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2014年1月25日 (土曜日)

寒月

気まぐれに砂女さんをよむ。

寒月の足が覚えてゐる坂道   砂女(1096)

大寒のときの月が何かを蘇らせたのだろう。思い出したくないこともあれば、ふたたび再現したいことだってあろう。忘れていたことが期待はずれに呼び戻ってきても心はときめき、あるいは沈むこともある。

私など狭苦しい世界で生きているニンゲンは、忌々しことばかりに泣き笑いをし、世の中の悪が素早く滅びればいいと思うものの、しかしながら、それには痛みと犠牲を伴うことが世の常で、それでもと強くは言い難い面もあり、怖気づいて居るだけである。

+

砂女さんがブログに書いている博物館は、正しくは「民族学博物館」。私が東京を棄てて(諦めて)京都のオ社に就職を決意をした動機が、京都大学の偉い先生方の書物の影響で、今西先生とか梅棹先生とか、そういう方々の熱のある報告や書籍を読んでいると、居ても立ってもいられないと感じたからでした。何ができるわけでもないのですが、ともかく京都に行こうと考えて会社を選んだことを思い出させてくれるのが、この民族学博物館です。京都に住んでいた10年足らずの間にはせっせと通いました。

民族学博物館にひとたび足を踏み込めば、ニンゲンの純粋なる姿が手に取るように見えてくるような気がするのです。現代文明がアホで愚かなものにまで感じられて、限りなく原始人に近いような暮らしで、真剣に祀りに打ち込んで、神とともに生きていく人生であれば、これほどまでに欲に満ちた日常などなかったのにとさえ思えます。なんどでも行きたくなるたった一つの場所かもしれない。

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さて砂女さんのお月様。

そこには坂道があって、何かの用事で先を急いでいたのか、用事を済ませて逃げるように帰り道を急いでいたのか。(悪いことも良いこともみんな)「お天道さまが……」(ご覧になっている)というようなことを言いますけれど、そこには、静かでニコリともしないお月様がいたのでしょうか。

月はどこまで行っても無言で、昨日ポロリとついてしまった嘘や見栄も、お見通しのようなところがあって、俳句でそっと懺悔している。(それは私の場合ですけど。)

ひとりで見上げる月であるから、徹底的にひとりになれる。ヒトは自分に嘘は付けないのだから、時にそういう自分に成り戻りたいという願望もあるのでしょうか。

あの晩に月が照らしたあの人の赤いマフラーはモノクロに見えたのに、記憶が舞い戻って来たときには真っ赤になっている。そこだけ赤く、それが辛い。

ヒトの脳みそってのは勝手なものだとつくづく思う。

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