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2015年4月30日 (木曜日)

GW 花も嵐もⅢ その81

瓶が森林道

1999年のGWは四国を走った。その10年前に初めて行って以来3年に2回以上のペース(10年間で8回)で四国へ行ったのだからとても気に入った場所である。

何故四国に行くのかを問われると困る。ただただ惹きつけるものがあるのだ。心を奮わせてくれるところなのだ。

たぶん他人に薦めても同意を得られるとは限らないだろう。むしろ変に同意されても迷惑だ。意味もわからずにカタログやバイク雑誌に流されてスポット情報を持った連中がウヨウヨと歩きまわってもおもしろくない。

自分の力で四国の良さを発掘して心から陶酔してくれるような人たちがたくさん集まって欲しいなと思う。別に意地悪を言うつもりもないが、食い物でいうならば、味もわからないのに旨いと思えと言われて旨いと答える人たちばっかりだったら味とは一体なんだろうと考えさせられて寂しくなると思う。四国というところを走る人は四国を愛して欲しいし大切にして欲しい。いつまでも守ってほしい。

連休はたいてい1週間以上の連続休みにしてツーリングに出かけた。日常をここで爆発させていたのではということもできようが、この時間がわたしの本当の時間であり、普段の仕事に向き合う時間とは二つの顔だったと今になって思う。別にストレスを発散するわけでもない日常のウラにまた日常があったような感じ。

写真は瓶ヶ森林道である。寒風トンネルが完成してしまってこの辺りも姿を変えつつあるのだろう。10年15年の歳月は鄙びた景色を全く変えてしまうだろうから。

あのツーリングでのことを思い出したいようで思い出したくないような複雑な気持ちだ。今はあの時代ではないし、あれは思い出だ。わたしが死ねば消えてしまうし、誰かに受け継げるものでもない。あの景色や空気はあのときのわたしだけのものだったのだ。

また行きたいねと思う。でも、今度行くときは新しいステージでの旅だ。

ツマも連れて行きたい。やりたいことも見たいものも昔とは変わってきている。わたしも歳を食ったのだから、もしも行くならば新しい旅のスタイルで行こうと思う。

2015年4月29日 (水曜日)

春の旬食べて暮れゆく四月哉

新・写真日記(27)

アサリの酒蒸し 焼き鳥 寿がきや冷やし麺 アジのフライ ジャーマンポテト しび パフェ おゆうはん(鯛・餃子・かぼちゃサラダ) アスパラ チーズ ウインナ の春巻き


■ アサリの酒蒸し

天皇誕生日だったのでどちらさまもお休みなのでスーパーに出かけてみて人が多いことから休日と気づく。わたしの休みは、社会の休みと同期してないので、予想外の人に驚きと苛立ちを抱く。しかし、店は活気づくので気に入った食材に出会うこともある。

ワゴンにオススメと書いて県内産のアサリを売っていた。このワゴンは生きた伊勢海老などを置いていやりするワゴンなので、ちょっと立ち止まってアサリを睨んでみる。

小ぶりであるがコロコロと生き生きしているように見えるから不思議だ。
旨そうに見えてくるので、酒蒸しにしてみようということで買った。

■ 焼き鳥

おいしいものを少しだけ摘んでビールでも飲もうというのがのんびり過ごした一日の夜の過ごし方だ。

久しぶりにタレも作って、びっしりと詰まった焼き鳥を食べることにする。

■ 寿がきや 冷やし麺

きしめんのように平たい麺ですがラーメンの麺です。
トッピングはご覧のとおり乏しい。
海苔はインスタント焼きそばに入っているようなものがついてきて自分でふりかけた。

麺は触れ込みでは通常の1.5倍ということだ。それちょうどいい加減だった。
タレは、胡麻と醤油が二種類カップに入ってついてきます。
ラーメン屋さんは暑い夏でもラーメンを売って繁盛させねばならないから大変だ。蕎麦屋に負けてしまって死活問題ですから、つけ麺や冷麺で勝負をかけるのでしょう。必死ですね。

