊の本を読んで、その中の本流とは少し違うかもしれないような書き方で文中に埋め込まれた一篇の詩に立ち止まった人がここにもあったのだということがとてつもなく嬉しいです。

このコメントは自分にも投げかけるもので、自分の日記にも書き残すことにします。
ありがとうございました。
ときどきお邪魔します。

--

というようなもので、コメントなんて知っている人にしか書かないのによほど嬉しかったのだろう。

2015年5月25日 (月曜日)

ブロッコリーに青虫が

新・写真日記(27)

ブロッコリーから青虫が(特大発見) ブロッコリーから青虫が(影に隠れて) ブロッコリーから青虫が(小)


いたほうが安全かも。

家でとれるブロッコリーには
農薬のような金のかかるものは
まったく使いませんから
青虫などの自然の虫の天国です。

野菜の味は、まあ誰が食べても美味しいですが
この虫を見るとさすがにオェー❢ってなってしまった。

最後のでかい虫は、茎と茎の間に小さな豆粒のようにいたので
菜刀をぐっと切り入れたらびっくり箱のようにぽよ~んと飛び出して大きくなった。

青色が薄れているので羽化も近かったのでしょう。
可哀想なことをしたが虫は畑の土に還した。

甘くておいしいのですが、花の隙間に小さな粒粒の卵も残っているかも
熱湯で茹でとるけど。

ウルトラ山村生活を何年もしているわたしでも頭のなかは少しビビって
このブロッコーリーは半分齧ったが

残りはベーコンと炒めてパスタに入れることにする(あくる日の昼食)

ほんとうは、青虫が出てぎょ!ではなく
何も出てこなかったときにギョェ!と驚くのが正しい。

出るべきものが出ないなんて、どこかおかしい。
中国の野菜は避けるくせに国産青虫なしの野菜は買うってのは自分勝手な都合や

2015年5月23日 (土曜日)

鯛と海老のスパ(パスタ)

新・写真日記(27)

鯛と海老をスパ(パスタ)で(23日)


鯛をスパに入れたら美味しいかもと考えたわけです。海老入りのイタリアンぽいのを食べたいと思っていたので2つの食材がドッキングしてしまうわけです。

鮭のパスタのときと同じように、鯛は切り身を買ってきまして焼いておきました。一日一魚生活をしているので一週間に一回くらいは鯛を食べる計算になりますが、刺し身はやはり刺し身で食べますから、スパに入れるのはもったいないので、いつも買ってくる切り身を使うことにします。オリーブオイルでエビを炒めた中にあらかじめ塩焼きにしておいた鯛を放り込んでみました。

2015年5月22日 (金曜日)

赤いバンダナの話 ─ 花も嵐もⅢ その82

1度だけ、赤いバンダナの話を話したことがありました。
鶴さんからもらったバンダナのことです。

とても強く烈しく京都に一緒に行くことをわたしは鶴さんに望みましたが、叶わいませんでした。だから、京都に来て社会人になって働き始めてからも切実に鶴さんのことを思い続けていたのです。

1983年夏、彼女に会うために東北へ旅に出た日記があります。
福島県郡山市大槻町にある鶴さんの実家を訪ねており、お兄さんとお母さんと三人暮らしの鶴さん宅に一泊世話になっています。

次の日は朝から雨で、二人乗りで阿武隈洞を観光し、その夜はワシントンホテルに泊まっていると書いています。ホテルの名前は記録していますが、出来事の詳細は日記では触れていません。

旅の日記はいつも必ずきちんと書くようにしてきましたが、この東北の旅日記には幾つもの欠落があります。旅の途中で郡山市に到着し、それから自宅まで帰り着く間の日記は、ペンを持つ力さえ抜け落ちてしまったのかと思わせるようなものです。

断片的になったり欠落しているのは、意図的であったのか。強烈に記憶として残ったが故に書き残さなかったのか。

わたしにしたら、あの年の東北の旅における郡山市での出来事は、どんな些細なことであっても、疎かにはできなかったはずです。

では、哀しみに打ちのめされて書けなかったのでしょうか。

阿武隈洞に行き、その夜は駅前の街の居酒屋で飲んだはずです。その後、ワシントンホテルの階上で食事をしています。この日の日記の最後に、赤いバンダナを買ってもらったと一行だけ書いている。

