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2014年2月26日 (水曜日)

父という人は、怒らない、怒鳴らない……

父が長い間書き続けていた日記や大事に仕舞っていた小物、母の(妻の)小物などを燃やしてしまった事件がある。それには深い事情や理由があったのだろうが、事件を記録するという形では何も残らない。だから、私もそれ以上詳しいことは知らされていないのである。

定年を終えてから、別の会社で非正社員として働きながら年金受給を目指していた頃のことであると思う。

高血圧はジリジリと進行していた。主治医の喜多先生は若い時からのお付き合いだったので、最期の迎え方も想定しての治療だったのだろう。つまりは必要以上に苦労や心労をかけて根性で長生きをすることだけが人生ではなく、これまでに生きてきた姿と社会での位置づけなどを見ながら、さらに残される家族のことを思って治療をしてくださっていたと思う。

父はすべてを喜多先生に任せていた。

私は父が定年になる1年ほど前に、私は京都から引っ越しをしてきて今の地に住んだ。車で1時間以内である。父の傍には弟が住んでいるので、私の屋敷を万一建てる時が来たらと思い100坪だけ私のものとして、先祖から受け継いだ残りの田畑と屋敷はすべて弟に相続させた。周りには、長男だった私を気遣って形だけでも兄弟で半分ずつと考えた人もあったらしいが、私は一旦は出てきた身分だからそういうものを受け取る気はなかった。

時々、生家を訪ねて行くのだが、ちょうどそのころは家庭が一番の成長期で、自分も一番忙しい時期であり、遊びにも気が多い時期だったこともあり、あまり足を運ばなかった。そのことで母親が私に、もっと家に顔を出すべきだと叱ったが、時間がないという理由で行かず仕舞いで、父の前では終始出来の悪い息子であったわけだ。

何事も立場を逆転すれば見えないものが見えるように、この話も同じことが言える。だからそのことで多くは言及しない。

父の顔を見に行くこともそれほど多くはなく、1ヶ月に1回ほど顔を出し、夜遅くまでいても泊まることもなく帰ってきた。

前にも書いているが、酒を酌み交わして喋るということはそれほど実現されず、人生観であるとか、生い立ちであるとか、苦労話であるとかは、昔に夢に描いていたようにはしていない。

だから、私は父についてを推測で書くしかない、というわけだ。

焼き棄てられてしまった日記には何が書いてあったのだろうか。

父は、若いころから毎日毎晩、日記を書き続けている人だった。分厚い1年分の日記帳の他に大学ノートのような帳面にサラサラとメモを書いてあるのをみたこともあるが、父が何か意味を見出していたかどうかはわからない。何かを伝える意志があったのか、残そうとする意志があったのか、不明のままだ。

父という人は、怒らない、怒鳴らない、愚痴らない、感情的にならない、不用なことを口にしない、何かを主張しない、押し通さない、説教しない、などなど、そんな人であったのだ。

2014年2月23日 (日曜日)

信州ゴールデンループの「井川雨畑林道」  花も嵐もⅢ その68

2002年9月21日から22日に南アルプスを右回りに走った。

この年には天竜川沿いの山中でパティオのオフ会をやった。

明くる日に黒河内林道を走り抜けて、甲州街道を経て奈良田を通り、タイトルに挙げた井川雨畑林道を越えて浜松方面へ来ている。

その時の日記があるので、再び読んでみた。なんと2003年にも行っていたので、けっこう忘れてしまっているものなのだなと驚いた。

あのころはどんなに険しい山でも越えられるとわかっていれば怯えずに地図を頼りに走った。

道端に庚申さんの地蔵が並んでいれば、立ち止まって簡単にお参りの真似事をしてみたり、人里離れた一軒家を見かけたらストレートに感動したりしていた。(2002年の日記)(2003年の日記)

井川雨畑林道は、ほんとうはもっともっと、そして何度も何度も行きたい林道だろう。

ほんとうに峠を超えることを楽しみにし、流離うことを愉しみにするツーリストたちが、染み染みとその味を振り返ることのできる峠である。

井川雨畑の林道の麓の村、または夜叉神を越えた麓の村奈良田温泉がある。この温泉がとてもゆるい。「ゆるい」∋「ぬるい」でもある。 いつまで入っていても出たくならない温泉なのだ。

