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2014年4月15日 (火曜日)

吉川英治 黒田如水、 「友の情け」の第二節で

 心と心の交わりは、そこに一壺の酒を置かなくても、話に倦むことを知らなかった。折々、どこからか舞って来る山桜の花びらを縁先に見つつ、終始、ふたりの話は軍事に限られていたようであったが、やがてふと、半兵衛重治からこう訊ねた。

「先頃は、度々のご戦功に依って、筑前様から名馬書写山をご拝領になったそうですが」

「されば、過分なご恩賞でした。けれど、それがしの功はまったく部下の働きに依るもので、家臣の中の母里太兵衛にふたたび授けてしもうたので、殿には、何と思召されているやら、実は、恐れ入っているわけですが」

「いやいや、あの儀に就ては、何とも思ってはおられません。しかし私が気にかかるのは筑前様より御辺へ宛てて、兄弟同様に思うぞというご意中を書かれたお手紙の参っていることですが」

「左様。そういう勿体ない御意を書中に拝したことはあります。それが、どうしてお心に懸かるのであるか」

「今も、そのご書面は、お手許にありますかの」

「家宝にもせばやと存じて、常に携えておりますが」

「あらば、重治に、一見させて下さいませぬか」

「おやすいことである」

 と、官兵衛はすぐ具足櫃から取出して示した。

 すると半兵衛重治は、つらつら黙読していたが、読み終ると、黙って、炉の中へそれを燻べてしまった。

「……あ?」

 官兵衛が愕きを洩らした時は、もう一片の白い灰となっている。さすがの彼も少し面を変えて難詰った。

「それがしに取っては、又なき君恩の品、唯一の家宝ともしておる物を、何で火中へ投じられたか。御辺にも似あわぬ不躾な所業。何かおふくみあっての事か」

 すると半兵衛重治は、すこし膝を退げて、詫び入る体で静かに諭した。

「ご賢明なあなたのことゆえ、すぐお悟りがつこうと存じて、つい逸まったことをいたした。これも友の情けと、お宥しください」

「どうして、これが、友の情けでござるか」

「さらば、かようなご誓文を、大事にして置かれては、末々、仕えるお方に対して、かならず不足も起り、不勤めにもなるものでござる。――その不足不平は結局、こ自身を破る因とはなり申すまいか。殿の御為を思い、あなたのご家門を思い、双方のために、要なきものと存じ、焼き捨てた次第です」

「ああ。……正に」

 官兵衛ははたと膝を打って、友の言に思わず感涙をながした。臣子の分というものを、このときほど痛切に教えられたことはない気がした。

 重治はよろいの袂を探って、べつに一通の書面を取出した。そして、凝然と悔悟に打たれている官兵衛の手へそれをそっと渡して告げた。

「せっかくお大事にしていたものを失って、お心淋しくおわそう。これはそれにも勝る書面かと思われる。あとで緩々ご覧下さい」

 薄暮の空を見て、半兵衛重治はやがて辞し去った。来るも去るも「静」という一語に尽きる人だった。官兵衛は陣門までその姿を見送り、その縁まで帰って来ると、手に持っていた物に気づいて、

「――誰の書状か」

 と、そこに腰かけたまま、封を切ってみた。

 わが子、松千代のてがみだった。

 安土へ質子として連れて行って以来、明け暮れ、忘れようとしても、つい戦陣の夢にもみる十一の子の幼い文字ではないか。

 中には、稚拙な文字と、天真爛漫な辞句で、自分の近況が書いてある。

 竹中半兵衛さまの美濃の菩提山のお城は、姫路のお城より高い山にある。冬は雪が深く、春は遅い。初めは淋しかったが、家中の人はみな私を大事にしてくれるし、家中のものの子ども達は、私の勉強のあいてに、毎日、大勢してお城のうちに集まって来るので、この頃は淋しくも何ともない。

 ――というような意味をつづり、また、末のほうには、

(わたしもお父上と一緒に、はやく戦場に出ていくさをしたい)


まるごと引用したが、それだけ感動するところだった。
ノートに貼っておきたいほどだ。

官兵衛のことを書いた箇所ではないが、半兵衛という人物があっての黒田官兵衛であり信長であり、秀吉であったことをわからせてくれる。

人はこのような人間関係というか繋がりで(最近のはやり言葉でいえば絆とでもいおうか)によって、心が出来上がり人間が完成してゆくのだなと感じる。

馬鹿正直なように生きている。愚かにも見えるが、よくぞ失敗もせずに歴史に名前の残るような足跡を築けたものだと、想像を超えて感動するが、ひとえに運というものだけではなかったのは、どこかに凄さがあったのだろうとも思う。

この後、村重の有岡城に幽閉されてしまうくだりへと続く。官兵衛という人物の深い部分を滾滾と綴ってゆく。事件が起こるわけでもなくドラマ的展開が来るわけでもない。

吉川英治はこういう進行の中での心の揺れを書くのがうまい。しかも、古典的な美文で魅了してくれる。

(読みながら切り出したところを
幾つか覚え置いておくことにします)


奮然、西を指して、

(中国へやれ)
 と、叫んだに相違ない。生涯二度と、信長の顔は見たくもないと唾して誓った
かも知れないのである。

 けれど今は──明け初めた今朝は──そういう心もわいて来ない。仄かに秋の朝となった地上を戸板の上から眺めて、

「ああ、ことしも秋の稔りはよいな」

と、路傍の稲田の熟れた垂り穂にうれしさを覚え、朝の陽にきらめく五穀の露をながめては天地の恩の広大に打たれ、心がいっぱいになるのだった。

 今、彼のあたまには、一信長のすがたも、一本の稲の垂り穂も、そう違って見えなかった。べつに、もっともっと偉大なものがこの天地にはあることがはっきりしていた。そして信長の冒した過誤へ感情をうごかすには、自分もまた稲の

一と穂に過ぎない一臣の気であることがあまりにも分り過ぎていた。

髪を地に置く

「魏の曹操のことだが。──かつて曹操が麦畝を行軍中、百姓を憐れんで、麦を害すものは斬らんと、法令を出した。ところが曹操自身の馬が飛んで麦田を荒らしたのだ。すると曹操は、自ら法を出して、自ら之を犯す、何を以て、兵を帥きいんやと、自分の髪を切って地に置いたという。……重治、これはいつか其方から聞いた話だったな」

 そして、どれ程な刻を経た後だろうか、ふと眼をさましてみると、枕元には静かな灯し火がともっているのみで、宿の者の跫音も聞えず、宿直の太兵衛、善助の影も見えず、ただ窓外の松風の声だけがひとり夜更けを奏でていた。

──水が欲しい。

 たれだっと、一喝されると、彼女のほうでもぎくとしたらしかった。ちらと、ひとみを官兵衛の方へ上げたが、すぐ両手をつかえて、

「菊でございまする……」

 と、聞きとれないほど低い声で答えた。

吉川英治 黒田如水

■□

この作品は、村重に幽閉されて1年余後に信長に再会し、秀吉にも再会して姫路城を譲るところで終わる。

文芸作品として好きです。

こういうものは物語や史料として読むのではなく、黒田如水の人物性として詩的に綴られているのだなと、読後にじわりと来ます。

大河ドラマで黒田官兵衛を扱ったものを放送していますが、全く別作品でしょうね。吉川英治は長編作家のイメージもありますが、素晴らしい短編でした。

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