でも寿がきやにはその割にその必死さ滲んでいない。
安定して繁盛する自負があるのか。

家でざる蕎麦を食うほうがいいかな。

■ 鯵

春は鯵がというか、魚がなんでも美味しいのですが、小ぶり鯵がお店に並んでいたので、地元の海の魚であるからいただきましょう。

フライにしてみた。
鯵という魚は舌を歓ばせるという意味ではとてもいい魚だと思う。
べらぼうに高くないしヘルシーである。

■ 鯛

鯛になると鯵よりも値段が高くなる。
身はしっかりしているので1週間に1回は食べるというペースでありながら、値段は気にかかる。
煮付けの技術をツマに教えてやったので時々煮付けてくれる。
でも塩焼きで食べたいと思う日のほうが多いみたい。
いかにも魚の貧しい地方で育った人らしい。

■ シビ

県内産のシビはおそらく他のどこで食べるシビより旨い。
シビの旨さをきちんと噛み締めて味わえる人は当県の人くらいだろう。

もしも都会でこういうおいしいシビを、値段に目隠しして品物にも目隠しで出して食べ分けられるのは、この地で美味しいシビを食べてきた文化を持っている人だけだ。

よその県の人は食べなくてよろしい。

■ パフェ

ムスメの家の近くへ買い物に出かけたのでちょっと立ち寄ってついでにお茶となったのですが、冷コでもええけど、それを我慢してコチラを選択した。パフェってやっぱし甘いなあ。

■ ジャーマンポテト

四月下旬のころは、ほかにもジャーマンポテトなどがありました。
ムスメさんがゆうはんの写真を送ってくれますのでそれに刺激を受けてツマも真似をしてみたようです。

■ 春巻き

アスパラが旬なので春巻きにしようと考えていた。
先日に筍の春巻きで再成功をしたので気を良くしている。

ウインナー、チーズと一緒にアスパラを巻いている。

体重5キロ増などなんのその

2015年4月28日 (火曜日)

いばら餅

株式会社 玉吉餅店(たまきちもちてん)

(記事はここ
20150429ibaramoti

とてつもなく
美味しそうですね

わたしの母はいばら餅を
「かしわまんじゅう」とか「かしわ餅」
と呼びました。

正しくはないかもしれませんが
それがわたしの家のかしわ餅ですし
わたしの地方の呼び方ですから
間違っているとかいう問題ではなく

わたしは、かしわ餅が大好きです

2015年4月24日 (金曜日)

春 着々と夏に向かい

四月中旬に雨降りが続いてそれが2回連続して週の初めの月火に襲いかかり、傘をさして出かける日が続いた。

2回続けばうんざりして今年はよう降る春やと弱音めいたことも言ってみたくなる。しかし、そのおかげでというわけではないのだろうが、グッドタイミングで田植えが一斉に始まっている。

ムスメは三月二十日ころに異動して新しい暮らしを始めた。本人たちには気の毒なことではあるもの、そんなテーマに幾つか出会いながらも着々と成長してゆくのが想像通りというか期待以上に逞しい。

二人には信じられないほどボロボロの官舎で、温水シャワートイレを思い切って取り付けることにしたのはいいのだが、工事当日に電気コンセント設備がトイレにないという全くの想定外のことも起こった。何しろ生まれる前の建造物で、その時代のお風呂のカマであり給湯器であるのだ。

慣れないのだが夕飯も作っているし雨降りには傘もさしてバス停まで歩かねばならない。帰りが遅くなると家の近所まで行けるバスがなくなるなど悩み事は尽きなかったようだ。

bike-tourist.air-nifty.com > 進化する おゆうはん

しかし、新婚というのは恐ろしいパワーを持っているということを思い出させてもらった。

4月下旬 いつもの車窓

今考えてみると、京都で4年間自立して暮らしたことや、2011年の熊野市大水害の経験など、目に見えない事件が骨身になっているのだろう。

考えて、工夫して、目標に少しずつ近づこうとする心構えと行動が大切だ。

2015年4月22日 (水曜日)