どこで買ったのか、何のために買ったのか、不明なままです。

何故、書き残さなかったのか。そのバンダナは、それから何年もの間、バイク旅のお守りとして肌身離さず持ち歩き、首に巻いてトレードマークにしています。

しかし、あるときそれを風に吹かして飛ばしてしまいました。何故飛ばして失うようなことになったのか、それは覚えています。しかし、それ以上に詳しくあのときに彼女と電話で交わした言葉や衝動的な気持ちの一部始終は、わたしはほんとうに覚えていなかったのだろうか。

忘れようとしたわけでもないだろうと思います。とても大きな衝撃であったならば、忘れようとしても、自由自在に忘れられるというわけがない。忘れるということに意志が働かせることはできない。

それだけに、余りにも失意のどん底でありすぎた、とでもいうことでしょうか。

だから、バンダナの話は1度だけで、鶴さんが買ってくれたバンダナを、いつもどんなときも大事にしていたことだけ、家族には話したのでしょう。

ツマはその話をほんの少しだけ聞いて深く頷いてくれたのでした。


鶴さんを読み返してみました。
このシリーズで少し触れています
終章 その4  -ネオン消えバンダナ赤し夏の夜-  [第61話]

2015年5月21日 (木曜日)

車谷長吉 追悼  再読 ─ 小満篇

 闇に光る小刀の迫力車谷長吉さんを悼む
と題して万城目さんが追悼を書いている。

(記事から引用)
二十のころ、私はだいたい気分が暗かった。将来、何をしたらよいのかさっぱりわからず、だいたいぽかんとしていた。そんなとき、車谷さんの小説が身に沁みた。

言葉のとおり、ページに印字された文章が目から溶けて、血液へと流れこむのだ。その成分はおもに毒だった。毒が血肉に心地よく沁みこむ。本を読んで、そんな奇妙な生理的感覚に陥ったのは、あとにも先にも車谷さんの文章だけだ。

小説のなかで、どうしようもない人生を送る車谷さんが描く主人公に、私は憧れた。お前のしょうもない悩みなんぞ、ゴミのようなものだと思い知らせてくれる、暗闇に光る小刀の迫力がそこにあった。

(大幅に省略)

わたしも感想を書いたときに

この作品が私を捉えて放さなかった理由は、この小説の根底を流れている生き様と、そんな寂れた人生がもたらす偏屈な眼差しと、日々の出来事に触発されて狂うようにいきり立つ感情の根源のようなものが、あまりにも私の人生と重なり合ったからだろう。この作者は、私のひとつ前のステージを走っているもうひとりの私ではないのか、とさえ思えてきた。感想文

というようなことを書いたが、車谷さんの作品には、心のなかまで震わせてくれるような波長があったのだと思う。

現在、またまた文庫を読んでいる。付箋を新しく用意して読んでいる。
結末を思い浮かべるともうその時点で泣けて来るから困る。

69歳だったそうです。19日の日記には、

車谷長吉さん、食べものを喉につまらせて。
なんとも、最後まであなたらしい。
寡作でしたが、素晴らしい作品、ありがとう。

と書きましたが、

人生ってこんなもんなんやな
これでいいのだ

とささやくことが増えています。

物理学で定義するような時間軸の上で、他人があれこれ言うような周期に合わせた生き方を避けて、自分を見つめて生きてゆく。難しいのはわかっているけど、やってみなくてはならないでしょ。


