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2014年6月 8日 (日曜日)

月見草   花も嵐もⅢ その75

花を愛する心清き人であるわけでもないが、道ばたにひっそりと咲く姿には癒やされることが多かった。花は、どんな花でも可憐に咲けば美しく、見つめるわたしの心を静めてくれた。

旅は1人である。朝から夕暮れまで誰ともほとんど言葉をかわさないこともある。

人里離れた山の奥深くの歴史からも消えかかっているような古道を越えてゆくときに、小さな黄色い花がわたしに手を振るように並んで咲いていた。

夏の風も高原を吹けばサラサラである。下界に降りて人の軋轢にもまれる娑婆を吹けば痛む心を絞めあげるような嫌味な風になることもあるのだろうが、善も悪も罪も過ちも置き去りにして出てきた旅である。

美しく囁くように揺れる花を愛しながら走りたい。

この花の名前がわからないので、バイクを止めて、峠の途中の山畑で作業をする人に尋ねてみる。

「月見草だべ。月見草に決まってるべ」
と即座に教えてくれた。
実はあちらこちらで同じように尋ねてみたのだが、みな、そう教えてくれた。

ツーリングマップの片隅に「月見草」とおぼえがきをした。

実は、のちに図鑑で調べて確認をすると「オオマツヨイグサ」(大待宵草)が正しく、間違って月見草と伝わっていることが多いことがわかった。本物の月見草は別の違った花だった。

しかし、わたしは、花の名前そのものが知りたかったわけではなく、あの場所で見た月見草と呼ばれる花が好きになっていた。

▼ 君の名は月見草でええ違ごてても

峠をいくつも越えてゆくうち、信州から東北の方面で見かけるこの花は、同じように道ばたに咲いていても、どことなくしなやかで物静かな姿に思えた。それは、西日本の都市近郊で見かける月見草とは違って、本州のやや北部方面の森林帯に咲いた月見草は何かが微妙に特別に見えるような気がしたのだ。植物の生態学的に違うのか、わたしの心が東北贔屓であったからか、何とも言えない。

わたしを見送ってくれる黄色い花・月見草に手を振りながら、東北をはなれて帰って来るとなると、とても辛い思いがふりかかった。みちのくで散々センチメンタルになったのは、月見草のあの黄色い可憐さのせいであった。わたしにとって月見草は東北を旅したときのほろ苦い花という印象が深い。

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