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2013年8月15日 (木曜日)

脳梗塞 その6 ─ 向きあう人たち

▼現場の所感

医療や介護の立場で、職業としてこのような人と接している人々は、どのように感じているのだろうか。冷静な視点で見つめながらも、実態をどのようの捉えているのか。また、実態をどのように変えていくべきか、という所感があるに違いない。そこを聞きたい。

▼身内の人

身内は大変でしょう、というようなお涙頂戴だけの言葉じゃ済まされない迫った現場にいるのだと思う。ニュースの一面では、病気の妻/夫を殺してから自分も人生を断ったというような例も珍しくない。その現実の重みは、このような特殊な状況であるだけに封印状態なのだろう。生きていくためにはお金がいる時代になっている。さて、実態とその心理が気に掛かる。金のない貧乏人は、自殺するしかないの?死ぬ動作さえ出来ない人は?

▼他人の視点

現代社会。椅子取りゲーム的な生き方をして、生き残れば勝ち組であると考えたり、潜在的に自分が助かればラッキーと考える時代です。健康福祉に対する行政の姿勢の転換も手伝って十年余前から、一部の人達の暮らしは地獄になっているのではないだろうか。しかし、「私には関係ないよ」という人たちの視線は冷たく、そのまま政治改革に反映されていく。不公平やアンバランスが放置されすぎていませんか、と問いたい。

▼本人の心

倒れた本人はおそらく誰にも理解してもらえない苦しさと悔しさに満ちた毎日を送っているだろう。その人達にとれば、毎日という感覚よりも刻々と過ぎる時間をどう送るのかさえ苦痛なのだろう。誰も本心を聞き出せない。それは、認知症の人の心の奥に潜んでいる叫びを穿り出すのとも似ている。

▼医学や医療の現場

脳科学者が体裁よく注目を浴びて、ええカッコして、いかにも科学は凄いというアピールを見るたびに、もっと泥々した部分にもメスを入れろと思う。素人の想像の話だが、心と脳細胞は直結しているのだろうから、探り出せなくなった人の心の変化を読み出すなど、もっと現実的なことを考えれば、身体の動きや言語を失った人から、視線や視点、身体の微妙な動きや反応をセンシングして、それを表現力に変換するなどをすれば、幾つかの感覚や動作を失った人であっても、目線でパソコンが操作できたり文章が書けるようになるなど、感情表現が可能になるだろう。きっと、そんな研究は進んでいるだろうけど、届いてこないのは何故なのだろうか。

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