こんなことを書きながら、そういう峠が幾つも次々と私の頭のなかに蘇ってきている。

2014年2月22日 (土曜日)

猫の日のカレンダー

パン屋のレジで

(20日)
夕方から母娘で買い物に行くというので、私も同じ駅で待ち合わせ付いて行くことにした。そのため、駅でムスメを待つことになりいつもは通らないルートを通ると駅の出口のパン屋さんのレジのカレンダーが目についた。

コーヒーを飲みながらムスメを待ち、お買い物に付き合ったあとはステーキガストに寄って帰った。給料日前にお外で食事とはちょっとした贅沢であった。

2014年2月21日 (金曜日)

鰤の照り焼き

鰤の照り焼き

(21日)

お給料が出たとかそいうことはお構いなしに質素なおゆうはんだった。

木曜に買い物に寄った店でワインを買ったのを飲みながら食卓でニュースを見て鰤をつつく。

2014年2月20日 (木曜日)

中島京子 小さいおうち

中島京子 小さいおうち

先日、時間調整で駅の本屋に立ち寄ってふらりと買ってきました。

映画があるそうですね。しかも注目されているのだそうです。

今のところ、映画をみるつもりは無いのですけど、興味が出たらひっそりとみるかもしれません。

2014年2月19日 (水曜日)

春近し麦の芽見つけて ─ 雨水篇

少し前から毎朝乗る列車が変わりつつあって、今までと違い快速列車に乗っている。

これまでは、快速よりも一足早く最寄りの駅を出発し3箇所の駅に順番に止まってゆく鈍行列車だった。だが、これまでと違って一気にそこを飛び越して行くので、8分後に出発するのに数分お先に到着する。列車に乗っている時間も半分ほどだろう。

鈍行列車は、快速に追い越されながらのんびりと、途中駅でたくさんの高校生を乗せて行く。そんなノロイ列車に何故に乗っていたのか、には訳が無いわけでもないが、周りから見たら必然的に、快速の乗るようになったのには訳があった。

ムスメさんと乗り合いで最寄り駅まで車で出て来るのだが、早い話が冬が到来してムスメさんのお布団から出る時刻がジリジリと遅くなっていっただけある。

各駅停車に乗らなかくなったので寂しい思いも多かれ少なかれある。途中で乗ってくる中高生の途轍もないお馬鹿な対話や勉強話を(勝手に耳に入ってくるのだが)聞けなくなった。

そしてもう1つ、大事なことがある。車窓の景色をゆっくりと楽しめなくなったのだった。

鈍行ってのは最高速度が遅い。春から夏には水田、そのあとは大豆畑、冬は枯田、春から初夏にかけては麦畑と変化する田園風景を楽しめなくなったし、定点で写真を撮るチャンスが殆どなくなってしまった。

二月になって日に日に夕刻の日暮れ時刻が遅くなってきて、帰りに乗る快速の車窓が真っ暗闇ではなくなり、真っ赤な夕焼けに変化してきたなと喜んでいた。数日前、ウキウキ気分で夕焼けを見ながら田んぼに眼を落とすと、真っ黒の土のなかに青い芽がポツポツと出始めている。中学生の髭のように頼りないのだが、もうすぐこの田園地帯を青々と麦が覆い尽くす季節が来るのだ。

▼あの人を憎んで雨水凍りなさい  ねこ

▼一輪ざし白き吐息の恨み活け  ねこ

花を愛した人々のことを次々と思い出す。

春が近いと切ない。

2014年2月18日 (火曜日)

鯵のフライ

鯵のフライ

(17日・おゆうはん)

前日に鯵の刺身を食べたのをすっかり忘れ
鯵のフライをしてくれたツマ。

私は、このフライを食べたことをすっかり忘れ
18日のお昼に職場の食堂で
鯵のフライ・他を食べたのだった。

2014年2月16日 (日曜日)

