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2013年7月31日 (水曜日)

高虎ドッグへ

高虎ドッグ(ランチ)

のんびりのvol.5が読みたくて、高虎ドッグに行って来ました。(31日)

2013年7月30日 (火曜日)

稲の花咲いてお父うと畦をゆく

7月30日 (火)

お米をもらいに家に行ったら、冷蔵庫にスイカがあったので半分に切ってお匙ですくって丸ごといただいた。
今年、初スイカだった。

子どものころは、一個丸ごと食べたものだが、このごろはそんなこともしなくなった。

畑で収穫するから、お店に並んでいてもどうしても買う気になれない、というのは仕方ないことかな。

母に
「なんばは?」
と聞いたら、
「二三日前に全部食べた」
と言われた。

「今度来るときは、新米やで」
とも言われた。

もっと頻繁に家に顔を出しなさい、
というお叱りのようであった。

┘┛
┛┛

すいか

┘┛
┛┛

稲の花が咲くころに水田では農薬の散布をする。
そんな当たり前のことを、先日近所の田んぼのなかをウォーキングしていて思い出した。

田んぼの匂い。
稲の花の匂い。
農薬の匂い。

日暮れの水田一体には農薬の匂いが立ち込める。今の時代は事情も変化してそんな光景も見かけないし、そんな農薬も使用しなくても済んでいるのかもしれない。

農家の人々がカンカン照りの暑い日に田んぼに出ているのを見ると、働き者だったお父うのことを思い出す。

日が暮れて小屋に帰ってきてからも、器具の手入れや片付けで忙しくしていた。

┘┛
┛┛

歩きながら考えた。
ぼんやりと雲など眺めながら歩いていることなど、あの人には想像も出来なかったことだろう。

あの人が苦心して作り上げた田んぼの稲の花が咲いている。あと1ヶ月で収穫だ。食えば他所のコメとは格別に味が違って旨いと誰もが言う。(ビールの銘柄判別よりも簡単にわかるほど)旨いらしい。

農業をしたいと思ったときは手遅れだった。人生で後悔をすることの中ではそれが一番かも知れない。

2013年7月29日 (月曜日)

カレーがもらえたん(歓)

つなガレー

27日 (土)

私にはあまりわけがわからないのだが、
ソフトバンクの店に行くともらえるということで、
電話を見せてもらってきました。

このワンコは、ソフトバンクの何かのマークなんか。
宣伝に出てくるんだそうですが 見たことないのよ。(宣伝)

実は、これをもらった直後にiPhoneの電源ボタンが壊れるというトラブルが発生した。
まあ、ボタンは壊れたままですが、買い換える気もない。

毎月5800円くらいの払いが続いているけど、iPhone5に替えたら1000円はアップするだろう。嫌や。ボロでもええ。

 

カレイのから揚げ

きょう(29日)のお魚は、カレイのから揚げ。

夜は鯖を焼いてくれるそうです。
ネコにしたら嬉しい限りです。

2013年7月27日 (土曜日)

ブリと餃子

(26日)

夕食は餃子になるような予感がしたので、お昼にお魚を食べました。

ぶりの照焼。紅生姜が大好きで、多めに盛っています。

ぶりの照焼

先日、餃子が食べたいとポロリと言ったら、覚えていてくれて、きょう作ってくれました。

30個ほど作ったので、フライパンで一度には焼けず、2度に分けました。

餃子

2013年7月25日 (木曜日)

盛り合わせとイシガレイの竜田揚げ

きのうの一魚は、スーパーのお寿司の盛り合わせ。(24日)

24日はおじいさんのお見舞いに出かけて帰りが遅くなったので、
母とムスメはスーパーで済ませました。
私へのおみやげは、盛り合わせでした。
 
いつも食べてしまってから、
どんな盛り合わせだったか忘れているので
今回は記録に残そうと思って撮りました。
 
盛り合わせ

 

25日 (木)

お昼の食堂できょうの一魚をクリアしました。

イシガレイの竜田揚げ

2013年7月24日 (水曜日)

大暑の夜に考える・怒りのやり場 ─大暑篇

▼目の前の幸せ
政治だけではなく、旧友たちとの付き合いにも不活性な面が噴き出している。月並みな言い方だが、他人などかまってられないのだ。目の前の幸せを逃さないために生きてゆくのが精一杯なのだろう。
永年の友人たちとも季節の挨拶ですら途絶えがちで、電子メールに返事はない。電子であるから乾いているのか、人と人との繋がりが乾きつつあるのか。
 
