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2015年2月28日 (土曜日)

シャケ(マヨネーズ+味噌)焼き

新・写真日記(27)

(2月25日 水曜日)

シャケ(マヨ+味噌)焼き

シャケ(マヨネーズ+味噌)焼き
ってふうには全然見えませんが、
味噌とマヨネーズを混ぜ合わせて
シャケに塗って焼いてみました。

すっかりハマっています。
味噌などに工夫をして
いろんなお魚でチャレンジすれば
バリエーションが広がると思います。

クックパッドとかネット情報を参考にしますが
何事にも言えますが、ああいうものは当てにならないとつくづく感じる。

今の時代の特徴でもあるのでしょう。
ウサギとカメ、裸の王様のようにならないように
心がけることを戒めてくれます。

2015年2月25日 (水曜日)

春はじりじり

平成27年写真日記

麻婆豆腐 串かつソース チョコ・開封

眼科に行く 金子兜太 他界 雨水

ベネチア


春はじりじり

(19日)10日間も留守にしていたムスメさんが帰ってきてざわざわと荷物整理で忙しそう。余り役に立たんが少しは手伝っているかな。

雨水。金子兜太を読み始めました。さっぱりした作品です。

引っ越しの荷物運びなどの予定で休暇にしていたのですが、割と暇だったので眼科にい行く。眼が爛れていると先生は説明してくれたけど、花粉情報も気に掛けてねとも付け加えてくれた。おいおい

夫婦二人になってしまったので暇というわけでもないだろうが。チョコをあけてつまむ。

お料理はお手軽に済ませるようになってくる。ふつうのコロッケに串かつソースをつけて食べている。

お豆腐も湯豆腐にはせずに、マーボー豆腐にしている。春ですから

2015年2月21日 (土曜日)

日差し長く雨水がすぎて二三日 【裏窓から・号外】

2月のなかごろに送ったメールマガジンに八田木枯の句を幾つか載せた。俳句のことをどこまでわかっているのか怪しいわたしがそんな大それたことをというような気持ちもあるが、読んでいる人の心をわたしからのパワー以上に揺さぶれるならそれでいいとも思っている。

❍❍❍❍❍❍❍❍❍

 この巻頭を書いているのは1月の暮れのことで、しとしとと降る雨がいつ雪に変わってもおかしくないようなお天気が続いています。

季節を先取る友人がロウバイの鮮やかな黄色い写真を送ってくれたり蕗のとうを見つけたと便りをくれて、まことに如月という時期は、ひたすら春を待つ人々のワクワクする息づかいを肌身に感じながら、季節が目まぐるしく変化する一瞬でもあります。

 このメールマガジンは1シーズンに3回発行します。目をこらして自然をみつめて、ある一瞬だけの素敵な話題をみなさまに届けたいとも思いますが、やはり、それが花が咲くとか実が成るというような話題となれば、あっという間にチャンスは過ぎ去っていますので、素早い変化を捉えるのは難しいです。

 やはり、メールマガジンには俊敏性よりも、しっかりした情報をじっくりと届ける役目も担って、おしゃれなファッションを毎週末に手頃な価格で販売するショップの広告のように、生活の一部としてメルマガを待っていただけるようになればいいな、と思ったりしています。

 そういえばメルマガの巻頭で取り上げる一句を待っていてくださる方に声をかけられたことがありました。今月は八田木枯の句をお届けします。

 落つばき眞新しきを踏みにけり   八田木枯

とんとんとやって来る春を歓ぶ一方で、冬をじっと受け止めている一句がありました。

 いつ来ても枯野にのこる汽笛の尾  八田木枯

 津市出身の俳人・八田木枯(はった こがらし)の句です。作者は昭和初期に津市に生まれ平成24年まで活躍した人で、この句は昭和63年ころの作品です。

 汽笛は紛れもなく汽車のもので、枯野は鈴鹿の山々を突き抜けてきた凩が吹きすさぶ伊勢平野のどこかでしょう。昭和から平成に変わりゆくころにはすでに蒸気機関車(汽車)は走っておらず、瞼に浮かべているのは昭和初期に枯野を走りゆく列車の姿であったのではないでしょか。

 粉雪を運んでくる冷たい凩も、やがて緑の麦畑の上を吹く優しい風となり、春には花を咲かせてくれます。

 八田木枯が、この短い句のなかで「いつ来ても」という言葉が持つ長い時間をさりげなく使っています。短い言葉であっても、この平野の凩の冷たさを感じながら暮らす人々の心が今の私たちにも伝わってきて共感を呼びます。

