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2014年4月16日 (水曜日)

父の居場所

いつも現代農業を読んでいた。寝床に入ると勉強をしていたのだろう。

 

どのようにしたら、この限られた田畑から少しでもたくさんお米が獲れるのだろうか、そのためにはどうすればいいだろう、おいしい米はどうしたらできるのか、と考え続けていた人だった。

 

収穫高だけではなく、旨い米ができる理由を考え、おいしい野菜を作る工夫もした。仕事の効率や作業性のことにも気を回した。

 

あれこれと諦めずに工夫をする人だったし、疑問があると必ずその原理を考えた。理由を追求して、変化の流れのようなものを探し出そうとする姿勢があった。

 

贅沢に物を使うこともあったが、あるだけの資材を工夫して、モノを作る姿勢も持っていた。

 

何かを発想すると実験的な試みを行ない、どこか他所の職人や専門家の仕事を見に出かけ、見て学んできては工夫を重ねていた。思い付いたときの投資も惜しまない方だった。

 

 

 

玄関に人が来ると(立つと)ブザーが鳴る装置を、私が子供の頃に既に作っていたというのは面白おかしくもある話であるが、輝かしい履歴と思う。

 

素直に、こんなものがあったら助かるだろうと考える。
技術の進んだ後世の時代から見れば馬鹿げていても、推し進めるところに異才があったと言える。

 

玄関ブザーは、それなりに重宝した。
それに続いて、自動的に閉まる木戸も作った。

 

猫が通るとドアを閉めないので冬などは隙間風に悩まされる。猫の奴は開けるのは自分で開けるのだから自動的に閉まればそれでよかった。

 

決して素晴らしいものができないにしても、工夫をして物を作ることによってそのものがどういう意味を持つのかとか、どのように使われるのか、ということを私たちも理解資するようになり、物を大切に扱う姿勢が備わってゆくのだと思う。

 

 

果たして、おとやん(父やん)の居場所とはどこにあったのだろうか。

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