車谷長吉 赤目四十八滝心中未遂

天声人語(5月20日)
修行僧のような風情と言われることもあるが、失礼ながら筆者は任侠(にんきょう)の世界に属する人の匂いを感じてしまった。作家の車谷長吉(くるまたにちょうきつ)さんが文壇に登場した時に受けた印象である。ごく短い髪、鋭い目、こけた頬に、どこか捨て身な気配が漂っていた▼30代の大半、関西を転々として過ごした。料理場の下働きなどをしたが、極貧だった。「泥の粥(かゆ)」をすすって生きるような「世捨て」の時代だ。この経験がなければ「物書きという無能(ならず)者」にはなっていなかったと振り返っている▼金貸し一族の物語「鹽壺(しおつぼ)の匙(さじ)」を表題作とする作品集で三島由紀夫賞を受けた。時に47歳。自分自身の骨身に染みたことを、骨身に染みた言葉だけで書く。反時代的と言われようが、私(わたくし)小説でおのれの存在の根源を問い、代表作の『赤目四十八瀧(あかめしじゅうやたき)心中未遂』に結実させた▼変人といっていいのだろう。「私は原則としてズボンの前を閉めない」と書いている。原則、の2文字がなんともおかしい。48歳の時に結婚した詩人の高橋順子さんから「卦(け)ッ体(たい)な人」と呼ばれたのも無理もない▼本紙「悩みのるつぼ」の回答者としても異彩を放った。小説を書きたいという相談に、善人には書けないと答えた。作家は、人に備わる「偽、悪、醜」を考えなければいけないのだから、と。それは車谷さんの自負だったろう▼5年ほど前に書いたエッセーに「あと数年で死のときが来るので、その日が待ち遠しい」とある。予感があったのだろうか。69歳での旅立ちだった。

2015年5月19日 (火曜日)

過去への落し物

ここまで忘れていたのだから困っていないだろうということが過去への落し物みたいな気持ちです。

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NさんがSNSへのパスワードを
うっかり忘れてしまったときの
その後のコメントで
「過去への落し物みたいな気持ち」
と書いておられて、

わたしはその言葉のことで考え込んでしまう。
彼女が言いたかった真の心の内とは何なのかがぼんやりだったので、
もう少し正体を突き止められないかと思うほど迷路に入っていく。

だからすぐには返事めいたことも書けずに
この一節をメモに書き置いたまま睨み続けた。

睨んでみては諦めて
感情を冷ましてみては
もう一度睨んで考えた。

落し物ってなんだろう
自分の手から離れた瞬間に
もう棄てられてしまうかもしれない宿命があったのかな

それはないでしょ
落としたくて手から離れたわけじゃない。

でも
手から離れた瞬間に
自由になれたと考えれば
どうだろう。

人生の完全燃焼ストーリーのシナリオから
落し物のように遊離して
私は今の人生を歩んでいる。

落し物って
あいつら
いつか誰かに拾って欲しいと思っているのだろうか。


濃密な文章で反時代的な私小説を書いた
直木賞作家の車谷長吉さんが17日、死去した。
うーん。残念。
たくさんの直木賞の中でも「赤目四十八瀧心中未遂」は特に素晴らしい作品です。
おもいきり真面目に感想も書いている。
もう一回読もうと思う。

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車谷長吉 「赤目四十八瀧心中未遂」

  • 上手に生きてゆけない男が、身体が震え上がるような女性(アヤちゃん)に出会い、名門の出であることを密か……
  • ----

    車谷長吉 赤目四十八滝心中未遂

    BOOKs(読書日記)

    2015年5月18日 (月曜日)

    お豆の卵とじ

    新・写真日記(27)
    旬を食う


    旬を食べる歓び

    先日(13日)母をたずねてエンドウ豆をもらってきたので早速豆ご飯にして、17日には卵とじにして食べた。

    2015年5月17日 (日曜日)

    5月17日 車窓から

    新・写真日記(27)

    車窓から 車窓から 車窓から


    16日は、はっきりしない天気の1日だったが
    17日は朝から晴れ間が戻った。

    お仕事行きます列車の中からの風景

    2015年5月16日 (土曜日)

    新玉ねぎをお届けに

    新・写真日記(27)

    豆ご飯とつけもの 手羽中 津観音公園 津観音縁日祭 NANKO JAZZ オーケストラ


    新玉ねぎをもらったので
    キャベツとセットで
    ムスメのところに届けに出かけると

    観音さんでえんにち祭りをやっているという情報が入り
    ちょっと抜け出て聴きに行ってくる。

    NANKO JAZZ オーケストラって書いてあるから
    なになに?と思えば南郊中学校の吹奏楽部だそうです。

    上手な演奏で驚きました。

    2015年5月14日 (木曜日)