 もうすぐ春ですね。

 春を待つこころに鳥がゐてうごく  八田木枯

❍❍❍❍❍❍❍❍❍

わたしたちは、春を待っている。

▼日差し長く雨水がすぎて二三日 

午後のひとときに物干しに差し込む日差しが白く明るく輝いているのをつけて、そのときの時刻を確かめながら春を感じた。

バルセロナから

バルセロナから 2015年2月10日 (火)にLINEで届いた写真を見ながら、まだ寒い冬ではあるが、この時期に旅をしているのもひとつの幸運なのだと思う。

この先の未来、どのように社会が変化し技術が進歩を遂げるかは全く想像域を超えている。30年前に私たち夫婦が二人で旅をしたパリもすでに歴史の中だ。あのころよりも格段に向上したジェット機で地球を横切れば半分くらいの時間で日本から現地まで一気に飛べる。それが当たり前で大昔からだったようなくらい常識化されている。

9日から19日まで(日本時間)の旅を終えて新しい生活が始まっている。幾つかのハプニングがあった話も断片的に聞いた。お話を面白おかしく聞けるレベルでよかったよかった。

三月は異動。四月は選挙で大忙し。春がざわめくのがこんなに嬉しいのは久しぶりのことだ。

2015年2月20日 (金曜日)

温い日寒い日 ─ 雨水篇


新・写真日記(27)
金子兜太 他界 雨水


これから書きます。雨水はきのうなのに(毎度のことか)

この【裏窓から】を書くのが結構楽しみであったりします。半月に1回という時間に静かに物事を考えるのが心地良いのです。

図書館に予約を入れておいた本が届きました。金子兜太さんの「他界」です。少し前に金子兜太さんの語る 兜太 ─ わが俳句人生 金子兜太を読んで以来、カリスマ的に手が伸びていってしまう。

二月になって節分・立春とトントン拍子に時間が過ぎ、ムスメの結婚式をするころから随分と春めいてきた。バレンタインの朝は北勢地区でも薄っすらと雪が積もったものの、暖かくなりつつ在るのを感じる。

きのうの通勤列車で前の部長と隣り合わせになり、月なみに温かいですねと声を掛け合う。言いながら風は冷たいからちょっと軽はずみな挨拶であったかと反省したが、部長はすかさず「日差しが暖かいなあ春めいてきたわ」と相槌を打ってくださる。

なるほど、上手に言うもんだなと感心して、じわっとその意味も実感として迫ってくる。日の出は早くなったし、日暮れも緩やかに遅くなってゆく。手袋をしないで歩いている人も結構見かけるようになってきているし、春は一気に加速するのだろう。

金子さんの本を雨水の日から読み始めたことが、別に取り立てて珍しい訳でもないしニュースになるものでもないのだが、そのことを書き留めておこうと思うのだ。本の中身にワクワクしているからかもしれない。春とはこんなものなのだろうな。

○○○○
○○○○○

登るたび軋む階段冬終る 砂女
(砂女さんブログ1275から)

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忘れていたものを思い出すかのようにときどき脳裏にリフレインされて来る言葉のひとつに「全力」というのがありまして。

その全力を出し切ってどこかを走り抜けたあとなどにくる満足感のようなものをこのごろは感じることがなくなったなと自分を見つめて思うことがあります。

実はムスメを嫁入りさせて再び家族は二人になってしまったのですが、その旦那さんが桐生で4年間も学生をしていたという話を聞いて、なんの意味もないのですけど、このブログを思い出すのですよ。ささやかなるご縁とでも言うのかね。

登るたび軋む階段冬終る。これを拝読しながら、先日ふとしたことで図書館で借りた八田木枯という津市出身のかたの句を連想的に思い浮かべたのでした。

近頃は、全力でがむしゃらに生きようとしなくなったわたしでしょうけど、軋むものを上手に受け入れて、終わると見せかけて新しく始まるモノを楽しみにして生きていくコツのようなものが身につきつつ在るのかなとか。

まだまだ登る道ばかりですなあ。(終わりなく)

またまたゴミ出しに来てスミマセンでした。

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雨降茫々日々記 1275にまたしても訳の分からないコメントを書いてきてしまってゴメンナサイ。(書き留めておこう)

2015年2月19日 (木曜日)

ブロッコリーのマヨネーズ焼き

新・写真日記(27)

ブロッコリーのマヨネーズ焼き


マヨネーズ焼きにちょっとハマっている。しかし、凝ったことはしていない。マヨネーズを掛けてオーブンで焼くだけです。

ゆで玉子とかを一緒に乗せるというレシピ記事も見かけるものの手の込み入ったことは熟達してからにしておく。

職場食堂の昼メニューにもこのマヨネーズ焼きがたびたび出る。白身魚であったり平目であったりする。シシャモ、鮭などもある。

お手軽にできるし、ゆで玉子やハム、チーズ、トマトなどもあって乗せるものには事欠かない。

2015年2月18日 (水曜日)

