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2014年8月10日 (日曜日)

台風11号  ─  立秋篇

(8月7日立秋)

この日は台風がのちの報道になるほどにも大雨を齎すなどとは考えてもおらず

  • 立秋のブルーブラックは特別色
  • 秋立つと物音がするわけでなし終わりが近い夏休みの予感
  • わが父は夏好きやったやろか冬に逝く

などと書きなぐって遊んでいた。

10日には今年最大の満月(スーパームーン)の夜を迎える。
比較的暑くない日が続くので有難い。このまま秋風が吹いてくれればと願っていたのでした。

▼立秋と書く噛みしめて秋味わう

秋になるということがこっそりながらとても嬉しくて仕方がなかった。そのことを誰に話してもわたしの気持ちなどわかってくれるわけもない。ひとりで立秋のことを考え「裏窓から」には何を書こうか考えていたら、時は容赦なくトントンと過ぎていった。

トントン

しかし、台風はトントンとはやって来なかった。7日の金曜日はまだ遥か九州の南方洋上と思っていたものの、8日の土曜日になると四国上陸の予想がほぼ確実になり、10日の午前中に当県も暴風雨圏に巻き込むと報じられる。

立秋をのほほんと味わって風流等と言っておれない状況である。8日には朝から実家の母を訪ね安否を気遣い、お米となすび(レジ袋満杯)とスイカを1個もらって来ている。ちょうどクルマを走らせているころに1時間雨量45.5ミリを記録している。(昔の水害を思い出す)

この日記を書く暇もないほど(というかゆとりも無いほどに)雨が降り続き、大雨特別警報という耳慣れない予報が8日の夕方に出た。

このニュースは全国を駆け巡ったために安藤や中川さんからもメールが舞い込み、「よう降るなあ」と驚いているだけではなく身を引き締めねばならないのは自分ではないかと自らを省みるのであった。

函館駅

1989年の新大阪駅ホームでの集合写真が出てきたので少し前にも載せたが、調べてみると8月8日から9日に掛けて秋田県の沖日本海から小樽の方面へと抜けている台風13号ということがわかる。そのせいで(自分が悪いのだが)めげてしまいモト・トレインに乗って新大阪までビューンと帰ってきてしまったのだった。

風が少しずつ強くなる夜半に、ツマと食卓に座りニュースを見る。
子どものころにきた伊勢湾台風、第2室戸台風、宮古島台風の記憶が蘇るので、そのことを話してしまうのだが、理解できないようだ。住んでいた地域も違えば歳も少しだけ違う。

9日は長崎原爆の日。

(台風の被害にしても戦争の傷跡にしても)

消えてゆく過去をとても悔しい思いで胸に抱いておられる人々も多かろう。

今の世の中の多くの人に、そういう出来事をどこまで理解できるのだろうか。

あらゆるものを、どこぞの学者さんの論文の資料みたいにコピーして貼り付ける作業の繰り返しのように捉えてしまえば、ほんとうの意味での価値やドロドロしたものは能書きとしてでしか残されない。

悔しさの潜在的な苛立ちはそこなのではないか。


写真は1989年8月9日函館駅(日付は推測)

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