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2013年8月 2日 (金曜日)

百田尚樹 永遠の0

偶然に百田尚樹という人がTVに写っていて、TVを見ない私が食後のテーブルでたまたまそれを見ていたことで、この人の作品づくりに興味が湧いて読むことにした。何でも良かったが、記録調査の内容からこの作品を選んだ。さて、どこまで文学を味わえるのかと期待をして読み始めた。
 
映画になるのだそうで、決定しているのか完成しているのかまでは知らないが、そのことが読書熱を大幅に冷ましてしまって、読むのを中断するかどうかも悩んだが、話題なのだからと思って映画のことは想像しないことにして読むことにした。しかし、一旦耳にしてしまったので、イメージが頭のなかに私なりに映像として出てきてしまい、それと並行して物語を読み進めてゆくことになる。これは仕方ないことだし、悪いことでもない。ただ、活字を強烈に受け止めているときは、頭のなかに浮かぶ映像は映画のような鮮明なものではなくもっと単純化されたものであることが多く、何者かに刺激を受けて作られたイメージ(像)があると想像を妨げることにもなる。そんなことを思いながら冷めていってしまったわけであるが、残念だけど仕方がない。
 
ただ、百田さんは素晴らしい作家で、これは百田さんにしか書けないし、百田さんにしか掘り起こせないものであったと高く評価をしたい。構成もいいし、展開も素晴らしい。惹きつけるものも備えている。だから、誰もが合格点をつけるんだろうと思う。
 
戦場という限定された場所で同じ時間を過ごした一刻を語るヤクザの爺さんが残された祖母と大いに繋がりがあったり、その祖母を新しく愛する人が死を分け合った戦友であったりする点は、物語の大事なところなのであり、例えば2時間枠の映像芸術であれば星5つを迷わずにつける構成であるところなのだろうが、文芸である以上、何か目の見えざるものに勝てないギャップのようなモノがあるのも事実だ。
 
だから(正直に白状すると)読みながら、映画にするんだったら小説なんかにしないで初めからシナリオの本にしても良かったのではないか、と考えた。くどくどしく戦後文学のように書いても、ドキュメントでもないのだし、純粋な自伝や伝記でもないのだし、その時代の人間が綴るわけでもないのだから、何というか、私にしたら味気ない中途半端な文学作品に捉えてしまう。
 
映画にして、素晴らしい監督やキャストに出会えれば、戦争の記録を控えめにして文学性を加味して、多くの人にインパクトを与えることのできるいい作品になると思う。
 
そういうわけで褒めもしないで貶しもしないのだが、同時ころに再読をし始めた林芙美子の放浪記に星を五個つけても、この作品には三個しか付けられないのは何故だろうか。 続けて百田作品を読み漁ろうという気持ちにはなれず、読んでいる途中から次はしばらく読まないだろうと思わせた点は何だったのか。
 
百田尚樹 永遠の0
 
戦中文学として多くの作家が、あの戦争の様々を題材にして書き上げてきた勢いや情熱の凄さは、その泥臭さと、泥の中を生きている人の顔の皺の中までも染み込んだ生きることへの叫びや悲しみを、映像を飛び越えて活字で綴り続けたことの執念ではなかったのか、と思う。
 
現代が記録として十分な資料を揃えて揺るぎない再現を試みても、もはや、60年以上の隔たりは埋めることができなくなくなってきている。 つまり、ナマの戦中文学はもう誰も書くことが出来ないのだということをこの作品が実証したのかもしれない。

(別のレビューで書いたことを足すと)

★★★
まあ、真夏に読む1冊だろうか。SNSではすごい勢いでレビューが投稿されている。それを見ながら、仲間に入るのは嫌やなあと思いつつも、書き留めておくというけじめは必要だろうと思い書き留めた。 映画も見ないと思う。 もう一回読むこともないし、同じ作家を連続して読むこともない。
 
同じように映画になった作品で2作ほど思い浮かべると
・赤い月
・赤目四十八瀧心中未遂
がある。 こちらも私は映画を見ていない。 映画を見る必要もないし、見たくもならないほどに作品に芸術性があふれていた。
 
脳みそが 永遠の0を読んで枯れたので 芸術性を求めるために 放浪記に戻ることにした。

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