バッタリ ─ 穀雨篇

▼日曜日の夜に眠りにつきながらツマとひとことふたこと言葉を交わす。
・明日は月曜日仕事に行くの嫌やなあ…
・むかし会社にいた頃はそう思う日が何度もあったなあ…

▼あのころは仕事が嫌というのではなかったものの激しい圧迫感の中で生きている表現のしがたい緊張に纏われて日々を辛いと思い生きていた。

▼もちろんそこを生き通したおかげで今があるのだ。もしもあのときに挫折していたら自殺するか家族を棄ててどこか遠くへ逃避してたのだろう。

▼逃げるとはそいう道しかなかった。そこで、もしも一人で生きている身だったならば「人生などどうなっても良い」と思ったに違いない。

▼だが、現実はそのようには展開しなかった。要約して結論づければ、ツマとムスメと親がいたから粘れたのだと考えて良い。

▼ここで、三つ目にあげた親というのが重大な要素だ。親というのは、現代のように入学式や卒業式さらには入社式にまで参上するような親をいうのではない。親という物理的な実体ではなく、一種のカリスマ性を持った鬼のようなものだった。

▼鬼といっても棍棒を持って目を光らせるものではない。孔子のようであり親鸞や日蓮のようであり小学1年生のときの担任の先生のようでもある。そしてそれは心の中で鬼として存在したのだった。

◎◎

▼今は仕事に辛さを感じることもなければ逃げ出したいと思うこともない。理由は簡単である。いつでも逃げられるし嫌ならやめればいい。

▼そう言ってみるものの生きてゆくために選択手段を天秤にかけることはあってそれはそれでストレスである。死というはっきりした到達点が見えて幸せとは何かというものが昔よりもはっきりと実像化してきたこと。さらにそれほど強欲に生きても無意味であることに気づいてきたことなどが肩から荷を降ろさせてくれた理由だ。

▼若いときはそうもいかない。植物だって成長する真っ盛りが在るのだからニンゲンだって同様に無茶をしてでも大きく成長する必要がある。温室で育つか荒野で育つか。十分な雨水に恵まれて大きくなるか。自然の寒暖差の刺激も受けるか。

◎◎

▼ストレスが著しく減少して爺(ジジイ)として厚かましくなってきた。高価なものが欲しい便利なものがほしいなどという欲目もなくなってきた。ビンボーで好きな様に生きている。遺書はないが言いたいことはおおよそ書いた。いつ死んでもいい準備ができた。怖いものはない。

▼否。1つだけ怖いものが在る。地獄のような苦しみで生き続けることだ。逝くなら即座に逝きたい。

◎◎

▼三十代のころに仕事に燃えて国産初、超一流の声に讃えられて数々の発明に関わっていたころ、今考えれば相当に大きなプレッシャーを背負っていたのだなと思う。今だからなおさら冷静にその姿が見えてくる。

▼ではあのときのわたしは可哀想だったかというと(結果論であるが・生き抜いたから)あれはあれで必要だったのだと思う。大事なことは生き抜くこととひとときたりとも夢を棄てないこと、そしてその夢にむかって進もうと努力することだ。

▼人は前進するために様々な力を必要とし知恵も出さねばならない。夢に到達するまでの企画力であるとか日々の実行力や行動力も不可欠だ。そのように目標を達成するためにあらゆる人がその手段を分析し明確化し手順化してきている。実践的な手法があれば精神論もあるし催眠的なものも在る。心身ともに鍛えるわけだがそこになかなか完璧には出会えない。パラドックス的に言えば完璧であればこそ未完成なのだし。

新・写真日記(27)
お団子(3色) CONTESSA

▼4月20日は穀雨。雨降りの月曜日となった。確か先週の13日14日(月曜と火曜)も傘のいる天気で、2週連続で週のはじめの2日間に傘をさした。

▼雨を憎んでも仕方がないが、中旬の雨のあとには水田に水が張られ休日には一斉に田植えが始まったので何となく気分がウキウキ。3月末に挿し木をした雪柳がまだ枯れずにいる(これは挿し木の技術も知識もないのでさほど期待していない)雨を喜ぶ人だってあるわけでぼやいてばかりもいられない。

