2018年1月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ

« 捨てるべき思い出 | トップページ | 夜もふけて障子を閉める音に秋 »

2013年9月 4日 (水曜日)

てるてる坊主

竜巻が猛威を振るったニュースをあくる日の新聞で読んだ。遠い東の地方での出来事であっても、わたしたちの列島の何処かで同じことが再び起こることは十分に有り得る。

わたしは新聞で見たのだが、テレビのニュースやインターネットで見た人のほうが多いだろう。電波の届くところには瞬時に広まることで、わたしたちは同じ過ちを繰り返さないように知恵を絞ることもできるし、被災した人たちに支援をすることも出来る。

電話やファックスがない時代は、伝令が走って知らせたのだろう。人が駆けたこともあるし、人馬を飛ばしたときもあろう。

情報を伝達する電気というものは、大昔に得体のしれないものとして知られていたものの、その正体が見え始めるのは昔でいうと戦国時代であった。もちろん電気の概念が見え始めただけで、それで情報通信をするということは夢にも見ない。

情報通信というものは人々の暮らしを大きく変化させるものとなり、最初のころには「情報」という漠然としたものは概念として把握しておらず、情報こそが通信されるのもだと社会が(無意識に)気づき始めて、二十世紀になって画像情報の電送(伝送)などで有効に利用(悪用)されてきた。

戦争をするにも天気を予測するにも不可欠なもので、わたしの母校もわたしの卒業した学科も「電気通信」を先駆けと考える若人が集った時代があった。

それでご飯を食べさせてもらってきたにもかかわらず、情報拡散の技術革新が社会をダメにしたと言い続けている。正確には技術の選択を誤ったため……というのが正しいのだが。

□■
■□

遠いところで恐ろしい竜巻というものが起こったらしい。神様のお怒りだそうな。

そうか。東の国には恐ろしい神様が居るそうじゃのお。

バチの当たるようなことをしておったら、いつかは自分にもバチが当たろうな。

雨も降らんのう。これも神様の怒りかのう。

そうじゃろうなあ。

□■
■□

竜巻が発生しそうでも(発生してしまっても)科学技術で状況を予測判断して災害から逃れることが出来るのは科学技術のお陰です。しかし一方で、頻繁に発生するような異常気象をもたらすようになったのも人類の都合によるものです。

人口が一部の地域に集中し、便利さの追求のために交通が整備され、商業施設が充実し、「豊かさと幸せ」感を満足させるようなモノが溢れ、ものづくりから形のないものづくりへと技術が移動していきました。

おいしい、愉しい、感動する、悲しい、嬉しい、快感などの刺激を満たすものが身の回りに溢れて、不便・不快、醜い、汚い、イラつく、喧しい、痛いなどが消えていきます。

1円や5円の硬貨をゴミ箱に捨てる人は今のところ殆ど見かけませんが、その貨幣相当で買った紙切れ、水、電気、エネルギーなどは意外と簡単に無駄に捨てています。情報という形のないものや価値という得体のしれないものにもお金を注ぐし、そんな考え方が確立できていっそう社会システムが複雑になっていく。

てるてる坊主を作ったことをブログに書いている子がいました。

占いとかお祈りとかお百度参りとか。そういうものって、もうどうしようもない行き詰まった状態になって、親友にも偉い先生にも打ち明けても助かる見込みが無いようなときに、そっとひとりでその扉をノックするものです。そこには神様がいてこちらを見てくださっている。

情報通信の技術って、やっぱし、神様を奪った悪人の側面を持っている。

ずっと前から「工学者よもっと哲学者であれ」と言い続けているけど、わたしも力尽きそうです。

« 捨てるべき思い出 | トップページ | 夜もふけて障子を閉める音に秋 »

【雷山無言】」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/46088/58125572

この記事へのトラックバック一覧です: てるてる坊主:

« 捨てるべき思い出 | トップページ | 夜もふけて障子を閉める音に秋 »