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2014年6月30日 (月曜日)

六月尽きる

あすから7月になります。

集団的自衛権の行使についての憲法解釈のニュースが連日賑わっている。真面目で真剣な人であればあるほど、国家の行政機関がこのような道を選ぼうとしていることに怒りを持つだろう。当然であり、人間的である。ヒトはそうでなければいけないし、絶対的姿として、そのような考えを持ってこそニンゲンであるといえる。

新聞は、一段と声を張り上げて、国民よそれでいいのか、と言う。今言わなくて誰がいつ言うのだ。

身近な井戸端会議でも、親しい人の集まるSNSでも、FACEBOOKでも、ふだん意見を通そうとしないような人までが、いよいよ声を張り上げねばならないと思い始めている。

そんなことがわかる六月下旬であった。

駅

それでいいのか、オマエも反対しないのか、と問われたら、それでいいのだと答えることにしている。

だって、世の中自分のことしか考えないで、豊かさと幸せを自分の方向に向かって求め続けてきて、そのことに意見を言っても馬鹿じゃないのという視線で見返し続けてきた奴らが築き上げてきた政治なんでしょ。

あれだけ、わたしは熱心に意見を言ってきたんだ、(変人扱いのように)嫌われても言ってきたのだから、もういいよん。みんな、好きにしてちょ。

わたしは、40年近く唯一参政できる選挙で、ただひたすらひとつの考えで一票を投じてきた。疑問を持った日もありながら、諦めの気持ちに襲われながらも、世の中を変えるのだと信じて投じてきたけど。

好きにしてくれ。おれは生きていくだけで精一杯や。人生の非常停止ボタンなんていつでも押せる。


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2014年6月24日 (火曜日)

夏を待つ ─ 夏至篇

6月21日は夏至で、少し夏らしい空模様になってきたかな、と感じさせてくれる。

梅雨は開けていないので、いったん雨が降り始めるとしっとりと静かに降り続くのものの、降り始めなどは真夏の夕立を連想させるような勢いになることもあり、夏が来るのが嬉しいようで忌々しいような複雑な気分である。

夏がそれほど好きではないわたしは、バイク旅をしていたころは、夏といえばただひたすら走り回るだけで、嫌いだとあからさまに気持に出さないことが多かったかもしれない。

確かに暑いけれど、雨が降るのか降らないのかはハッキリしていたし、明日の天気も1週間後の天気もそれほど予想からハズレなかったから、計画的に楽しい旅をすることができたと思う。滝のように汗をかきながら、走り回ったころが懐かしくもある。

夏至は、そんな夏への入り口で、さあ、はじけるぞ、と意気込む節目にちょうどよい。このごろは低空飛行の暮らしをしているので、日常が不活性であることもあって夏になる歓びはまった無い。将来、平成26年の夏には何をしていたのだろうと振り返るときのトリガーのために何かをやっているような毎日である。

夏至篇で何を書こうかなーと思い浮かべながら、22日の三重フィルハーモニーのコンサートのことを考えたりしている。雨が降れば仕事の休日体制が解散になるのでコンサートに行けるわけで、世の中の大勢の人が晴れることを望んでいるなか、わたしは晴れないで欲しいと願っていたのだった。

(22日当日)
仕事は午前中で完了し、午後は休暇取得とした。コンサートでは、久しぶりにYさんにも会えたし、音楽もいい演奏が聴けたし、申し分のない日曜日であったといえようか。

膳

ついでなので、最近の体調のことについて触れておこう。

季節が移るに連れて少しずつ増え続ける体重であるが、過去のマックスレベルくらいまで達しており、おなかの周囲も過去最大の計測値にあと1センチほどいうところに迫っている。これは、運動量の低下と身体活動の不活性化が原因であろうことはわかっている。

今月のはじめのころ、数日間の断酒を試みてから、ときどき、お酒を控える日を設けてみている。これがなかなかよい。体調は快適で動きも快適で、よく眠れるし、胃腸のほうもスッキリして健康になったような気がする。

ビールは、随分と前から飲まなくても済んでいる。そこで、ウイスキーを控えて烏龍茶に変えてみてはどうだろうかと思い、ペットボトルでお茶を買って冷蔵庫に冷やしている。

朝から晩までパイプの煙が燻っていたころ、突然、タバコはやめようと思いたち、本当は煙は嫌いだったのではないかと思うほどに煙から急激に離れていったのだが、果たしてお酒からも離れて暮らすことがあるのだろうか。