▼そうだ。雨降りでしょぼんだったけれども、帰りの駅でいつも会う名も知らないのに通勤時に決まっていっぱいお話をする友だちになっちゃったおねえさんに、久しぶりにバッタリ会ったのだ。
「忙しそうですね、もう会えないかと思っていましたよ、こんなことなら連絡先を聞いておけばよかった思っていたのです……」
「残業で忙しかったのですけど、大丈夫、またこれからこの列車に何とか乗れるから」
そういってかわされてしまったのだった。

▼ちょっとしたストレスかも知れない。

2015年4月20日 (月曜日)

もうすぐ死ぬと悟った人たちが、何を後悔しているのか

日々あふれるほどの情報のなかで偶然に目にとまるものがわたしに何かのヒントを与えてくれることがある。
この言葉もわたしをおやっと思わせてくれたものだった。

「死への準備をするということは、良い人生を送るということである」とトルストイが本当に述べたかどうだか。
今の世の中こんな記述情報があるとあっという間い広まって神秘性はあやふやのままだ。
本当に大事なものは情報にチヤホヤされていない冷たい視線だと思う。

記事は「もうすぐ死ぬと悟った人たちが、何を後悔しているのか」を取り上げようとしていた。

17項目をあげていたけれど、商業雑誌だから、わたしから見たら無駄も多い。

◆1 他人がどう思うか、気にしすぎなければよかった
これって、もうすぐ死ぬ人が悟るような内容じゃないだろう。
而立の年に知るべきことだ。

◆2 他人の期待に沿うための人生ではなく、自分が思い描く人生を歩めばよかった
これも死ぬ前では遅すぎる。充実している時期に気づくべき。

◆3 あんなに仕事ばかりしなければよかった
このへんまで読んでくると、いかにみんな死に際まで何も考えてないかってことがわかってくる。

◆4 もっと一瞬一瞬に集中して生きればよかった
一瞬一瞬に一生懸命に生きるなんてことは、死ぬ間際に後悔することではないだろう。
これまで何を生きてきたのか、疑ってしまう。

◆5 喧嘩別れしなければよかった
すこしグサリと来る出来事もあったが、死に際の後悔にはならないだろう。

◆6 もっと他人のために尽くせばよかった
このことは、死に際ではなく、還暦あたりで気づくべき。

◆7 もっと家族と一緒の時間を過ごせばよかった
論外ですね

◆8 友達との時間を大切にすればよかった
いったいみんな、どんな人生を歩んでいるのか。

◆9 もっと旅をすればよかった
段々呆れてきた。

◆10 リスクを恐れずにいろいろ挑戦すればよかった
三十代にこういうことに気づき五十歳くらいには充実してチャレンジしているべきで、やはりぼんやりと生きてきた人が言う言葉だ。

◆11 もっと自分の情熱に従って生きるべきだった
正直に生きてきたわたしにはこの後悔はわからない。

◆12 あれこれと心配し過ぎなければよかった
こういうことって後悔することなのかという疑問のほうが大きい。

◆13 もっと自分を幸せにしてあげればよかった
わたしは幸せでした。貧乏でしたが。

◆14 周りの意見よりも、自分の心の声を信じるべきだった
理解に苦しむ。

◆15 愛する人にもっとたくさん気持ちを伝えるべきだった
伝えてきましたから、わたしは。

◆16 もっと幸せを実感するべきだった
幸せとは何かという原点に帰る話になります。
普通に生きてれば、精一杯幸せを目指すと思うが。

◆17 もっと時間があれば・・・
死ぬ間際に言う言葉ではないだろう

朝

新・写真日記(27)

こんな日記 書かなければよかった……と思った。
しかしながら、このようなことを考えている現実的な側面がこの世に存在することに大きな社会の悩みがある。
その悩みはスパイラルになって増殖してゆく……

2015年4月19日 (日曜日)

筍の春巻き

新・写真日記(27)

