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2014年2月 3日 (月曜日)

二月のはじめに考える ─ 自然と暮らす

椎茸の菌打ちの様子が上野森林公園のHPで紹介されています。筆者が小さいころ、菌打ちの風景は決して珍しいものではなく、どこの農家にもあった暮らしの一齣でした。田んぼや畑や山で働く人が家族にいて、暮らしが自然とともに存在したからでしょう。自然の息づかいを感じることができました。

菌打ちや炭焼き、柴刈りなどを、学校の授業で今の子どもたちが習うのかどうか、年ごろの子がいないのでわかりませんが、農家であれば家業として親から子どもへと受け継ぐのが当たり前だったものだけに、セミナー等の力を借りて、しっかりと伝承してゆきたいものです。

幾つもの風景がうっかりしている間に消えて行きます。それらをジェネレーションギャップという言葉で片付けることもあります。もしもギャップであるならば、長い世紀を経ても簡単に縮まることはなく、それではちょっと困ります。

文明や科学が進歩し暮らしや生活のスタイルが変化し続ける限り、世代間での隔たりは生じますが、その距離間を上手に橋渡ししてやって知恵や工夫を伝えてこそホンモノの文化が永遠に続くのだろうと思います。

サイエンスやテクノロジーの発展に伴い、何ものかに包み隠されるように菌打ちや炭焼きは消えていきました。しかし、椎茸を食べなくなったわけでもないし、炭を使わなくなったわけでもありませんから、ささやかでありながらも体験を通じて暮らしとの関わり合いを学ぶことも大切でしょう。

これから世代の人が暮らしのなかにある自然の息づかいに触れ、それを育んでいくような活動が、太陽や風、水や木の持つエネルギーと共に歩んでいける手応えを掴んでくれるのだろう、と思います。

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