もちろん、離れて暮らそうなんてことをの前でいるわけではない。欲しくならないときは飲まないようにしようとは考えている。

ただ、ささやかな楽しみが1つずつ消えていくようで寂しい。

2014年6月20日 (金曜日)

オス2匹メス2匹里親募集中なのです

20140620nekoneko

可愛いですね。

うちは動物嫌いな奴らばかりで

ねこ好きの私は肩身が狭いのです。

もらってやれないが残念です。

2014年6月14日 (土曜日)

琥珀色

emi さんのひととき

琥珀色が誘惑する

20140614emibeer

2014年6月13日 (金曜日)

ニホンウナギとトキソウ ─ 番外

6月11日は暦の上での入梅、暑さもこれからいよいよ本番という時に、土用の丑を来月下旬に控えて「ニホンウナギ 絶滅危惧種に指定」のニュースが全国を駆け巡りました。

「世界の野生生物の専門家などで作るIUCN=国際自然保護連合は12日、ニホンウナギについて、近い将来、絶滅する危険性が高いとして絶滅危惧種に指定し、レッドリストに掲載」(NHK)

いよいよ、ニホンウナギは私たちの食卓からさらに遠のく模様です。マツタケが身近でなくなって四半世紀がたち、ウナギも後を追うのでしょう。

現代では、マツタケをおいしいと思わない子どもたちが増えているそうです。いつか、ウナギの味も消えてしまい、ファーストフード店のハンバーガーが最高の美食である時代がやって来るのでしょう。

次から次へとグルメなものが生み出され続ける食の世界には夢がありますが、一方で、私たちがテーマとしている次世代のエネルギーはまだまだ保障できるものがありません。

小さな町工場や休耕田が、ある日突然、太陽光発電設備へと姿を変えているのに出会うと、これも1つのステップなのだろうなと思ってみたりしています。

20140613tokisou

ニホンウナギのことを巻頭で取り上げたあとで、環境省によりレッドリストの準絶滅危惧の指定を受けている「トキソウ」の話題を上野森林公園のホームページ で発見しました。

「今年はもうトキソウが咲いています。しかもいろんなトンボが観察出来る池の縁に。間近で楽しめます。ハッチョウトンボもどんどん羽化しています。お天気続きで季節は夏の様」

トキソウは、漢字で朱鷺草と書き、ラン科トキソウ属の多年草です。佐渡にいる朱鷺を連想すれば、この花の淡い紅紫色を連想してもらえると思います。湿地の花のイメージがあり、なだらかな山歩きを愛する人たちのとっておきの花なのかもしれません。

ウナギのようにニュースにもなりませんので、静かにひっそりと咲く花を今度の休日にでもお楽しみください。


写真参照:三重県上野森林公園 トキソウ@魅せられて大和路

2014年6月12日 (木曜日)

梅雨らしく

火曜水曜木曜と休みであったが、結果的に家にいてゴロゴロとして過ごした。

庭の草引きをしてみるけれど、畳半分ほどの広さをガリガリとやってオシマイにしてしまった。

梅雨入りして、まあそれっぽい天気が続いていまして、傘を持とうかどうするかを悩んでみたりしてます。なんやかんやで、結局のところ、傘は差さなくても済んでいます。

庭のあじさい

(11日)入梅

少し用事があって母を訪ねた。
というのも、昭和七年の普請帖が見つかったので、総合博物館の学芸員さんのKさんに一度見てもらおうと思って取りに行ったのです。

かなり虫喰ってしまっているものの、読めるところがあるので、何かおもしろいことでもわかるといいなあ、と思うのです。

近々、博物館に行ってこようと思います。


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2014年6月10日 (火曜日)

水割り

水割り

6月 9日 (月)