(つぶやき)スパム・コメントが来るので

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ときどき開けるかもしれませんが、おおかた閉めておきます。

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トラックバックをくれても結構ですし、お伝えできます。

2015年2月17日 (火曜日)

ムスメだより

新・写真日記(27)

ベネチア ブロッコリーのマヨネーズ焼き


ロンドンに行って再びフランスに戻ってから
暫くのんびりしていたのか
何の写真も送ってこなかったが
ベネチアに移動して一枚の写真が届いた。
お天気は上々らしい。

2015年2月15日 (日曜日)

バレンタインは結婚式でした

新・写真日記(27)
真鯛と手長海老と帆立貝 きのこの香るソース 国産牛ロースのグリエ 赤ワインソース フォアグラのソテー 西京みその香りアンサンブル


14日は、朝から結婚式でした。
北勢地区はすごい雪。寒かった

2015年2月12日 (木曜日)

あっという間の5日間

新・写真日記(27)

信州味噌ラーメン 伊勢味噌ラーメン チョコ(ウイスキー入り)

車窓から 面白い恋人 いちご大福


あっという間の8日から11日まで

さて、思い出してみよか……

(まあ、写真に書き添えたとおりです)

2015年2月 7日 (土曜日)

結婚式

新・写真日記(27)

結婚式(お食事) 結婚式(お食事)


7日の午後は結婚式で、お昼前に家を出て「魚魚丸」で軽くお昼を食べてから式場へと向かう。

この寿司屋さんは回転寿司形式であるのだが、きちんと握っているし丁寧に魚を捌いている。寿司飯も旨い。回転寿司の良さを踏まえたきちんとした寿司屋だった。100円程度の回転寿司が流行ることを非難するつもりはないが、寿司を食う人の味覚が枯れていくのを心配するだけに、このような寿司屋にも頑張って欲しい。

式の準備時間では男の人は暇である。時間が過ぎるのを座禅のような気持ちで送るひとときを遊びながら、一時間ほど前に式のリハーサルというものをするので呼ばれて、行けばそこには二人とわたしだけ。本番さながらのリハーサルに少しウルッとくる。そのせいで本番には平気な顔をしていて、大勢の期待がかかった「父の号泣」シーンはあっけなくスカとなって、わたしとしても些か残念な気持ちもある。本当は人一倍すぐ泣く人であるだけに知っておいてもらうべきであったのだが。

披露宴は楽しかった。

食事も美味しかったしお酒も鱈腹いただいた。新婦の父はおとなしくしてなさいと注意を受けていたのだが、喋って走って撮る父をしていた。

燕尾服に羽根も付いていたのかもしれない。

始まりからお料理の写真を丹念に撮っていたのだが、グビグビといただき始めると走り回ってばかりだったので、写真はそれほど残っていない。

2015年2月 6日 (金曜日)

心に鬼を棲まわせる ─ 節分はチョコを食べて・立春篇

新・写真日記(27)

今年のバレンタイン 家族で食べるチョコ   今年のバレンタインのチョコ(家族用)


▼鬼は外 得体の知れないキミを呼ぶ

節分の夜に帰りの駅で鯛焼き(おめで鯛焼き本舗)を買って帰った。
ムスメさんはいつもと同じように残業で、二人で先にお夕飯を食べた。
豆も買ってあったのでストーブで煎って食べた。
子どものころは式台のところで真剣勝負の豆まきをしたものだ。

鬼なんてものは得体のしれないものじゃないのだ、と常々思っている。
おとやんと暮らした子どものころは、世界で一番優しかったであろう父(おとやん)のことを鬼の化身などと考えたこともなかった。

逝って、姿を消してしまってからは、「心に鬼を棲まわせる」と言葉にしてはおとやんを思い出す。

▼神様は春の支度で留守がちで

結婚式のあれやこれやで忙しい。
わたしは何もしないで晩酌をしながらメソメソするツマを慰めているだけである。

▼立春に残った豆を二人で食う

今月から二人で暮らす生活に戻る。
ただそれだけで変わりなし。
そう考えているのだが、どうなるのだろうか。

▼雪まじりの予報を聞きながら寝る

4日(立春)の夜には、雪予報のニュースがひっきりなしに流れた。
5日の朝は春間近を思わせるような雨降りで、それも午前中にあがってしまったみたいだ。
温かい寒の明けです。

▼水たまり雨空映して寒の明け
朝の快速に乗るときにこんなメモを残している。

2015年2月 5日 (木曜日)

筑前煮

新・写真日記(27)

筑前煮(定番)


式が近いので準備もあってムスメが家にいる時間がやや長くなり三人で食事をする日が続いている。ツマは氷を作り忘れて、ウイスキーはストーブのお湯で割って飲む。

2015年2月 3日 (火曜日)

