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2013年10月 9日 (水曜日)

ふるさとの柿はどちらも豊作で

庭にて、柿

私が中学生だったときに父が日曜大工で我が家の庭の一角に2階建ての離れを建てた。1階にはシャッター付きのガレージと6畳間、トイレ、井戸があった。2階には4畳半と8畳間があってベランダもついていた。もはや日曜大工というレベルではなかったのだが、40年ほどみんなに愛されて、このたび、取り壊して更地にしてしまった。

その一角に大きな柿の木があった。たーちゃんの柿と家族で呼んでいた。おそらく、叔父さん(たーちゃん)が就職したころに植えた柿ではなかろうか。

その叔父はいま脳梗塞で倒れてリハビリ療養中である。

数知れずこの地に帰り、遠き時間に思いを馳せ、止めどなく生家を想い続けたふる里の柿の木に、その叔父の名前をつけて父(自分の兄)が呼んでいたことは本人も知らないだろう。それを知る人は、今では母と私くらいになってしまった。

人が年を経て滅びていくことは人類の宿命であるから仕方のないことだ。しかし、忘れられてゆくことをすべて認めるのは辛い。

それと何よりも、豊かさに満足した多くの人(社会)が(自分たちの幸せばかりが大切で)、忘れてはいけないものを分別する力を失ってしまっていることが悲しく寂しい。忘れてからでは取り返しがつかない。

歳月人を待たず。

ふる里に残った柿は残すところ1本である。次は誰の番だろうか。

--

(砂女さんの歌から)
盗む子も啄む鳥も絶ゆ柿の如く実れる重きししむら

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