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2014年3月29日 (土曜日)

ごちそうさん

3月29日の天声人語で「ごちそうさん」というドラマが終わったことに触れていた。ドラマのことは皆目わからないが、この言葉を聞いて思うことがひとつある。それは、「ごちそうさん」というお礼の言葉を街なかのメシ屋で使う人が少なくなったのではないか、ということです。僕らが学生のころは学生街の定食屋で「おばちゃん、ごっつあん」といえば、「いくらや、勘定して」という意味であった。ご飯を食べたらごちそうさまと手を合わせている人の姿は今も昔も同じで、むしろ、表面的なお行儀の良さや躾という点では現代人の方がいただきますやごちそうさまを丁寧に慣行しているかもしれない。しかしながら、街の食堂で見かける姿の減った理由を考えると、ヒトは昔ほどに食べ物へ感謝の心を抱かなくなったことで心から「ごちそうさん」と言えなくなったのではないか。

3月29日偕楽公園

3月29日、開花宣言のあとの最初の土曜日。

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