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2014年3月 8日 (土曜日)

三月のはじめに考える ─ 草臥れる

wahaku

▼そうなのか我が人生の草臥れて
02-12 10:01


二月の中頃にこんなことをつぶやいている。砂女さんところから「草臥れる」という言葉をテーマとしていただいてイメージしてみた。(1107

不満ばかっしを言ってきた人生だった。今もツイッターの俳句季語が詰まらないと(いや、どんどん詰まらなく変化してゆく)とぼやいている。人の悪口や仕組みや組織の不平を安々と言ってはいけないのだとあるとき気づいて心得てはいるものの、つい口に出さなくてはやりきれないことだってあるのだ。どうして面白く無いのかってのは、自分でもよくわかっている。

自分のつぶやきが面白くなくなってきた。つまり、活き活きとしていないのだ。ヒトはそうあるためには、スパイラルであろうがうねりであろうが、ともかく変化をして大事なことは上昇し続けることだ。今の私にはそれが欠けてきているからなあ。

ほんとうに草臥れているのだろうか。

▼あの人のかしげた首とえくぼ好き
▼好きな人と乾杯するための角煮かな

ちゃんとこんな作品も書いているんだけどね。

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