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2014年11月18日 (火曜日)

手帳

二三年ぶりに手帳を買った。これを買う決心をした日の夜にひとつの歌と出会っている。

 あんなにも憎みしひとの去りしのち古き手帳に残る筆圧 砂女
 (題詠2014:67 手帳)

この人の前にあるのは「手帳」なのだ。理由は不明だがその手帳を開けている。そこにある「憎しみ」という言葉から発せられる振動が私に届いた。強烈に私に響く。

文芸の才がない私には、ひとが去ったのか憎しみが去ったのか、わからない。そして筆圧は誰のものなのか、最初一回読んだときには、憎しみが去って、砂女さんがあるとき(時代)の手帳を見ている光景を想像したが、そんな単純なものでなくともいいのではないか。(勝手で失礼だが)

人がこの世を去って、憎しみが消えて、ある時代を遺した1冊の手帳があり……
考えるのはイケナイコトかも…と思い始めたのでやめることにする。

---

手帳を買うかどうするか私は迷っていた。その背中をこの歌は押したのだった。「憎しみ」という言葉が私の古傷を穿るようで、そこで感情は歌から私自身の記憶にスイッチされてしまって、憎しみの回想からくる思いを私は言葉に残そうとして、吐き捨てるように何度も書き直している。(その文章は罫線で区切って付けておく)

五十を過ぎて筆圧が弱くなった。大抵のことが許せるようになったから今さら強く書かねばならないような激しい思いを抱かなくなったのだろうか。しっかり字を書こうと迫るものがないともいえよう。しかしその反面、書道や写経をするときのような気持ちで字を書くことが増えた。心掛けてというと格好が良すぎるが、努めてせっかちさを排除しょうとしている。

字を書くことは座禅のようであり勤行のようでもある。一画一画、部首を考察したり、考え出された時代や考え出した人のことを想像すると禅の哲学の境地に踏み込めるような気持ちである。

憎くて恨めしい人間が三人いる。八つ裂きにして粉々にしても気が済まないような人だ。そう書けば血が騒ぐが、座禅を組めば忘れる。

手帳には、つぶやきを書こうと思う。たくさんの色ペンを使って予定も日記も書こう、小さな付箋をいっぱい貼って賑やかな手帳にしよう、そんなことを考えている。

許したふりをしながら、その手帳の隙間には断片的に私の憎しみが滲み続けるのだろう。死んでも正義を問い続けたい。


❏❏ (憎しみ)
私は罪深いニンゲンだ。愛する人を一時であろうと裏切り、あるときには信用した人に裏切られたのだ。1つの償いは済ませたし本来なら生きられずに罪も償うことも許されなかったかもしれないけど、こうして生きている。だから、憎しみを抱くことなどは許されないとしても、それでも私は私を裏切って陥れようとしたそれぞれのニンゲンを憎んでいることを心の奥にしまい続け封印したりしない。

何をいまさらと思うほどに憎しみが湧き上がって破裂しそうになる。その一方で、何を今さら怒ったり憎んだりしたところで何も変わらない、とも思う。モノゴトの流れが変わるわけでもないし、巻き戻してどこかを組み直すことも出来ない。そんなことができたところで誰にも幸せはこないだろうという冷めた気持ちがある。

世の中の大勢が言う「憎しみ」と言うものは、まだまだ甘っちょろいものだと思う。(私が持っているような)ほんとうの憎しみとはコレだ!と手にとって見せることができるならば見せて教えてやりたい。世界が滅びてもいいほどの憎しみを持っている私は罪深い人間だ。

憎い奴の胸を引き裂いて切り刻んですり潰して焼き焦がして火山の噴火口にでも捨ててやっても気がすまない。出来る限り残虐で出来る限り苦しい罰を与えてやりたい。


参照作品;砂女さんのブログ
雨降茫々日々記から  2014.11.15

1249  あんなにも憎みしひとの去りしのち古き手帳に残る筆圧
(題詠2014:67 手帳)

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