    丸谷才一 横しぐれ

    丸谷才一 横しぐれ

    丸谷才一 横しぐれ

    ものすごく大きな期待を持って読み始めた。
    県立図書館にしかなくてしかも書庫にあったものを出してもらって最寄りまで取り寄せて読んだのだから。

    旧仮名遣いなので戸惑いながら読む。

    このごろの文芸作品は、常に読者に逃げられまいとして、一行一行が勝負のような物が多いように感じている。書き手も売りたいし目立ちたいし優秀と求めてもらいたいし、当然読者にも喜んでもらいたいのだろうけれど。

    この作品はそういうチャラいところはなく懐かしい文芸作品を読ませてもらっているという感触だ。大学時代に古本屋で掘り起こしてきた、わたしのとっては無名だった作家の作品のようです。

    作品自体に、重厚な重みと怖ろしさのようなものを秘めているのだ。

    種田山頭火との出会いを発端に、主人公は分析をするのですが、小説ですから、架空のことも混じっているのでしょうね。サスペンスタッチでなんて表現を感想に書いている人がありました。小説手法としては、面白い試みだったのかもしれません。

    作品は、難しいです。文學に無関係なわたしにしたら英語の学術文献のほうが簡単かも。

    でもそこは山頭火のことを、わたしの知らないこともたくさん掘り下げて書いている。落ちは、やはり小説っぽく収束してゆきますが、丸谷才一のプライドですね、ここまできたら。

    文学者のようにわたしにはその高貴さがわかりませんが、いい作品でした。現代の棚積みのベストセラーと比較したら叱られるかもしれんですが、文學 の味わいが感じられない「◯◯大賞」などを見てると、時代が文化をも変化させるのでしょうが、やはりそれは罪悪だとこの作品を読めば言い切れます。

    横しぐれ。
    この言葉の重たさが、作者には言葉に出来ないほど痺れてきたんでしょうね。
    わたしも、この作品を読んでいるうちに、何て素晴らしい言葉だろうって思います。

    時代がスローに歩んでいたころは、こういう言葉をしっかりと噛みしめる文化があったのだな。

    県立図書館の書庫ですよ。県民の文化レベルを何とかせねば。
    書庫から出して、入口横の棚に入れて欲しい。
    村上春樹は書庫でいいから。

    2015年5月13日 (水曜日)

    蛇苺

    新・写真日記(27)

    名松線 蛇苺 蛇苺


    13日

    ぶらりぶらりとしている日向で遊ぶ

    2015年5月12日 (火曜日)

    松永多佳倫 江夏豊 善と悪 江夏豊ラストメッセージ

    My BOOKs(読書日記)

    松永多佳倫 江夏豊 善と悪 江夏豊ラストメッセージ

    読んだのですが、内容が知りたい方は、数々あるネットの中の読書感想記事で十分でしょう。

    感想は、残念ながら、引用してくる元気が出ない。

    江夏のファンだけに。

    2015年5月11日 (月曜日)

    母の日の夜

    新・写真日記(27)

    ちらし寿司 マグロの鉄火丼(中とろあり) 羽根つき餃子 ポテト


    母の日(10日)のおゆうはん

    お母さんは夕飯の支度をするのが大変なので今日はスーパーで買い揃えてしまったのですが

    ビールのおつまみは自分でつくて、美味しいビールをプシュッと頂きました。

    ムスメが家を出て行ってしまって駅までお迎えに行く用もなくなって、プシュの回数が増えたかも。

    体重も増えたけど

    2015年5月10日 (日曜日)

    あすは母の日という晩に

    新・写真日記(27)

    豚の角煮挑戦中 オムライス


    (9日の晩のおゆうはん)

    冷蔵庫にあった冷やご飯で
    オムライスを作りながら
    ムスメに教えてきた豚の角煮が
    きちんとできているか心配で
    落ち着かない夜を過ごす。

    人の心配をよそに
    仲良く食べたようです

    5月9日 豚の角煮

    2015年5月 9日 (土曜日)

    旅をしたカンナ街道を色褪せて ─ 立夏篇

    えだまめ

    新・写真日記(27) から 2015年5月 7日 (木)