ムスメさん、毎日9時過ぎの電車でないと帰ってこないので帰宅を待ちながら、詰まらない番組しかやってない日は、テレビも見ること無く、取り留めのない話をして過ごす。

今月になって5日間ほどお酒を控えたのだが体重の数字には何も変化も表出しなかったので飲むことにした。

ツマがプシュッとコップに1杯ほど飲みたがるので私も分け前をいただく。

そもそも、ビール好きであった私であるが、仕事から解放されてからというもの、ストレスなど全く喪失してしまったこともあって、呑みたいとかひとり旅に行きたいとかいうような現実逃避発散型の欲望は全く発生しない。

ビールなど無くても一生暮らせる体質になったといっても過言ではない。

だいたいが飲むと就寝時に体調が安定せず安眠できない。飲む分だけ水分のバランスが崩れるとか、アルコールの影響で体内制御に無理が生じているのだろう。

お茶をがぶ飲みした夜は、かえって快眠であることがわかってきた。

しかし、水割りは少しいただく。
体調が良いという証だから。


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2014年6月 9日 (月曜日)

子どもたちの事故報道を見て考える

新聞のニュースで子ども水の事故が報じられている。真相は出歯亀になるだけであるしそれほど詳しくも読まないが、最近は社会面が新聞やニュースの原動力になるのか、なりふり構わず賑やかだ。果たして時代は変わってきたのか。そういう疑問を持つ人も多いと思う。結論だけを言えば変わったのだろう。しかし、問題や課題はそんなところにあるわけではない。

子どもたちが水辺で遊ぶことや線路で遊ぶことは、子どもが子どもらしくあるならば、当たり前のことだ。私だって小学生のころは線路で遊んでいて、危険を察した汽車が急停車したこともあった。親にものすごく叱られたのをはっきりと覚えている。遊びたくなるような心の持ち主で無くてはならないし、そういう場所が遊びに適している場所だと自分たちで発見することが、子どもの自己形成の出発であるとも思う。

水辺に探検に行くときは、近所の仲間で(悪ガキ連中を想像するとわかりやすい)出かける。親分は上級生である。お墓で野球をしたり川で魚を獲ったり線路沿いで土筆を摘んだりするのはまっとうな遊びだった。ボールが遠くへ飛んで民家や学校のガラスを割っても、深みの潜んだ淵に亀を探しに行こうとしても、上級生がそこにいて見張っているか注意をするか引き止めるか。普段から淵の怖さを唱えるように話をして聞かせるとか、怖い爺さんが住んでいる垣根にはボールを放り込まないように教えるなど、これらを日常の教訓とする社会があった。

今の子どもたちには、年上の悪ガキから掟を教わる社会が消えつつあるのだろう。

少し前、グライダーが不時着できそうなほど真っ直ぐな農道が交差する長閑な村の外れの信号のある交差点を通りかかったときに、小学生が数人いて信号を見て止まっている。車など何分たっても走ってこないようなところで、忘れた頃にやってきたのが私の車であった。

黄色い帽子を被った子が混じっていたので1年生だろう。上級生は、赤信号を見て車など来ない信号であるのに1年生を制している。赤信号だから渡ってはいけないのだという素振りがよく分かる。

その光景を見ながら私が思ったことは、人が築き上げた文明の中で大人が作った決まりで信号機という機械が人をコントロールしようとしている。車も来ないといっても赤だから渡れば法に抵触する。でも、大人であれば、右を見て左を見て渡るのだろう。何しろ、動物も虫もいないような田んぼの真中の信号なのだから。大人は大人でそれで結構。子どもは上級生に止められて法を学び社会の掟を知り人間の関係という社会に参加し自分を築き始める。

このような上級生がいること、閑散とした農村にこの子たちが生まれ住んでいること、信号機の前で立ち止まってじっと青になるのを待ったこと。これらのことに無駄なことなど何ひとつないのだ。

子どものころに線路に石を置いて遊んではいけないとしっかりと教えられた。まあ、それほど汽車も来なかったが、侵入防止の柵もなかった。昔は扇風機にもストーブにも柵はなかったが、柵がなくても、危ないことを知っていたから、誰もがそこには近づかなかった。事故も少なかったし、ニュースもなかった。

時代が変わったと最初に書いたのだが、ひとつの現象が変わったことは事実であろう。人々の心に影響をもたらすあらゆるものが、一方向に向かって倣うように変化してきたことが、暮らしを豊かにし幸せにし充実させて来たのである。しかし、人間の本質的な何か幹のようなモノを蝕んでいる。