筍炒め わかめ(鳥羽産) バナナ

筍の春巻き


筍の料理が続いているなかでも春巻きはヒットした。

今度はどんなお料理にしようかと思案しながら春巻きにすることを思いついたときにトメちゃんがまた筍を収穫したからと母から連絡が入る。さっそく貰いに出かける。

◎◎◎◎◯

ご近所のNさんからワカメもいただく。これは鳥羽産のもので、松阪肉を初めて食べた時の衝撃ほどに感動的で美味しい。リアス式海岸の海は貝類や海藻類が旨い。こんな旨いワカメを食ったら市販のお手ごろ価格のワカメは食べられない。

魚介類とともに暮らせる幸せ

2015年4月17日 (金曜日)

苺の花

新・写真日記(27)

チューリップの花 苺の花 蓮華畑

実家の母を訪ねて近所のおばさんから筍のおすそ分けをいただく。今春は4度目の筍である。

おばちゃんの息子の家の竹やぶで日に日に100本以上の筍が採れるので午前中に収穫して軽トラに積んで配って歩いているのだと言っていた。直売所に出して商売にするのも望まないので貰い手のない筍は土に還るらしい。

何本でもくれるのだが4本で十分だ。採れたてをすぐに茹でてくれているのでそれを家に持って帰って近所におすそ分けをしてくる。

味は格別に旨い。竹やぶの場所がいいのと地下水が旨いのだろう。そこにきて先日の雨続きで上出来な筍が育ったようだ。旨いものを食わねばホンモノの旨さを知ることはできないということを身をもって体験する。今だけしか食えないからなおさらだった。

◎◎◎◎◯

苺の花が咲いていた。花畑と野菜畑は境目なく家の庭の延長上にあって知らない花も咲いている。チューリップはカラフルに風に揺れていた。夏の野菜を植えるタイミングなので畑が遊んでいる。

珍しいものでもあればと思って歩き回っていたら苺の花を見つけた。きっと小さな実が成るだろう。鳥がついばんでまた土に還って再び今度の春に花を咲かせるのだろうな。苺はこどものころからこうして庭先にぽつりぽつりと成ったものをもいで食べた。今が季節なんだけどお店に行くと終わった感じがする。酸っぱい味のする苺なんてなくなった。こんなところでも受け継がれるものが消滅していっているのだ。

少し足をのばして蓮華畑を探しに行ってみた。雑草が混じって畑に元気がない。れんげ畑の真ん中に寝っ転がって空を見上げてひばりがフワフワと飛んでゆくのをじっと追いかけたことを思い出している。

帰りに水田に水が張られているのを見つけた。麦畑では穂が出ているところも見つけた。こんなことで歓ぶ人も今はもうそれほどいないのだろう。

2015年4月16日 (木曜日)

田園発港行き自転車

あの時、なぜ右の道を選んだのか。人生は、そんなことばっかりですよ。
宮本輝

田園発港行き自転車 書き出しから

私は故郷が好きだ。ふるさとは私の誇りだ。
何の取り柄もない二十歳の女の 私が自慢 できることといえば、あんなに美しいふるさとで生まれ育ったということだけなのだ。

黒部川に架かっている愛本橋の赤いアーチを見に行きたくなりますね。

2015年4月15日 (水曜日)

春着々と

新・写真日記(27)

小麦のうまみ エクストラシャープ おゆうはん(かぼちゃ・シャケ・豚汁) お昼休み カップ麺のお昼 味ご飯(たけのこご飯) 筍ごはん 鯛


雨ふりが続いて
少し湿っていたかもな

◎◎◎◯

▼ 天高く囀るひばりとワイシャツ5つ

▼ 青空やワイシャツ5つ干し終わり

2015年4月10日 (金曜日)

半券

ふとしたはずみで、財布の中から、印刷の薄れかけた切手大のチケットが滑り落ちた。

と書き出している。

それはそれは
 短歌と、日々と、普通のごはん。
のなかの

ボートの半券  2015.03.21 Sat
から

カメラには収めぬ一日があふれ出すあなたの漕いだボートの半券
  (万葉の里・恋のうた募集「あなたを想う恋のうた」で優秀賞)