節分や年に一度の鬼の影  ─ 節分号

お豆はストーブの上で煎って食べるとおいしい。
食べながら子どものころを思い出していました。

部屋には炭を起こした火鉢があり、あられを煎ったり餅を焼いたりしました。

ストーブを炎の出る赤外線タイプにしたので、お湯を沸かしたりお餅を焼いたりします。

もちろん焼いた豆は香ばしくておいしかった。

子どものころは、何でも焼いたものです。
干し芋、スルメ、お餅、あられ、かき餅、落花生など。


福豆

新・写真日記(27)

2015年2月 2日 (月曜日)

寒い夜はぶり大根

平成27年写真日記

  ぶり大根 のどごし 上海焼きそば


如月ははじまった。
静かに。

歳を食うと煮物が好きになってくるのだ。

2015年2月 1日 (日曜日)

二月初めに考える − 三十年前の私と三十年後の私

▼「三十年前の私と三十年後の私」と手帳に書いてときどきチラチラと見ては考え続けている。
▼結婚をしたてのころは自信に満ちて生きていた。しかしその実態は未熟に満ちていた。未熟であっても自信と目標が見えていればなかなか堂々と生きてゆけるものなのだ。どうやらそうらしいことを実証している。
▼目標は決して正しかったとはいえないし視点も視線も視座も褒められたものではなかったのだが、世に言う「若さ」のパワーであったのだろう。皆様のお力を最大限に借りながら生きてきた。そのときには借りていることなど微塵も知らずに身勝手な人生道を歩んできたのだから甚だ恥ずかしくて思い出すだけで赤面である。
▼パーに生きることの悪い面をパーな会社で尽く学び人間として生き抜く哲学に自信を持てるようになった。しかし、多くの未熟さを残したままで(人より何事においても数年遅れているから)新しいステージに挑むことになった失策に反省点もある。ただしそれを自らの戦略不足と認めなくてはならない。失策を否定してもいけない。一連の判断には後悔をせず、自分の脂質や器を認めることも大切だろう。

▼さて、ムスメが結婚をして出てゆくので再び二人になる。そこで、タイトルに書いたように三十年という大きな時間で人生道を考えてみたいと思った次第である。ツマはメソメソとしてばかりいるのだが、それは仕方がない。しかしながら、28年前に子どもが生まれたときにこの日が来ることを明るい夢として願ったのだし、その結末を心に決めたのであるから、筋書き通りではないのかと自問をする。母という立場であるゆえに、自問の答を掴み取ることに迷いがあるのであろうか。

▼わたしたちは三十年後を見つめなくてはならない。そう考えている。たとえ生きていられる保証がなくとも、下書きは完成させておかねばならないと思う。
▼目標に向かって物事を収束させようとするときに大切なことは幾つもある。どの要素が欠落しても制御は狂うことが多い。目標に向かう道のり、手法、戦略、戦術はもとより、過程での計画管理、進捗状況把握、軌道修正法、想定外の対処方法。それに加えて、自分の強い意志と確固たる目標ポイントの設定など、挙げればキリがない。
▼先日中学以来の友人と話をしているときに私が随分と年寄り臭くなったのではないかと指摘された。ざっぱにいえば反体制の声高らかだった若き頃と違い現状に歯向かわないような優しい考えを口にすることが多くなったらしい。決してそんなに考えが急変しないと思うものの、モノの道理をみて先読みをしてしまう傾向は増してきたかもしれない。たとえ損をしても正論を通すというような心から、出来る限り正論を通したいが正論は何故生まれたのかを考えてはどうだ、みたいな少し引いた人間になってきたのだろう。
▼三十年後に生きていたいとは思っていない。夢を描くこともない。そのころの社会が今と違って間違った方向に行ってしまっていたとしても、それは長い歴史の延長であり今の人々がコントロールして道を作るものであるから私がとやかく言うものでもない。わたしの子どもや家族が不幸せであったとしても、それは自分たちで作った社会なのだから仕方がない。
▼どうすれば社会が良くなるのかを考え、みんなの役に立つような人間になってもらうように、自分の受けた御恩は必ず社会に返すように、そういうことを伝えるだけでわたしの言いたいことは特にない。あるとすれば、わたしの足跡を(ここの筆跡を)時間があったら見て欲しいということくらいだ。(わたしが)周囲の如何なるものに刺激を受けてどのように変化してきたのか。何事においても、物事の変化を捉えることが非常に大事なのだから。
▼およそ三十年前にわたしは結婚をしてムスメができた。そのムスメがこの春に結婚をしてわたしは再び昔に戻る。ムスメは三十年後わたしと同じような子どもを持ち何かを考えるだろう。わたしにはそのことは想像できないし、ましてや口出しもできない。今のところ生きていて見届けたいというような願望もない。

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