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2014年7月23日 (水曜日)

旅に終わりがあるか   花も嵐もⅢ その76

愛に終わりがあって心の旅が始まる。そう歌った人がある。

愛に終わりあるって、そんなの稀だと思う。終わりがあることのほうが不思議なくらいだ。

と言いながらも、終わらせなくてはならなかったことだってあったし、しかしながら、終わらせなくてはならない辛さをわたしは知らないだけなのだろう。

終わらない方がいいに決まっていると思う。だが現実に1度くらいは終わりを経験している人が多いだろう。終わらせたくなかった人もあれば、あれでよかったという人もあろう。

人生ってそんなもんだ。

旅に終わりがあるか、と書き出してみたものの、ここでは、旅をすることに終わりがあるか、と書くほうが正しいか。

わたしは生涯旅人と自分で思ってきたから、バイクを降りてしまっても旅は続けるつもりでいる。今、少し苦節の時期に差し掛かっているけれど、新しい旅のスタイルを必ず実現していくことをわたしは夢に見ている。

くまなく日本の峠や歴史街道を走り尽くしたい。こんなところにこんな暮らしがという驚くような村・集落を訪ねて回りたい。それが、全盛期のわたしの目標であり夢であった。そして、行きたくない沖縄を除いてすべての地域を走り、足跡を残し、思い出を築いてきた。

とことん何事も極めるには30歳から40歳を過ぎる頃が絶好の時期であるのか、と思う。金もあるし時間もある。意欲も好奇心も情熱も持っている。行動力も発揮できる。

わたしがそうだった。飽きることなど絶対にないと思っていたし、行動をする勢いに翳りが来るとも考えたことなど全くなかった。

乙見山林道

  • あれだけ走り回ったら飽きたのではないか
  • 同じ所に何度も行っても詰まらんやろ
  • 乗っているだけで何が楽しいのよ
  • 金もかかるし時間も要るやろ
  • ひとりで飛び歩くなんて身勝手や
  • 勝手ができるなど我儘すぎる
  • 家族を放ったらかしはアカンやろ

などと言われて、それらを全部否定して、もうバイクには乗らないことにしたけどまた乗りたくなったら乗る、とだけ言って処分してしまった。

もしも、メグロさんが元気で修理屋さんを続けていて、わたしのKLEの不調箇所を発見してくれていたら、わたしは修理を続けて乗っていたと思う。今度こそは錆びて崩れるまで手元に置いておこうと強く決心していたバイクなのだから。

39年間も付き合ってきたオートバイという乗り物のその向こうにあるものに浮気をしようとしたのかもしれないと自分を疑ったこともある。

言い訳だったかもしれない。でも、わたしは言い訳がどこまでも続く人生を送ってきたのだから、生涯そのペースは避けられないのだろう。

意地を張るのはやめよう。

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