◎◎

近代の短歌でもとくに放送や情報のメディアが人々に歌というものを紹介する機会が増えてから急速にこのような歌がその潜在的な力と美しさを隠すことなく届いてくるようになったと思う。それだけに短歌というものが排風柳多留のように歴史のなかに定着してゆくようなことがあるのだろうとふと考えてみる。そのなかから光り輝くものを見つけてくる。

どうしてこの作品にひきとめられるのだろう。
不思議なチカラが漂っている。しかし、不思議なんていうものはそもそもこの世にないと思っている。何でも解明できるはずだ。だが、魂の存在の証明は困難かもしれないが。

では、どうして惹かれるのか。
それは、この人が半券を棄てずに持っていたことで優しい心と哀しむ心を持ち合わせていることがうかがい知れるからだろう。好きでなければ持ち続けられないものを持ち続けながらも「はっきりした関係でな」いと書いているのに本当は好きなのだ。好きなら好きといえばいいのに世の中や人生というのは意地悪なものでやたら好きだと正直に振る舞うと大事なところをも逃してしまったりすることもある。じっと控えめで淑やかな人が重んじられたりするのを良しとする長い歴史があるのもそのせいだろう。

好きなら好きといえばいい。
ところが、言ってしまえばオシマイよ。寅さんじゃないがそういうことってよくある。だから、幾分打算的であるが秘めてしまうのだ。

恋愛上手になることもない。
だが世の中上手な人がいるのよ。まあ、わたしも直ぐに人に惚れてしまって哀しい想いを何度もしてきたけれど、哀しかったからといって死んでしまいたいわけではないし生きている元気を失ったわけではない。まあ、スイーツとご飯は別腹という人の言い分に似ているかもしれないかも。

でも恋愛上手はお得なことが多いかも知れない。
出会って間もない女の子からすぐにメールや連絡方法を聞き出しているわたしを見て、そのことをツマがケラケラと笑って困った人だと呆れて顔をしかめている。そのくせわたしたち夫婦は仲良しであり、でも、相性チェック100の項目テストをすると95%くらい不一致である。ほんと、誕生日と血液型だけがバッチリと讃えてくれるだけで、ツマはそのことだけでとても喜んでいるからそれでいいのだ。

この短歌の作者は写真のことを少し悔やんだのだろうか。
でも悔やんでも始まらないのだから、諦めが肝心と思ったのか。わたしはこの人のことをここにある文字と言葉からだけしか想像できないけどこの人は「やっぱし写真欲しいなあったらよかったな」と思ったに違いない。めっと(面と)向かって話しができるのだから「写真なんて諦めなよ半券のほうがずっと思い出深いよ」と言うところかもしれないが、人の心はないものねだり、半券をじっと見つめてそのときの情景をそこに映し出して目を閉じるしかないこの人の気持ちは辛いほど伝わるのだ。

写真があればそこでストップかもしれない。
そんな非情なことも言えないけど、わたしの時代には写真なんか簡単には撮らなかったし、撮れなかった。頼りになるのは自分の心にとどめた記憶だけだったのだ。

この恋で懲りちゃいけないよ。
とわたしは言ってしまうかもしれない。辛い思いをした人は、引っ込み思案になったり迷って道を選び損ねたりする。でも、しくじるときはみんな誰だって同じなんだってことを考えればわかるのについつい自分は不運だからとか性格が悪いからとかあそこがマイナスだからとか、まあいろいろとよく考え着くなあと思うほどにマイナスに連想を進めていってしまう。

わたしの部屋のガラクタ入れのなかに
24歳のときに一緒に京都に行こうと強くプロポーズした一人の女性の写真が何枚も残っていてその写真のことをツマはよく知っていて今でもわたしが不安定な気持ちで家にいるときにチラリとその話をする。わたしもわたしで、棄ててしまえばいいものを持っている。もう絶対に会えない人なので大事に持っていてもゴミにしかならないのだけどそこに引き出しがあるから放り込んだままになっているのだ。