残雪

友だちの家のカーポートが潰れた写真を見て
ただならぬ雪だったのだと改めて思う。

ふだんから何も問題なくのほほんと暮らしている自分だけに
こういうときに弱さを露呈してしまうのは悔しい。

論座を入れ替えて考える、ホンモノの力を身につけたい。

今の日本の中に沢山いる貧乏な暮らしをしている人たち。
その中には、豊かな昔からの友人たちとの付き合いや交流に悲鳴を上げたり
やるせなさを感じている人が多いという。

世代ギャップの中に埋もれて、未来をしっかりと考えることの出来ない人々も多い。

豊かさと幸せに包まれている側からは、貧者の暮らしは見えない。
優しい心をどれだけ持っても見ることができない。

だから、周囲の裕福な暮らしの人をシャットアウトして、
お付き合いや交流をやめる方向へと移動しているという。

私もその集団のひとかたまりにいる。
できれば早く安楽死をしたいと思っている。
幸せなんか何も期待をしていない。

しかし、それでは済まされない使命がちょっとだけあるとも考えている。
情熱を持ったある人が熱く語っていたのを見て、投げてはないけないと知らされたこともあるが、幸せボケしている人たちに何とか早く気づいてほしいこともある。

行動を起こせないのは勇気が足りないのか。
それだけでもないと思っているが。

2014年2月15日 (土曜日)

青山七恵 あかりの湖畔

(書き出し)
よく晴れた、夏の初めの午後だった。風がひと吹きするごとに、木々の葉先に溜まった光がしたたって歩道に落ちた。

そんなかんじで始まるのです。実は最後まで読み切る自信がそれほど持てず、どんな物語であるかが気にかかって仕方なかった。「ひとり日和」のときに感じたように、あたたかみのある静かな物語を書く作家さんとは思うのだが、揺さぶるような感情を表に出してこない作風だったような記憶があって、記憶が正しいとも限らないのに尻込みしている。

でも、読んでよかったと思っている。

まず、友だちに、女性向けかもしれませんね、と伝えた。読みだしてから同時進行で頭のなかで考えたのは、他の作家との比較で、キザで洒落た文章を書く(私の好きな)男性の人気作家のようでもなく、本のタイトルや印象から受けとる印象とは正反対の作品でありタッチだなあと思いつつ、その展開に何気なく無意識に引きずられてゆく。活字がないと生きてゆけないという友だちがいたが、そんなおバカさん向けの作品みたいかもしれない。でも、最後まで読んだらそうじゃなかった。

作家は、私の場合、男性が好きらしい。意識しているわけでもないのだろうけれど、揺れ動く激しさを上手に書く人が男性に多いのか、女性を見る男性の視線がフィットして好きなのか、自分でもあまり深くは考えていない。ただ、男性が好きという結果的なこともあって、いかにも女性の柔らかさをまとって芥川賞を経験している作家であることをどうしても意識しながら、恐る恐る読み続ける。でも、これも何も恐れることはなかったのだが。

本の装丁がこの人の人柄を捉えているのか、作品を表しているのか、優しそうな三人の女性の物語であるということが読む前から伝わってくる。素敵な絵だって思われる方も多かろう。

青山七恵さんという方の作家紹介(プロフィール)を拝読しまだお若いことを知り、ストーリーにどれほど厚みが出て、上手に複雑化されて、感動を呼び起こしてくれて、感情を伝えてくれるのだろうかと、先にも書いたようにちょっと疑い深く読んでいきました。

「ひとり日和」(芥川賞)のころよりもずいぶんと大人になられて、落ち着いて書いておられるのが伝わってくる。じっくりと考えて、書き上げるのに磨きをかけている作品となっている。そこに誠意のようなものも感じながら、後半はけっこう一気に読んでしまった。一気に読まない私が読んだという点で◎だったともいえる。

脳みその片隅に倉本聰さんの作品のような美的な情景を浮かべたりしながら読んでしまうのですが、倉本さんには追いつけないところだらけでいいじゃないか。ゆっくりと変化する自然と、幾人もの人々がお互いに触れ合ってときにはぶつかり合って心を擦り合わせながら、そしてすれ違いながら、けっこうリアルっぽい面も保ちつつ、小説なのだからというようなある種の安心感も伴い、物語が展開する。

