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2014年12月17日 (水曜日)

脱輪騒動で考える ── 無言の偉大さ

12月14日の夜に小さな事件がありました。きっと何年もしたら忘れてしまうことと思います。それでもかまわないような事件でした。

ムスメさんが仕事から帰ってすぐに近所に住むニッチャンとお喋りをするために出かけたのですが、その帰りに彼女を送り届けたあと、田んぼ道で脱輪をしました。電話をかけてきて、母が出ました。「えーーーーーー」って驚いてすぐさま歩いても10分ほどのところですが車で出かけました。

寒い夜です。田んぼの道は真っ暗です。踏み出した足の先がどんなになっているかわからないほどの暗さで、たぶん都会にはこんな暗いところはないでしょう。

真っ暗な田んぼのなかにクルマは右前輪を溝に落として傾いていました。

JAFのお世話になるのですが、

(詳細省略)

おでん

そういえばわたしも若いときにクルマをぶつけて、クルマのフロント部分が大破して、10万円以上(推測)の大修理となったことがあります。免許をとっていい気になって、駅からの帰り道に、ラリー気分でダートを走って水たまりに突っ込んだら、ハンドルを取られて大きく滑って道路脇の障害物に衝突したわけです。

シートベルトの義務もない頃ですが一丁前に締めていたのでしょう。怪我がなくて何よりでした。

父は、その事故のことで何も小言を言いませんでした。修理費にいくら掛かったかとか、(暫くは謹慎しろとか)危ないから気をつけて乗れとか、なんでそんな事故になったのかと追求もせず悔やみもせず惜しみもしなかった。

その道は、わたしが高校2年のときにも、オートバイでクルマと接触をして右足の向こう脛部分を40数針縫うという事故を起こしたところだったのに、数年後のこのお馬鹿な破損事故でも苦言は一言もなかった。

JAFが来るまでの暫くの間にわたしは、ムスメに、嫌味ったらしく説教とも言えないような小言ともいえないような話をしました。

話をしながら、父の無言を思い出し、その偉大さを感じていたのでした。

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