24歳は就職して社会に飛び出す記念的なときで、
その行き先が京都だった。6年間住んだ東京を離れることにとても寂しい思いを持っていたのだがその辛さや重さは自分でも言葉に出来ないほどに得体のしれない波だったのだ。でも、あっという間に忘れてしまう。本当は忘れてしまっていることはなくて何度も決まった場所が夢に出てくるし決まった路地で必死になって探しものをして駆けずり回っている自分がいるから脳味噌の中には記憶しているのだろうけど、わたしは忘れたと思っている。もしもいま、街でバッタリ昔の友に会ったとしても、けっこう気付かずに行き違ってしまうかもしれない。実際にそういう事例がわたしには幾つもある。記憶というものは至って曖昧で、形を表すものは儚い。

だから
半券でストップする。

この半券で物語を終えてしまう必要があるのだ、
ドラマでも映画であっても。
わたしは卒業式を小中高大と4回やっているけどどのときも悲しくなかったし人一倍涙腺が弱いのに泣かなかったのはきっと次の扉を開けて次の世界を見ていたからなんだと思う。この歳になると次の世界の扉って「他界」に行くあの世への扉だったりすることもありそうだけど、それでも結構楽しみにしている。

新しい恋をしたいと密かに思っているのかもしれない。

落書き

落書き
新・写真日記(27)
4月 7日 (火)

落書きは駅のホームの、小さな屋根がある木のベンチの後ろの掲示板に書いてある。ポスターなら10枚ほど貼れるところだが、一枚も貼ってなくて、去年あたりは安全啓発のJRのお知らせがあったのだが、それさえも剥がしてしまって、画鋲が転々と錆びついて残っている。その壁にこの落書きはあった。

この駅から1キロほど離れた中学と2つの高等学校の生徒が乗り降りするくらいで、通学時間から少しずれて利用するわたしはせいぜいクラブ活動などの数人がベンチに座っているのを見かけるくらいだ。

落書きを書いた犯人一味は、この学校の生徒であろう。屈指の進学校である生徒たちにも切ない思いは在るのだ。

さて。

松尾くんって誰だろう。
消してあるじゃないか、意味深だ。
そうだ、書いてからしばらくして、別の人が消したのではないか。

などと推測の声が飛ぶのが聞こえてきそうだ。

落書きに意味はない。
あの瞬間の激しい時間が埋もれている。

書いた張本人のキミだけの宝物なのかもしれない。

2015年4月 9日 (木曜日)

筍ごはん

新・写真日記(27)

筍ごはん 鯛

(8日)

午前中に採れた筍を
午後にはご飯に炊き込む。

ごきげんで、
鯛を買う

2015年4月 7日 (火曜日)

筍を食す

新・写真日記(27)

たけのこ たけのこ


タケノコおいしくいただきました

2015年4月 5日 (日曜日)

たけのこ

新・写真日記(27)

たけのこ

筍を買うてきた。

最近はご近所付き合いも希薄になり、高齢者が増えたこともあって、筍をおすそ分けでいただくことが減りました。

わたし自身も近所の竹やぶにタケノコ掘りに出かける行動力もないし、やいやいとうるさい外野(近所の目)も増えたりしてますし、山を荒らしに行くのは得策ではないです。

そういうわけで、旬のものを旬のときに1回だけ食べておこうということで、ベルファームを覗きに行って一本400円で買ってきました。

近所の「ぎゅ」の地場産コーナーは良質なものが並んでいまして、帰りに行くと(朝に覗きに行ってもなかったのに)350円で並んでました。

すぐに売り切れます。

照れる膝小僧 ─ 清明篇

今日こそは履くぞと決めたスカートを鏡に映し照れる膝小僧

たびたび、それもおおかた忘れかけたころにふらりと出かけて何もしないできょろきょろと眺めてしっかりと作品も読まずに足あとも残さずに帰ってくるのだけれどそこに在る言葉のひとつひとつがとても心にひっそりと残るブログがある。