    5月6日は立夏。

    逃れることのできない夏が到来する。逃れられぬといえども必ず秋が来るし冬に成ることがわかっているからこれまでの長い歴史の間でも夏を許してきたし辛抱してきている。

    ツーリング全盛期は夏を嫌いだと思ったことなどなかった。80年代から90年前半のころだ。

    もちろん今でも夏は嫌いではない。だが、おデブになったしバイクに乗って旅をすることもなくなったので夏を歓迎することはない。

    そもそも、人間は生理的に少し寒いめの暮らしが健康的ではないか。食欲も出るし心地よく快適に眠れる、魚や野菜などの食い物も旨いものが多い。

    ◎◎
    ◯◎

    さて

    大型連休(GW)には京都・別邸に出かけていました。別日記のとおりです。

    嵐山を散歩し「嵐山 よしむら」で蕎麦を食べて、帰りには伊勢丹の地下(デパ地下)で弁当を買って電車に乗った。

    クルマで出かけることが減りました。かと言って電車に乗れば必ずビールということもない。ぼんやりと車窓を見ている。音楽も聴かないしスマホで暇つぶしも殆しない。

    自分の体内時計が20年前、さらに40年前と比べると、まったく違う周期で動いてゆくのを感じる。

    屋上から

    実は、二人で嵐山に散歩に行く前に嵯峨野六反田あたりに行ってみようという案があった。何もない場所で懐かしいだけなら「まあまた今度でもええわ いつでも行けるし」となって、日射しが暑かったこともあって、あっさり見送り。

    京都を離れたのは90年のことであるから25年を迎えることに成る。82年と90年に屋上から撮影した写真が残っているはず。探しば見ればとても懐かしい。

    しかし、技術は今もめまぐるしく進化し続けていく分、情報の貴重さは軽くなってゆくのを感じる。

    子どもたちは自分の映った動画にもあまり興味を示さないし、子どものころの記録にも当たり前すぎて感動が薄いみたい。わたしがそう思うだけだろうか。

    社会や暮らしや技術など、あらゆるものの変化を微分/積分して捉えることが、今の時代だからこそ大事なんだと思うのだが。

    しかしながらここで、そんな話をいくら熱弁したとて、理解してくれる人もなければ、その気になって聞く人も居ない。(そんなもんなのだろう……)

    この疎外感のような余韻が、かつて日本が激しく進化した時代をモーレツに生きぬいてきた人々にとっては、とても歯がゆいことなのだ。淀んだような「幸せと豊かさ」から抜け出て羽ばたこうとしない今の若者がとても「トロ臭く」見えてくる。

    それは同様に政治にもいえる。政治家に昔の真面目さや真摯さはない。とくに最も先頭を行く人の考え方や実行手段に貧しさを感じる。魅力に欠ける。

    ◎◎
    ◯◎

    蕎麦どころ「嵐山 よしむら」での待ち時間は1時間半ほどだった。そこでムスメさん夫婦は大堰川でボートに乗ることにしたので、わたしらは、西高瀬川・取水口の前にある木陰で時間を潰すことにした。

    ボート遊びを遠くに見ながら、旅人だった時代を思い出す。堰で遊ぶボートを木陰からぼんやりと眺めながらあのころを思い出すのだ。

    夏が始まると旅心が抑えきれなかった。ストレスの発散だったかどうかは不明だが、休みには無鉄砲に家を飛び出し、あっという間にGWの10日間を走りきった。カンナが咲いていた国道や山藤の香る街道の峠は、今はどんなふうに変わってしまったかなあ。

    そんなむかしを思い出しながら川の畔に居たのだった。(6日)

    堰の向こうの山伝いの道を見ながら、下駄の鼻緒が切れた話をツマが突然(思い出して)し始めたりする。

    あのときに買い替えた下駄はいつの日にか半分に割れてしまうドジをして棄ててしまった。その残念さまでもがリアルに蘇ってきた。

    2015年5月 7日 (木曜日)

    京都日記 (5月5日と6日)

    新・写真日記(27)

    まつおか 牛しぐれ弁当 鶏ご飯のお弁当(京都駅伊勢丹地下) 牛しぐれ弁当(伊勢丹地下) 京都駅近鉄ホームにて 嵐山 よしむら (そば) 大堰川(川下り船着場・ボート乗り場)


    京都日記を書いておきます。

    3、4日と仕事に行ったので、五月のお休みは5、6日にして京都別邸へ。

    前日が雨降りでしたので郡上八幡やら白川郷へと4、5日とで出かけたムスメ夫婦は1日目が雨となったわけですが、郡上八幡散策で楽しかったみたい。

    (5日)