腐った幹は切って棄てるというような現代社会。
次々と新しい歪や膿が発生し続ける。

2014年6月 8日 (日曜日)

月見草   花も嵐もⅢ その75

花を愛する心清き人であるわけでもないが、道ばたにひっそりと咲く姿には癒やされることが多かった。花は、どんな花でも可憐に咲けば美しく、見つめるわたしの心を静めてくれた。

旅は1人である。朝から夕暮れまで誰ともほとんど言葉をかわさないこともある。

人里離れた山の奥深くの歴史からも消えかかっているような古道を越えてゆくときに、小さな黄色い花がわたしに手を振るように並んで咲いていた。

夏の風も高原を吹けばサラサラである。下界に降りて人の軋轢にもまれる娑婆を吹けば痛む心を絞めあげるような嫌味な風になることもあるのだろうが、善も悪も罪も過ちも置き去りにして出てきた旅である。

美しく囁くように揺れる花を愛しながら走りたい。

この花の名前がわからないので、バイクを止めて、峠の途中の山畑で作業をする人に尋ねてみる。

「月見草だべ。月見草に決まってるべ」
と即座に教えてくれた。
実はあちらこちらで同じように尋ねてみたのだが、みな、そう教えてくれた。

ツーリングマップの片隅に「月見草」とおぼえがきをした。

実は、のちに図鑑で調べて確認をすると「オオマツヨイグサ」(大待宵草)が正しく、間違って月見草と伝わっていることが多いことがわかった。本物の月見草は別の違った花だった。

しかし、わたしは、花の名前そのものが知りたかったわけではなく、あの場所で見た月見草と呼ばれる花が好きになっていた。

▼ 君の名は月見草でええ違ごてても

峠をいくつも越えてゆくうち、信州から東北の方面で見かけるこの花は、同じように道ばたに咲いていても、どことなくしなやかで物静かな姿に思えた。それは、西日本の都市近郊で見かける月見草とは違って、本州のやや北部方面の森林帯に咲いた月見草は何かが微妙に特別に見えるような気がしたのだ。植物の生態学的に違うのか、わたしの心が東北贔屓であったからか、何とも言えない。

わたしを見送ってくれる黄色い花・月見草に手を振りながら、東北をはなれて帰って来るとなると、とても辛い思いがふりかかった。みちのくで散々センチメンタルになったのは、月見草のあの黄色い可憐さのせいであった。わたしにとって月見草は東北を旅したときのほろ苦い花という印象が深い。

2014年6月 7日 (土曜日)

話を聞く(3) ─ 昭和30年代の回想

6月初旬の麦畑が台所の窓から見える。もう随分と昔から麦など作らない。20年以上昔の、いや、45年ほど昔の麦刈りのときの思い出が蘇ってきた。鋸鎌(ノコギリ鎌)でザクザクと刈っていく様子や脱穀をした後のはしかかった(「はしか」が痒かった)こと、麦ストローでシュースや牛乳を飲んだことをなどが断片的に記憶に焼き付いている。

麦には、細かい芒(のぎ/ハシカ)があるので、皮膚に付着すると気が狂うほどに痛痒くなる。これを「はしかい」というのだが、現代では麦を収穫することがなくなったので、この「はしかい」という言葉も消えつつあるのだろう。文化が生んだこういった息づかいのような足跡を絶やしてしまうことの罪悪感と喪失の無力が、消える灯びの最後の輝きのように身体の中で騒ぐのがわかる。

この痛痒い身体を風呂に入って流したいと思っても、わたしが生まれた頃の我が家ではできないことが多かったと母は話す。叔父がまだ高等学校に通っていたころの話である。この時代の話を聞くには、予め知っておかねばならないことも数多くあり、その都度話を中断させながら説明を加えて母の話は続いた。

嫁に来た者が風呂を浴びることができるのは、家じゅうが寝静まろうとするときで、もちろん最後にしか入れない。その風呂の湯が棄てられてて風呂桶が空になっていたことが何度もあったという。叔父(M)の意地悪だったと言う。その人がどのような人物であったのか、又の機会に触れるとして、その人はお昼のお弁当が気に入らなかったからという理由で湯を抜いてしまう意地悪をしたそうだ。

