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2014年4月20日 (日曜日)

「愛してる」を考えてみる ─ 穀雨篇

「愛してる」を考えてみる。

永年思い続けている事実がひとつある。それは、人が人を「愛している」とき、必ずそこに温度差がある、ということだ。

動詞は、「愛している」だけではなく、ほとんどが当てはまる。

愛している、憎んでいる、疑っている、信頼している、求めている、嫌っている、など。

私はある人を愛していた。
しかし、その人は、私と同じ温度で私を愛したわけではなかった。

好きだった。
でも、その人は、私のことを好きではなかった。

私が好きではなかった人もあったが、私以上にその人は私のことが好きだった。

憎んだ人もあった。殺してしまってもいいとさえ思った人もあった。
しかし、相手は私を憎んだわけでもなければ、殺そうとも思わなかった。

友情だって同じだ。
温度差があるのだ。

そんなもんだ、で済ませればいいのだろうが、割り切れないものもある。

人生の終焉が見えて始めてからこの温度差のことが非常に気に掛かるようになってきた。

許せない人がある。
でも、その人は私を許している。
当然、その逆の人もいる。

物理学で仕事をしてきた人生だった。
⊿T を追求してきた。

dT/dt という変化率。
私のエネルギーなのだと思うことにして、しばらく生きながら考えたい。

(写真は、全く関係なし。伊勢うどん)

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