もともとはイラストが目に入ってその(失礼だが)素人っぽいタッチが若さとか大人びたとかそういう一線上にない輝きを持っていて立ち寄ったのだった。


ブログは
  それはそれは  短歌と、日々と、普通のごはん。
という。作品は「照れる膝小僧」という記事からお借りした。

わたしはこの照れる膝小僧というモノをぼんやりと思い浮かべた。何事においてもそうであるのだが、照れるという瞬間は美であると思う。その美のなかに隠された強い信念や意志であるとか、突き進んでいこうとするパワーの源があるのではないか。堂々として自信に満ち照れないのも大いに結構であるものの、照れたりはにかんだりする姿勢というのは狡そうだと悪くいう人もあろうけど可愛さがあってどうしても好きなのだ。

その膝小僧である。理屈の話はするつもりもないしそもそもできないから、感覚でモノを言うと、短歌というのは俳句と比べて14文字も長いゆえに、はっきりしていてそれぞれの質が印象を大きく変えてしまう。俳句ならば、

今日こそはと決めたスカート照れる膝小僧 (それでも長く、これは俳句ではなく)

この歌からどうしても消したくない言葉を拾い出して並べただけである。しかしながら、17音しか無いのだからコレをどうにか弄り回すしかないだろう。そのうちに段々と物語の情景が薄れていってしまって17音が完成するころには人それぞれが勝手気ままな想像をしているかもしれない。でも、この想像が好きでわたしは31文字の世界には行けないでいるのだが。

けさ、つぶやきブログに
 花筏あんたのことが好きかもしれへん
と書いてみてこのあとに

 あなたもわたしを好きになってよ
とか
 恋しい二人はここでお別れ
とか
まあ好きな様に物語を作ってぼんやりと戻ってこない昔を思い出していたのだ。

思い出していると憎しみと愛しさが半分ずつくらいだったひとりのオンナを思い出した。あのオンナとは琵琶湖疏水のほとりのしだれ柳のそばで出会ったのだった。

きっと歌人という皆さまはわたし以上に辛い恋をしてきているのだろう。辛ければ辛いほど、ひとときに照れて美しくなれるのだ。そこには哀しいと言ってはならぬ歴史がある。

たけのこ

2015年4月 4日 (土曜日)

桜 ちりそめのころ

新・写真日記(27)

京都で買ってくるしば漬け ほうれん草 (定番)

セミノール スンドゥブとチャプチェ、かぼちゃのサラダ


桜 ちりそめのころにお店をぶらりとしていたら高くておいしそうな肉がお手ごろ価格であったので買ってきてチャプチェにした。

ほうれん草のおひたしはしば漬けとよく合う

2015年4月 2日 (木曜日)

京都日記(桜篇)

京都日記

(1日)

高瀬川 円山公園 鴨川

(31日)

高瀬川 二条城 二条城 二条城 二条城 二条城 二条城 二条城 二条城 二条城 二条城


ぼちぼちと京都日記を書こうと思います。

iPhoneで撮った写真がありました。

(1日)

焼き鳥 鴨川(iPhoneで)

(31日)

嵐山・中の島公園 嵐山・中の島公園 二条城の外堀から 二条城の外堀から シャーキーズのデザートピザ シャーキーズのデザートピザ

M's Zoom

  • 悠人
    M's Days フォト

写真日記(平成28年版)

  • 越乃寒梅
    平成28年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

京都日記(平成27年11月)

  • 渡月橋
    京都日記
    平成27年11月篇

京都日記(平成27年7月篇)

  • 鱧のお弁当
    京都日記
    平成27年7月篇

京都日記(平成27年春篇)

  • 焼き鳥
    京都日記
    平成27年版の
    春の日記です

写真日記(平成27年版)

  • 伊達巻
    平成27年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

日々是好日写真記

  • ハーモニカ
    860枚 平成18年から平成26年まで(写真日記)

Walk Don't Run

  • ユース宿泊スタンプ帳
    忘却をおそれず
    記憶を記録として
    遺そうと思う
フォト

BIKEs

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