そのときはさぞかし辛い思いや悲しい思い、悔しさや憎しみも湧いたことであろう。しかし、あのころのことは、もう今さら、という気持ちもあるようだ。

憎しみや恨みは消えないのだが、今さら何を言って何が始まるのかという思いが母にはあるのか。その人は年金をもらう年齢を迎える前に内臓疾患に起因する症状で逝ってしまっているのだから、責めるものも何もないという気持ちがあるのだろう。

叔父は二人あって、名古屋と大阪という都会へこの田舎から出て行き昭和30年代から現代までをくらした。大阪の叔父(M)は、数々の苦難ののち、勤める会社の経営難、住宅事情の悪化などがあって、悲運の晩年の人生を送り、まだまだという年齢で人生を閉じた。子どもが二人(男女)いて未婚のまま親が先に逝ってしまう。叔母さんもその後すぐに逝ってしまい、人生のドラマの悲しい舞台の主人公のようでもある。そんな人生模様もあってか、嫁いだころの数々の憤怒をこれ以上は言及する必要もないのだろう。私の父が逝ってから今までをひとりで生きて、残された数々の有形無形なものへの感謝を思ったり、今の暮らしが十分に幸せなこともあろうかと思う。

名古屋に出た叔父(T)さんは、電話会社に就職し歴代で記録に残るという管理職早期昇進を果たし、細部では人知れぬ悩みも数多かっただろうが、社会一般として充実した人生を送っている。(今は脳内出血後の病気療養中である)。現実がもたらすドラマは奇しくも2つの明暗の展開であった。

++

母が嫁いだ先の父(私の祖父)は、社会的にも人物としても立派な人であったという。わたしの父はその人を(自分の父親として)語ったことは1度もなかったが、母は、思い出話を度々してくれる。(姑であるのに)賢くて冷静で尊敬のできる人であったと目を細めて回想する。それは、村会議員をしていたからという観念があるからではなかった。日々農作業に出かけた折には、嫁いできた一家の嫁に様々な話をしてくれたり、家の中で農家の雑事をしながら、世間の事や人生のことなどを話にして聞かせてくれたという。

長男をサイパンで戦死させたこと。家を継ぐ倅は(母の夫)は、子どもの時分に外的な病気で耳が遠くなり学校にやれなかったが農作業を全て継がせる決意でいること。弟二人(二人の叔父)は、高等学校というものができたので、学校にやって町に出そうと思うということ。農業は無学なものが継ぐしかなかろう、これからの時代は、学問を修めることは非常に重要な事で、こんな山奥で、お金もなく資産もなく農作業を続けるという、負けのクジのような生き方は長男が引き受ければよいうのだ、という考え。社会は大きく経済的な発展を遂げて、将来は想像もできないような暮らしをするようになるだろうという夢のような話などを、田んぼの作業をしながら滔々と聞かせてくれたそうだ。

そんな祖父に悪いところは全くなかったのだが、あえて言えば1点だけあると母は言う。祖父は仕事好きではなく(怠け者であったというわけではない)、あまり精を出して農家の仕事をする人ではなかったという。よく出来たもので、息子が(父が)よく働く人であったのはそのせいかもしれない。

人として褒められないことがあるとすれば、そのことたった一つだけで、縁側に腰を掛けて新聞を読むか、世の中にはそう多くは出回っていないテレビというものを先駆けて茶の間に置きニュースを見ている人だった。そんなところが、そっくりだと、わたしの方をチラチラと見ながら、懐かしむように母は話す。

わたしは、祖父からも父からも形見らしいものは何一つもらわなかったが、私自身が形見であったと、前にも書いたことがある。こういう点もその所以である。

2014年6月 6日 (金曜日)

梅雨めく ─ 芒種篇

天気予報の降水確率は50%を超えていないのに、早々に予想を外れて小雨が降りだした朝であったが、午前中の健康診断のときは一時的にあがってくれた。

今月になってから5日余り食事を心得てお酒も控えてみた。この結果がなにか数値に出るならばおもしろいと思い我慢をした。

我慢をするというということは、とても大変なことで苦難を伴うことが多いが、日常の暮らしでチャレンジする程度に苦難なものはさほど無い。1年も2年もかけて受験勉強をするとか修行を積むということには無縁の年齢になってきて、ビールやウイスキーを控えることなどに努力も何もない。

