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2014年7月29日 (火曜日)

それぞれの道   花も嵐もⅢ その77

何か言葉で自分を納得させようと考え続けているのがよくわかる。バイクを降りたのは決して諦めたり飽きてしまったからではない。そのことは自らの肌が感じている。だが、スキッとしないのはどうしてだろう。自分で問いかけて、そこに相づちを絶妙に入れてくれるものがあらわれないからか。その言い訳じみた理屈付けを乗り越えるために、「もしも」という仮説が飛び出す。もしも、仕事を辞めていなかったら、もしも、今の仕事に出会わなかったら、などなど。

(先日の日記で)そんなふうに書きだしたわけであるが、この「花も嵐も」のために考えていたのが大きく脱線してしまった。そこで、方向を切り替えて続きを考えてみる。

同じ時期にバイクにまたがり旅を楽しみ、キャンプ場に集い焚き火を囲んで語らった仲間たち。仕事社会から抜け出てきてお互いに元気を取り戻しあい自分の空間へと帰っていった。心も通じている友がいるという歓びを最高に旅の中で味わってきたのだ。

それぞれが新しい道を歩んでいる。

バイクを降りてしまったわたしがいる。同じように手放して、自転車、マラソン、登山、キャンプ、トライアル、グライダー、スカイダイビング、陶芸、絵画、カメラ、など、いろいろな分野で愉しみを継続して実践している人たちがいる。バイクは手放さずにときどき乗っている人もいる。

もちろん、パワーアップしてガンガン乗っている人もいる。これまでと違った旅の楽しみ方で、年齢も出会ったころから二十年以上も過ぎて、赤ん坊だった子どもが結婚するほどに育っている人もいたりする。

それぞれの人生模様の中でバイクというものが大きな役割を果たしていたのだと思う。

わたしは幸せだった。そういう乗り物を、特別の苦労もなく手に入れて、誰にも束縛されずに、走り回ってきた。実際には、家族の大いなる理解と妥協と諦めと怒りなどがあったのだが、鈍感にもそれを家族の好意として遊び回っていたのだから、わたしの罪は深い。

ヨチヨチと歩き始めた娘をおいて、ひとりで北海道に出かけるわたしを見送ったときのツマの気持ちを、最近になってポロリと聞いたが、わたしは感謝するだけだ。あれから二十五年以上も勝手気ままに日々を暮らしてきたのだし。

もう少し先で貧乏から解放されることができるなら(長生きができるならば)、ツマと二人でゆっくりと昔に夢見た場所を旅したい。

Aikokun

(写真は1984年)

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