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2014年12月24日 (水曜日)

人の輪 花も嵐もⅢ その80

ユースホステル(YH)を利用する旅をしてきた。値段が安かったというのが大きな理由だ。寝泊まりが出来れば相部屋でも構わなかった。

ユースホステルには談話室というところがあって、お互いの情報を共有できたり、ひとりでくつろいだりできるように工夫されている。

初めて利用したのは、井上君と旅をしたときで、信州のまほろばYHと諏訪湖YHだったと思う。二人連れの旅で、他のグループとも共有になるものの、自分たちも同じ部屋に泊まれるので重宝した。

19890

バイク旅のわたしは1人旅だったので、宿に着くと談話室のスペースでゆったりとするのがいつものパターンだった。

談話室にぽつりんといて地図を見たり日記を書いたりしていると、同じような旅のスタイルの人が集まってきてあっという間に人の輪ができた。知らない人が敷居を取り去って自分の旅の今や昔を語り合った。旅の計画やノウハウ、オススメなどの情報交換もできた。

わたしはおしゃべり好きなせいか、いつもたくさんの人が集まってきて、旅の話を楽しめた。友だちもたくさんできた。それからずっと長いお付き合いをしている人もある。

バイクの旅人は、YHで情報を得て次の旅先へと出て行ったものだ。あてのない旅を愉しむひとつの手段だった。

いつまでもあてのない旅を続けることができるわけではない。限られた時間をフル活用して旅をした。戻ってゆかねばならない現実の厳しい世界があっても、その世界があるからこそそのときの空想のような旅があったのだ。

あのころはそんな風には考えたことはなかったが、人生だってそうだ。幸せだけを追い続けて手中にしても、ほんとうの幸せはそこにはなかったことに気づく。幸せとは何だという禅問答のような問いかけのようでもあるが、このごろ少し見えてきたような気がする。

19892

人の輪に守られて、育てられて数々の場所を旅してきた。旅に終わりなどあるわけがないと思ったのもあのころのことである。

でも人はまた次の新しいカタチの旅を求めて、旅立たねばなならない。わたしはそれを次のステージのようなイメージとして持った。自分だけのオリジナルで作り上げるステージにしようとしているが、なかなか叶わない。そんなものだ。でも、旅のスタイルを変えたことに後悔はしていない。

(写真は1989年の北海道の日記から)

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