昨日飲まなかったら今日も飲まない。この繰り返しであった5日間であるが、5日のツマの誕生日にお茶を飲んで過ごすのは少し寂しかった。

健康診断の血液検査の結果次第では、控える歓びも出て来ることが想像できる。お酒を控えてお茶をゴクゴクと飲みながら、日常に旨いと言って飲んでいるウイスキーの味やその必要性を省みることもできた。酒や食事は旨いものを旨いまま爽快な気持ちでいただくという基本を忘れないようにするためにも数日間控えたことは有意義であった。

健康診断が終わった6日。この日の夕方、おいしいケーキとかワインとかを買ったのかとツマにメールをしたら何も買っていないというので、帰宅してからワインだけでもと店に出かけるように背中を押した。

いつものお魚屋さんのお寿司で、いつもよりも少し高めのにぎりを買ってきたようで、私の誕生日やし少し高めのんにしたわ、ええやろ、と言いながらつまんでいる。私に買ってくれたちらし寿司に中トロが載っていたので自分のマグロと入れ替えて食べている。それに、ワインを、というようなへんてこりんでささやかな誕生祝いであった。

マイマイガ

マイマイガを発見(拡大写真

夕方、雨があがって蒸し暑くなっているので、汗にまみれて帰り着いた。そのときにはまったく気づかなかったのだが、ツマが買い物に出かける直前、門塀に大きな毛虫がへばり付いているのを見つけた。思わず写真に撮り名前を調べたら「マイマイガ」というポピュラーな毛虫であるとわかった。刺したりするような害も及ぼさないと書いてありホッとする。

よく見ると綺麗である。羽化すると蛾になるのだが、蝶よりも我のほうが美しいのだと昆虫に詳しい人が話してくれたことを思い出し、こうして毛虫を見ていると、幼虫の美しさにも見とれる。

荒れ放題にしている庭の片隅であじさいがひっそりと咲いている。

▼ 紫に庭もつゆめく雨あがり
▼ ものぐさな庭も梅雨めくにぎやかさ

そんなことをぼんやりと考えていた。


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2014年6月 5日 (木曜日)

木のいえ

木のいえ

ツマの誕生日でお食事を…
と思って出かけた店が改装のため6日まで休業。

ちょっとショックでありました。
そのため「木のいえ」で食べました。


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2014年6月 4日 (水曜日)

マグロのちらし

マグロちらし

うちの地方も梅雨入りだそうです。
乾杯は少し延ばしてます。


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2014年6月 3日 (火曜日)

夢を追う

砂女さんのブログから「恐れることなく思い立つ」

若いころは無鉄砲であったのか、まだ無垢であったのか。恐れることなく思い立ったら飛び出して行ったものです。

若いときにしかできないことなのだと思っていつも年老うことを寂しく思っていたら、今どきの若者には、私の若いときのような行動を取る人が減少しているらしい。

お手本通りの筋書き通りになんでもやってしまえるチカラは素晴らしいけど、やってるその人たちに夢があるのだろうか。

でも天気予想だって、どこかの山深い峠の道順だって、調べてしまえばハッキリするから、そりゃ安全ですし順風満帆です。

とここまで考えて、ちかごろの僕が詰まらなくなったのは、夢を追いかけてきた自分を棄ててしまったからなのか、と気づく。

さて、夢を探しに

そんな旅日記を書いたことがあったなあ。

2014年6月 2日 (月曜日)

池井戸潤 下町ロケット

おもしろい作品だったので大勢の人にオススメしてもいい。悲しくて泣ける作品ではなく、感動的なほうで泣ける作品だった。

このごろ、氾濫するドラマや映画のなかには、ありきたりのストーリーがあふれている。素晴らしい作家さんであろうが売れる作品を書くためなのかスポンサーの顔色伺いなのか自然のチカラなのか、その作家さんの持ち味と作風を生かしきれてないような作品が目立つので、本屋に棚積みになっていても騙されたような気落ちになりたくないという警戒心がどうしても湧いてしまう。

