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2014年10月29日 (水曜日)

葉室麟 蜩ノ記

葉室麟 蜩ノ記

物語の書き始めばかりを集めて作品集を編集する人があるくらいなのだから、そこには惹きつけるものが無くてはならない。この作品も書き出し集に仲間入りできるかもしれないな、などとふと思う。

ふだんから滅多に接しない時代小説というジャンルを読むことに決めたのも、ほかならぬ冒頭の二三行に依るものであった。しっかりと考えこまれて、厚みと深みのある懐から物語を紡ぎ出すように、この小説は綴られていく。主人公が冷静なのと同じように、作者のペンも非常に落ち着いて物語は始まってゆく。

映像作品(映画)もできあがっていて、すでに公開しており身近な人達も観たという話や聞きたくなくても評判が耳に飛び込んでくる。読み始めて間もなくそんなことを知り一生懸命封印をしようとしながらも、心のどこかで、果たしてこの書き出しの美をどうやって映像にしようというのか。偉大なる挑戦となるのか愚かな試みになるのか、単なる売上を狙った金儲けで、文芸とはかけ離れたものになるのか。些かなる不安も襲い掛かる。わたしが心配することではなくても気にかかる。だが、作品は冷淡に切腹する主人公のその日に向かって出来事を展開させてゆく。

--

時代小説と帯に書かれていたのを見ながら、知っていながら、そういう言葉の区分けに縛られたくない気持ちで読み始めている。しかし、さらに、帯には映画の俳優の写真もあって、関心を持たないふりをしても、イメージは大きく左右されているのがわかる。幸いなことに、若い俳優さん二人は知らない人なので、災難は半分で済む。

そう言いながらも、映画化がマイナスばかりでもないかとも思う。小説はところどころ詰まらない部分に突入していくし、いわば凪のような部分を読み進まねばならないこともある。映画ならばそれはそれなりに意味があって映像芸術として心に忍びこむこともできるが、活字の文芸はそうもいかないところに弱みがある。

作品は、美しく惹きつけるような珠玉の情景ばかりで書き上げられているわけではなく、ごく平凡なところも持ち合わせている。この作品に物足りなさを感じる人がいたとしたら、そのように静かに語るところや必要以上に決闘などを挟まず、眼に見えない動きを1枚ずつ繰ってゆく頁に委ねていることだろう。そこにこの作品の明暗があるようにも思う。

相当に上質の作品であることは理解できるのだが、例えば、山本兼一や車谷長吉の同じ直木賞と比べて、新鮮味や新しい躍動感のようなものに物足りなさを感じてしまう。私のような読者が今回期待したのはベテランの時代小説家の作品ではなく、やはり直木賞としての作品だったのだと、おおよそ読み終わりながら感じている。

人が武士として死を覚悟して、その時代のなかで逆らうことなく、責務を全うして生きて果ててゆく姿を、活字で文芸にしている。その難しさは、この作品ほどに精巧に書かれた作品であっても、もっと(もう少し)クライマックスに慄えて欲しいと期待を持ってしまうのだ。人の心の微妙な明暗や浮沈、喜怒哀楽、理不尽は、そう簡単には綴れない。もしもほかの有能な作家が書いたとしても読者を納得させてはくれないだろう。この作家よりも上手な人は現れないかもしれないのに、読み終わったときに妙な落ち着きを抱いていたのは何故だろうか。

わたしたちはおそらく、日本人として古来から伝えられてきた人として哲学のようなものを心のどこかに持っていて、そのモノサシが私個人の頭のなかでゴソゴソと活動するから、この文学作品の一部分を許さないのではないか。それは読者の多くにも当てはまって、許さないけど「☆=5個」なんだが、首を傾げて「4個」くらいに迷っている。静かすぎてなおかつドラスティックでないところに不満を持っているのかもしれない。

だから(でも)いい作品なんだろうけどな、と大きく息を吸ってもう一度考える。最後は切腹をしてしまうことも譲らないのは歴史を変えられないのと同じ辛さなのだが、やはり、物語をリアルに書けば書くほど、実はドラマからかけ離れて、詰まらなくなるのかもしれない。

そうか、だから、映像で作品を編み直してみようなどと思いつくのかもしれないし、そういう望みが生まれてくるのかもしれない。

と考えると、時代小説とは儚いもので脆いものだなと悲しくなる。

文芸とは罪深いものだ。文学はそれを乗り越えなくてはならないのだろう。

葉室麟 蜩ノ記

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