新聞小説だったという先入観はプラス働いて、かつて宮本輝の海岸列車を読んだときのような揺れて染みこんでくる感情の伝わりも感じ(輝さんの作品ほどに☆付けないけど)第3コーナあたりは、少し下手くそに揺れ動きながらまとまってゆく。

やっぱし、女性の作品なのだなと感じるのは、表紙にも並んでいる3人姉妹の(絵の素晴らしさも絶賛しながら)それぞれの気持ちの表現で、男の私にはわからない所も多いけど、きっとこれがこの人の人柄のもつ優しさなのだろうと思ってしまう。

この人はいつか超一流になるためにはそこから抜けださねばならない。そう思います。この作品のような物語を、あるいはこの作品をドラマで、しかもそれはラジオドラマにあるような空想的で余韻のあるもので味わってみたいと思い浮かべながら、最終章あたりを読んでゆく。

小説とは、何気ないものを、何気なく、それは架空とわかっているのだけれど、愉しませてくれるものであって、毎日少しずつ読んできた人々はとても幸せに浸れたのではないかと想像する。

青山七恵 あかりの時間

2014年2月14日 (金曜日)

チョコ

早朝から雪が降り始め、
20年ぶりというような積雪となった。

そんなわけで、

朝は、遅れる電車を乗り継いで職場まで辿り着く。

しかし、昼間も衰えることなく雪は降り続き、大雪警報も出たらしい。
一部の会社では、仕事を切り上げて早々に帰宅したところもあったようだ。

出勤時間が少し過ぎたころに、
近鉄電車の架線事故やら踏切事故のニュースが飛び込み、
ただならぬ様相となってきて、
さらに夕刻が近づいても架線事故収集の報道は入らない。

夕方まで続く列車の不通事故に気を揉みながら、
ムスメと連絡を取り合い、
なんとか二人で駅で落ちあい、列車に乗る。

不通になっている列車の行き先が次第に延長され
ほぼ全線復旧となるころの電車でいつもの駅まで来て
何とか家まで帰って来ることができた。

チョコ

(全国的に大雪で、広い範囲で災害の報道が後になっても続く)

2014年2月11日 (火曜日)

から井戸

から井戸へ飛そこなひし蛙かな   上島鬼貫

寒さは一番厳しくはあるものの確実に春の手応えのようなものを感じる。そう思わせるのは太陽の光の逞しさであろうか。

「古池や蛙飛びこむ水の音」というおそらくすべての人々が知っているのではないかという芭蕉の俳句が、読者に強烈に余韻として投げかけた「音」というものを私は想像していた。

+

音として響かない音と逞しい光が、春にはあるのではないか。そんなぼわ〜としたことを日向ぼっこの陽だまりで考えているときに、鬼貫の俳句が記憶から蘇った。

ここには音はないのだが、耳を澄ませば聞こえる。
井戸は「から」でなくてはならない。

2014年2月 9日 (日曜日)

白河ラーメン

(29日にムスメが職場でおみやげにもらったラーメン)

ラーメンのおみやげ

2月8日。
全国すっぽり雪のなか。

お昼にラーメンを食べました。
このラーメンがおいしい。

ふたたび、東北ラーメン紀行に出たくなった。

2014年2月 8日 (土曜日)

青山七恵 あかりの時間

久々に青山七恵さん。

図書館でかりてきました。

青山七恵 あかりの時間

感想は読み終わったら、ふたたび書きます。

2014年2月 4日 (火曜日)

明日から良い子になるわと嘘をつく ─ 立春篇

いつも悪い子である。演技をしてきたわけではないが、悪い子のレッテルをもらって五十年以上を生きてきた。

叱られて、棒でシバかれて、足首が腫れ上がり黒沁みができても、二三日すればもとの黙阿弥で腕白坊主の悪たれな倅であった。

悪たれと悪い子は、ここでは少し違っている。

親に反発し、社会に盾突き、流れに逆らって、生きてきた人生も、もはやここまでと観念しかなり柔軟になって反省をする昨今だ。

節分に追い出された鬼は、何処に逃げてゆくのだろうか。追い出された鬼たちが集まって反省会をする場所が必要ではないか。

世の中には悪が満ちている。質が悪いのは、「自分のことを正義だと思っている悪」であろうが、論座が逆さまになれば話も変わる。

いかにも正しい情報が、堂々と飛び交い、いつの間にか正当になっていることが多い現代の情報合戦社会で、惑わされずに生き抜ける人は少ないだろう。

しっかりと掴んだ幸せ豊かさ気分を手放すのが怖いのだろうと思う。原発云々のことだって、それよりも切り離して、新しいエネルギーに目を向けている世界各国の取り組みを知ろうともせずに、ハナから無理だとか夢物語だと言っている人を見ると(その愚かさ加減に)、ニンゲンは今の自分を守り通す本能を持っているのだろうと切実に感じる。