    わたしらが家を出た5日(こどもの日)は、前日の空席情報で×があったりしてたけど当日朝にはそれほどの混雑もなった。京都駅前の観光客もあふれるほどでもなく、銀閣寺方面へのバスもそれほど長蛇の列ではなかった。臨時も出てバスの巡りは一時期より上手に処理できていると思います。

    ◎◎ハゲ天 京都ポルタ店でお昼

    すっかりマイブームにしてしまった(といっても2度めですが)ハゲ天で千円で食べられるランチを食べていくことにした。お店の前に出しているメニューに千円のメニューがないので可愛い案内のお姉さんに尋ねたらありますよと教えてくれて「それください」と注文。運ばれ始めてあら!と思ったらサービスには2種類あって、前に食べたのは天丼だったのです。この日わたしたちが食べたのは天ぷら7品のメニュー。これだけの味で税込み千円以内はこの付近では有り難い。

    食べ終わって、金閣寺に行こかいや高台寺もええなあ等と言いながら、とにかく家に荷物を置きに行きました。その時点でけっこう暑かったりしてぐったり。金閣寺も別にええわ(パス)となってしまいます。

    大河内山荘のあたりでも散策してこようかとなり、再び嵐電に乗って嵐山まで行き、野々宮神社を横目に見ながら大河内山荘経由で展望台へ。ツマがヒールだったので靴擦れをしてしまいソロリソロリと歩きながら嵐電嵐山駅まで回って帰ってきました。

    夜の9時ころにムスメさん夫婦が白川郷の旅から帰って参りまして(別邸経由で帰ることも想定していて)この日の夜は軽く乾杯などしながらオヤスミなさい。

    (6日)

    ◎ガスト(嵯峨野店)

    朝から帷子の辻の手前のガストでモーニングを食べてその席で話題になったのが「嵐山 よしむら」という蕎麦屋でして、お昼は蕎麦を食べに行こうということになりました。おじいさん(ツマの父)は「ここから歩いてすぐ行こうか」というような勢いでしたが、朝飯直後ということで、少し間を置いて嵐電で「よしむら」へ。

    ◎◎嵐山 よしむら

    2時間待ちだといわれて予想通り。いったん家に帰ってもいいけど、ムスメさん夫婦が大堰川でボートに乗るというので、ボート乗り場の木陰でぼんやりと1時間ほど過ごしました。1時間1500円だそうです。

    「よしむら」と「松ヶ枝」は同じお庭を通りまして案内されますので、夏の間はお豆腐よりも蕎麦屋で座敷を使っておられるのでしょうか。松ヶ枝というのが、お豆腐屋さんの屋号なんやろか……と思いながら、茶室のような個室に通してくれまして、お蕎麦をいただきました。

    ちりめんごはんと天ぷらと蕎麦のセットで2千円ほど。少食の人や女性などにはひと回り小さいスケールのお膳もありました。食べるのに集中するので写真は天ぷらだけ撮っただけです。

    ◎◎豆腐料理 松ヶ枝

    二階の座敷から大堰川、渡月橋全体がが見渡せるとても落ち着くロケーションです。お豆腐を食べに行くのは、いつも行く「嵯峨野」もいいですが、この「松ヶ枝」もええですね。ちょっと考えておこう。

    (帰り)

    伊勢丹地下の(いわゆる)デパ地下のお弁当と焼き鳥を買って、電車の中でお弁当を、帰宅して風呂あがりに焼き鳥で一杯、というのが嬉しいです。

    写真日記(平成28年版)

    • 越乃寒梅
      平成28年の
      日々の写真に
      コメントを
      綴ります

    写真日記(平成27年版)

    • 伊達巻
      平成27年の
      日々の写真に
      コメントを
      綴ります

    京都日記(平成27年春篇)

    • 焼き鳥
      京都日記
      平成27年版の
      春の日記です

    京都日記(平成27年7月篇)

    • 鱧のお弁当
      京都日記
      平成27年7月篇

    京都日記(平成27年11月)

    • 渡月橋
      京都日記
      平成27年11月篇

    日々是好日写真記

    • ハーモニカ
      860枚 平成18年から平成26年まで(写真日記)
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