半沢直樹というちょっとブームを呼んだ作品の作者が池井戸潤である。そのことは本を手にとってから知った。知らないと遅れてるとかハズレてるとか思われそうであるが、私は半沢直樹という作品を知らない。新聞記事で流行語の記事を読んで知っているだけだ。しかし、ブームや話題の仲間に入るのは嫌なので、その作家である池井戸潤の作品を読むことには抵抗があって、こっそり読み始めて先入観を崩せなかったら知らん振りして読み始めなかったことにでもしようとも考えた。

一方で、直木賞にハズレなしとヒト様には薦めていることもあって、この作品には大いなる期待が掛かっている。直木賞に、かつてから、ハズレがなかったのは、私自身が気に入りそうな作品なのかどうかを結構念入りに吟味してから読み始めているからであって、今回も安易に飛びつくわけにも行かなかったのだが、テレビで流行語まで作ったドラマの作家さんなのかと思うと、少し暗くなった。

そんな前置きで読み始めたのであったが、文句なく久しぶりにスカッとするいかにもドラマらしい現代的で現代版のドラマであった。◎

和田勉であるとか倉本聰であるとか、または市川森一とか、日曜劇場やたまにやる2時間ドラマや芸術祭参加作品のドラマなどのようなものにハマっていた古い世代の人間ですから、視聴率が上がるとか宣伝を含んでいるとか人気タレントを使っているとかそういうものを、大っぴらになりふり構わず、あからさまにしてしまっている今風のドラマは好きになれない。ドラマの主張を、ひとつの矜持を通すように隠し持って欲しいと思いながら、ベストセラーであってもそこに期待を繋いでいる。

読みながら、このストーリーを前編後編くらいでドラマ仕立てにして、きれいな景色や生きた顔色を撮れるカメラマンやストレートに切れる演技のできる役者さんや人の心の波長とドラマの波長をシンクロできるような音楽を感じることのできる音楽プロデューサーなどが集まれば、直木賞という文学を超えて、映像で感動を呼べるかもしれない、と頭のなかで想像しながら並行して読むことができた。

ロケットのエンジンのバルブの特許をめぐる技術を軸にした人と人がぶつかり合う話で、現実味を幾分帯びさせて、あるわけのないストーリーでありながらも、読み手を引き込んでゆくからおもしろいのだろう。難しいレベルの現実や技術を解説してもいけないし、事実をもとにリアルなドキュメントでもおもしろくないだろう。もちろん、ドキュメントに近いほうが、作り話のバカバカしさがないから好きだという人もありましょうが、この作家のこの作品の場合は、ドラマにしてしまう上手さのようなものがあるのでこの作品風味の方がいい。

ドラマであるのだからそこはハッピーエンド的な結末を安易に想像してしまうのだが、メーカーで研究開発の経験を現実に10年、20年とやってきた私にすれば、嫌な思い出や超リアルな事実が頭をよぎり、本を脇に置いてドラマから離れてしまうこともちょこっとあったが、やっぱしドラマなのだなあと感心させられるほどに上手にストーリーをまとめてくれている。

とりわけキザな、あるいは文学作品のようなメタファー的なところなどは、ほとんどない。そういう点でもシナリオを作文にしたような(悪く言えば味気のない)作品ともいえる。

でも文芸作品が好みの私でも喜んで味わって、もしかしたら他の作品よりテンポ良く読みきってしまったのは、ほかならぬこの人の肌身に染み付いたストーリーテラーとしての求心力であったのではないかと思う。

というわけで、ひとりじめして置くタイプの作品ではなく、皆さんにオススメしたい。

池井戸潤 下町ロケット

2014年6月 1日 (日曜日)

六月はアイスとプリンとかき氷

(赤福氷)

六月はアイスとプリンとかき氷 ねこ


殊の外、私はアイスとプリントかき氷とチョコが大好きだ。
そのくせ、ウイスキーも大好きであるが。

一方、夏のお決まりであるビールのほうは、近ごろそれほど欲しがらなくなった。

ぐぐぐぐっと飲むのはビールでなくてもよい。冷たい烏龍茶でも十分かもしれない。

◎◎

今日も暑くなるそうだ。
キリッと沁み入る冷麺を食べたい。

旨い冷麺(インスタント)の作り方は、湯がいた面をゴシゴシと揉むように水でよく洗うことです。これで間違いなくこれまでの2倍おいしくなります。

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