ヒトの心とは無関係に、自然は自己変動を繰り返す。異常気象、地殻変動など、それらは大きな災害をもたらすけれども、いいことだって少しはくれる。

たった一日二日ほど日が短いだけで……という日記を二月の初めに書いたのだが、ヒトの感覚とはそのように当てにならないけど逞しく生き抜くパワーをも備えている。

30日の月があれば31日の月もある。28日もあり29日のときもある。一律30日にした古代エジプト人の着想は素晴らしいけど、凸凹なカレンダーにした現代人もおもしろい。

人生は凸凹で、友情も凸凹だ。

ボクが気にかけているときはアイツは知らんふり。それでいいよ。

立春

2014年2月 3日 (月曜日)

二月のはじめに考える ─ 自然と暮らす

椎茸の菌打ちの様子が上野森林公園のHPで紹介されています。筆者が小さいころ、菌打ちの風景は決して珍しいものではなく、どこの農家にもあった暮らしの一齣でした。田んぼや畑や山で働く人が家族にいて、暮らしが自然とともに存在したからでしょう。自然の息づかいを感じることができました。

菌打ちや炭焼き、柴刈りなどを、学校の授業で今の子どもたちが習うのかどうか、年ごろの子がいないのでわかりませんが、農家であれば家業として親から子どもへと受け継ぐのが当たり前だったものだけに、セミナー等の力を借りて、しっかりと伝承してゆきたいものです。

幾つもの風景がうっかりしている間に消えて行きます。それらをジェネレーションギャップという言葉で片付けることもあります。もしもギャップであるならば、長い世紀を経ても簡単に縮まることはなく、それではちょっと困ります。

文明や科学が進歩し暮らしや生活のスタイルが変化し続ける限り、世代間での隔たりは生じますが、その距離間を上手に橋渡ししてやって知恵や工夫を伝えてこそホンモノの文化が永遠に続くのだろうと思います。

サイエンスやテクノロジーの発展に伴い、何ものかに包み隠されるように菌打ちや炭焼きは消えていきました。しかし、椎茸を食べなくなったわけでもないし、炭を使わなくなったわけでもありませんから、ささやかでありながらも体験を通じて暮らしとの関わり合いを学ぶことも大切でしょう。

これから世代の人が暮らしのなかにある自然の息づかいに触れ、それを育んでいくような活動が、太陽や風、水や木の持つエネルギーと共に歩んでいける手応えを掴んでくれるのだろう、と思います。

2014年2月 2日 (日曜日)

傘差せばスターになれそうに二月始まる

たった一日二日少ないだけでとても短いような気持ちになってくる二月であるが、そういうところに奥ゆかしさや寂しさのようなものを感じてしまい、まだ寒のさなか、風も冷たいにも関わらず憎めないのである。

だが、三日四日と数えれば立春になる。春になったら新しい自分に心を塗り替えてもっと溌溂にありたいものだと願う。

御機嫌がいいからといって昔のように多めの晩酌をすることもなくなって、もう一杯呑みたいと思うところに旨さありと自分に言い聞かせている。言い聞かせながらそのころのように反発心も湧かず、自分で自分のその上手さに拍手を送っている。

そうこうしている間に二月一日も終わってしまい、二日の朝は夕べから雨が降り出して、夜明けのころはけっこうな本降りだった。雨といっても氷雨のようなこともあれば、冬であることを忘れさせてくれそうな雨のこともあって、三寒四温の中に交互にこの冷たい雨と優しい雨が混じっている。

