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2015年1月21日 (水曜日)

ひの菜 ─ 大寒篇

平成27年写真日記から

ひの菜 ハッサク お菓子をもろた


▼歳を食うきのうは大寒ひの菜食う 

ひの菜は旨い。

毎年のことだが、この寒い季節には父の葬式に容赦なく吹きつけた凩への憎しみを思い出す。

もちろん、憎しみと言っても激しい憎悪の念ではない。葬式を行う最中もしぐれ雪が舞い冷たい風が山から吹きつけた。消えることなく燃え続ける焚き火を囲んでわたしは次から次へと事の次第を済ませてゆかねばならないで、忙しいも憎いも、それこそ哀しいも辛いも、何もなかったわけである。

何も憎むものなどなかったことにしてもあの冷たい風だけには参った。結局のところ風邪をこじらせて1週間寝込む結果になった。

まさか、逝ってしまうのが突然やってくるとは想像もしていなかっただけに、哀しみは随分とあとからやってきた。出来のよい息子ならオヤジの逝くときくらい察しがついて仕事のことなど放り投げて来るところなのだろう。わたしはアホな息子であった。おとうも察しがついていたことだろう。

わたしの場合は真面目といえば真面目であるが、あとから考えて馬鹿がつくような真面目さだったなと大きな後悔をした。詰まるところ、会社という実態のない亡霊のようなモノに見事に魔術をかけられ、飼い犬のように使われ都合のいいように行動や思考を抑制されていたのだと、冷静になって考えれば気づく。

仕事をいい加減にしろというわけではない。家族の一大事に何を根拠に仕事などに誠意のようなものを見せていたのか。自分に腹が立って仕方がなかった。会社という巨像はのちに美しい理由を大義名分に掲げて10万人の社員のうちの3万人近くを人員整理をするのだ。パーな会社であったのだが、その喘ぎに今なら笑い飛ばしてやるだけだが、あのときはそれさえもできずにいた自分も悔しい。

パーな奴らの話をすれば紙面が腐る。やめよう。

父は死んでしまう数年前にハッサクと夏みかんを畑に隣どおしに並べて植えた。その木が屋根を越すほどに大きくなって、実がなると軽トラックで貰いに来てくれる人があるほどまでになった。

今年のハッサクは旨い。食ってみてすぐに分かる。旨いと嬉しい。

ハハがひの菜を漬けて「持っていくか」というので何の遠慮もなくもらう。もう今年にもらうひの菜が最後かもしれないと思いながらもらってくる。

いなり寿司、味ご飯、味噌汁、お雑煮、ひの菜、その他にも漬け物の数々。それらの味を受け継げなかったものが多すぎる。

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