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2014年9月 6日 (土曜日)

語り合う

▼何を書くか

私はこのブログの中なかで何を書きたいのか。それは、タイトルに表現したように何かを遺したいということだ。手法は、断片的な思いつきを連ねていくだけでまとまりがなく、読んでいてもわかりにくい。しかし書いているわたしはそれなりに必死です。1つずつの断片を書き出すときには必ずモチーフがあって小さなテーマを持たせるようにしている。

▼夏の終わりに考える

今年の夏はムスメが家にいる最後の夏だ。そのことを先ごろの日記に書いた。その後、なるほどと気づくことが自分のなかにあった。それは、わたしの父も同じような時期を過ごしたことがあったに違いないということであった。

わたしが結婚をするときには嫁さんに倅を盗られてしまうような感覚に囚われたかどうか。その一方で、嫁さんが自分のムスメになるのであるから、ムスメのなかった自分に女の子の子どもが増えることでもあった。古里に帰省するたびに子供のようにはしゃいで、父はツマを自分の娘のように可愛がったし、わたしにムスメが生まれたときもとても喜んだ。そんな複雑な心理のなかで、孫と一緒に暮らせない自分の晩年や、定年を迎えてからのその後の人生のなかに並行して存在する孫たちのことを考えたに違いない。それは、とても哀しくて寂しいドラマであったのだ。

▼還暦を間近に控えて

父が様々なことを考えた一つ一つを、自分もこの歳になって捉えることができるようになってきた気がする。つまり、同じ血脈を受けた人間である以上似たようなことを考えていても全く不思議ではないのではないか、ということである。父が27歳のときにわたしが生まれた。そしてわたしは、30歳でムスメをもうけた。つまり、57歳で孫を得たわけであり、わたしは今57歳になろうとしている。その年齢になって初めてわかることがあるはずだ。子どもが独り立ちしてわたしの手綱ではどうにもならないという、極めて当たりまえの状況は、多くの人たちはこの年令で出会うのだ。

▼これから

こういう極当たり前のことに気づくのが遅かったのを悔やむ年代も今であり、楽しく走ってきたマラソンゴールに周回遅れで到達する直前の孤独感のようなものを感じるのも今ではないか。誰もが健康で苦しみもなく充実して生きていたいと願う。自分に湧いた自然な気持ちを迷うことなく口にし自分を見つめようとする人や新しいもの模索する人に出会うことが増えるのも今からだろう。

▼冷静に考える

みんな、冷静に考えている。世の中の大勢が似たような状況であり、先手を打てなかったことを悔やみながらもそれが敗者ではなかったこともわかっている。人はそういうものを宿命と呼ぶように定義付けて来たわけで、宿命を認めながら、エンジンを止めて不時着できる場所を探している。できることなら美しく朽ち果てたい。

▼さて、そんなことを考えながら。

いっしょに酒を飲み交わすことも殆どなかった父の心の内を推測してみようと、また静かに考え始めた。果たして、父にはわたしに遺したいと思った「言葉」があったのだろうか。こんな答のないことを考えようとする自分になってきてしまった。

▼手綱

つまり、自分の持つ手綱が届きにくくなってムスメやツマとの間に細やかな隔たりのようなものが見えてくることに思考は遡る。手綱をなくしてしまったが実は手綱は杖のようなものだったのではないか。新しい杖を見つけ出さねばなるまい。綱を張り直すのかは正しい手段ではないだろう。比喩的に言えばそんなところではないか。

▼ムスメのいない家で

ムスメが嫁に行ってしまえば寂しいから、犬とか猫とかを飼えば……と言っていた人があった。ツマは動物嫌いであるし、世話を焼くのはもう勘弁して欲しいと思っているだろう。自分自身が猫になったような暮らしをしたいと願っていることだろう。(しかし世の中の人々を見ていると孫に夢中になって必死になって動きまわり、子育ての時以上に苦心をして、小言も嘆きも果てないようだが)これからどんな暮らしへと変化していくのだろうか。

▼父の哲学

父は仕事を退いて、長男の(孫)娘とも同居できず、健康も害し不自由な身体で過ごす日々を送ることになる。いわゆる誰もが描く夢の様なバラ色の晩年を迎えた人ではなかった。思うがままのように絵を描き木を彫り磨くという日々を送る。農業を諦めず、たまに競艇へと出かけて楽んでくるというようなスタイルであった。酒を飲み交わすこともなければ人生論を話すこともなかった。テレビを見ている姿も記憶にないが、NHKの日曜美術館を見ていたのは憶えがある。あのとき一緒に並んでテレビを見ていればまた得るものがあったのだろう。よくいっぱしの大人になった人が父に敬意を表しながら「いつかは二人でのみたい」というようなことを言う。おやじの背中、みたいなシリーズ物でも定番である。つまりそこで「語る」のは「人生哲学」であり、聞きたいのはその「哲学」であり、自分がこれまで培ってきた哲学との差異を確認すること、そして多かれ少なかれ「軌道修正」をしたいということであるのではないか。

▼遺産

わたしには、父から受け継いだり刺激を受けたりする哲学はなかった。それは、人生の後半でほとんど哲学を交えた対話をしなかったからだ。言葉は何も遺らなかった。だからと言って遺産はある。それは私自身であった。

父の絵

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