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2013年12月 6日 (金曜日)

続・信州ゴールデンループ  花も嵐もIII その65

終楽章というカテゴリーを作って、「その64」からこちらに書いています。信州ゴルデンループの話を少し続けます。

◎◎

ツーリング雑誌がバイク雑誌のコーナーにあふれている時期がありました。
それまで私は雑誌を読みませんでしたが、さすがにみんなの様子を知りたくてパラパラと見ました。

確かに良い記事もあったのですが、私にしたらツーリングをやがて破壊してしまうような、バイクツーリストの基礎を奪い取ってしまうような記事に見えて、このような雑誌から遠ざかってしまった。

写真が多かった。バイクツーリストの旅情を刺激する写真が多かった。しかし、これも、旅の愉しみを奪いかねない危ない味を持っていました。私自身がその写真に魅了されてしまうと、瞼に描く旅のいざないを失いそうで怖かった。

◎◎

地図を見て、この峠やルートを走りたいと思って、見知らぬ街を通り、何も情報を持たないで峠を超えてゆく。それがバイクツーリングの味わいだと思っていました。雑誌で写真をみてしまったら、美味しい料理を食べる前に批評している人の話を聞くような感じです。

天竜川沿いの数々の峠は、まだあのころは俗化された雑誌にのっていなかった。あんな荒れた国道を走って楽しむ人は、雑誌に情報を発信しないで、旅先で出会った人同士で情報を分かち合っていた。

天竜川から大井川、そして安倍峠へと峠を越えて行くときも、こじんまりしたバイクフォーラム(FBIKE@nifty)の囁きあいの情報だけで未知なるルートへと出掛けていけました。

今のこのあたりで昔のようなツーリングが楽しめるかどうかはわかりませんが、あのころは私だけの素敵な峠であり、私が見つけた鄙びた山村であり、野営場所であり、B級グルメでした。

あのころは、いわゆる現実からの逃避を試みようとしている自分があがいていたので、ゴールデンループは私の癒しの場所だったのでした。

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