今朝の雨は、優しい方の雨であった。咲き始めた梅のつぼみを穿って飛び回っていたメジロたちもきょうはどこかで雨宿りをしていることだろう。

休みであれば、雨降りにツマが仕事に出かけるときに必ず車で送る。

庭に置いてある車まで玄関からひとっ走りなので、よほどの雨でない限りは傘をさしては行かない。きょうもいつものように小走りにドアの前まで走ったのだが、冷たくない雨のしずくをかぶりながら、もしかしたら傘をさして背筋を伸ばして玄関からピョンピョンと庭石の上を跳ねてみたらスターに気分になれるかも、などと考えた。

 ▼ 傘差せばスターになれそうに二月始まる    ねこ

そんな阿呆なことを思い浮かべてしまうような御機嫌な雨降りの朝だった。

1

(写真:ムスメの卒業式のころに北野天満宮にて)

春という季節

(そっとここに記事を残しておきます)

▼夜明け前の住宅街を、新聞配達のバイクの音が走り抜けてゆきます。寒い朝、いつも同じ時刻に遠慮気味に配ってゆかれる方、ご苦労さまです。今の家に住んで二十数年、私は目覚まし時計を使うのをやめて、代わりにこのバイクの音で目を覚ます暮らしをしています。寝静まった路地に花の香りが漂う季節になりました。▼小4から小6まで、山間部の小さな集落で新聞配達をしたことを思い出します。早起きはもちろん、寒い朝や氷雨の降る日は本当につらい仕事でした。父が一緒になって配ってくれたものです。▼その後の東京で過ごした大学生時代はグウタラで、ジンチョウゲや梅の香る季節に落第覚悟の進級発表を見に行ったこともありました。事前にジンチョウゲを見ると落第するというジンクスがあるそうですが、結果はやはり落第。▼「倍返し」という流行語が昨年話題になりました。私の場合は、入学の時と卒業の時とで友だちの顔ぶれが違ったので、友だちの数は「倍返し」でした。長い人生、考えようによっては幸福なことです。▼そういうわけで、私にとって春という季節は何となく身を引き締め直す季節でもあります。──────(朝日新聞・声)落第したら友が2倍になった/2014年2月1日


(投稿原文)

夜明け前の住宅街に新聞配達のバイクの音が走り抜けてゆきます。寒い朝、いつも同じ時刻に遠慮気味に配ってゆかれる方にご苦労様と伝えたいです。

今の家に住んで二十数年、私は目覚まし時計を使うのはやめてしまいました。代わりに朝刊のバイクの音で目を覚ます暮らしをしています。

山間部の小さな集落のことでしたが、小4から小6まで新聞配達をした経験が私にはあります。早起きはもちろんのこと、寒い朝や氷雨の降る日はもっと辛いものでした。父が一緒になって配ってくれたのを思い出します。

未明、バイクの音を聞きながら、寝静まった路地に花の香りが漂う季節になりつつあることを思い、新聞少年時代を回想しておったのですが、東京で過ごした大学生時代はグウタラで、沈丁花や梅の香る季節に落第覚悟の進級発表を見に行ったこともありました。

「倍返し」という流行語が去年の話題になりました。私の場合は、入学の時と卒業の時とで友だちの顔ぶれが違ったので、友だちの数は「倍返し」でした。長い人生、考えようによっては幸福なことです。

進級発表の行き道で沈丁花の香りに出会うと落第をするというジンクスの話を思い出します。「サクラサク」という電報も「落第」という言葉も今や伝説的と思いますが、私にとって春という季節は寒さに身を引き締め直す季節でもあります。

2014年2月 1日 (土曜日)

知者樂水仁者樂山

子曰、知者樂水、仁者樂山、知者動、仁者静、知者樂、仁者壽。

子曰わく、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿し。(いのちながし)

知者(ちしゃ)は水を楽しみ仁者(じんしゃ)は山を楽しむ

「論語」雍也篇に記されているという。

知者が物事を円滑に処理するようすを、水が1か所にとどまることなく流れることにたとえ、仁者が欲に動かされず天命に安んずるようすを、不動の山にたとえている。


「仁」を調べている時に出会った言葉です。

写真日記(平成28年版)

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京都日記(平成27年春篇)

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