▼怒りのやり場
世の中が燻っているのは、TPPや原発や憲法改正に反対の気持ちを持ちながら賛成の党に何らかの形で協力した人への不信や不満や失望が、ドロドロとしているからだと思う。賛否善悪は別としてそういう意思表示が許せないのだと思う。
 
▼朝から高テンション
毎日、出かける支度をするときの家の中は戦争のようだと言った知人がいた。近ごろ、ムスメの出足が遅く、車を乗合いで駅まで行く私にしたら列車の時刻が気にかかる。朝に1分1秒でイライラするなら前夜に早く寝るなどの策を講じてほしいというのは私の希望であるが、その希望を言葉にすると朝からテンションの高い人だとナジラれる。
 
▼アクセス頻度、コメント頻度
フェイスブックなどのいいねやコメント頻度のことが話題になった。1時間に何度も確認する人もいれば1週間ほど放置の人もある。書かれている内容に無反応の人もあれば、助詞の間違いまで気に掛かってすぐ直そうとする人もある。「温度差」のところでも書いたが、人にはそれぞれの熱さがある。強要も出来ないし、同化も出来ない。波長が合わないからと言って切り捨てないものであるが、簡単に切り分けてしまう人もある。一種のデジタル化現象なのだろう。上手に付き合うのはなかなか難しい。
 
▼一周忌
ツマの友だちは、去年の3月に癌にかかり、ちょうどその年の夏亡くなった。結婚式のときに1度会ったきりの人だったが、ツマは仲のいい友だちだったので何度も京都で会ったり子どもの情報などを交わしたりしていた。大学時代のクラスメイトであるから55歳を直前にしてのまさかの突然死だった。何の準備も出来ずに、短い時間に残す人たちへの不安を思い、どうしようもないほどの後悔と無念に満ちた夏であっただろう。
奇しくも、人生でこの時期を迎えるとき、友人たちや家族、親戚や遠戚も含めると覚えきれないほどの人たちが世を去るのを送らねばならない。夏とは哀しい季節だ。
 
▼襲い掛かる反省
私には、私を偲んでくれるような実績もなければ魅力もない。亡くなったらそれで終りとなるのだろう。まあ、それでいいのだ。
亡くなった人をお盆に迎える人々の声に耳を傾けるとき、人は死んでしまってからもいつまでも大事にされるような人物であれることが最も喜ばしいことであると思う。
 
▼畏れ
真昼の照り返す暑さのあとの日暮れがもたらす一時の涼しい風に喜びを感じ、やがてそれが凪いで、仏壇に灯る明かりも仄かに揺れる時刻なる。昼中のざわめきも静まっている。
仏壇のある畳の間に無言で座ることも少なくなった。目に見えない神を畏れなくなっている国民像が、選挙のあとに浮き上がってくる。
 
▼永遠の0
7月7日七夕さまの日は、私の叔父がサイパン島で玉砕をした日だった。父が生きていたころから母は必ずその日にお墓にお参りをし、暑くて茹だるような夜にその時代を回想している。
永遠の0という本を読み始めたのは偶然で、映画化になるので注目なのだとムスメが教えてくれた。
私の叔父は、海軍の志願兵で出生して数ヶ月後にサイパンで散っている。「サイパン島で死亡」と書いてあるのが辛うじて読み取れる古文書のように色が褪せた虫食いだらけでビリビリの1枚の紙切れだけが残っている。母はそれを大事に私も知らない場所にしまっている。

2013年7月23日 (火曜日)

質素に一魚

盛り合わせ

シイラのフライ

クレアチニンが最高値に達したので、兎にも角にも食事を質素のしようと決めた。

お腹まわりを自分で計測して、これでもか!と思い切り大きくして測るようにして、max計測時より3~4センチ少なくなった。私にしたら誤差であるもの、少しずつチャレンジしていこうと考えている。
 
そういうものの、一日一魚は永年の習慣なので、きょうもお魚を齧らねば終われない。
 
21日には鰻を一切れ食べた他に刺身の盛り合わせもいただきました。
22日の夜はカレーと聞いていたので、お昼の食堂でシイラのフライを食べた。
 
タバコやお酒は簡単にやめられるが、お魚は難しい。

2013年7月22日 (月曜日)

温度差 その2

温度差のことを考えながら堂々巡りをしている。

つまりは、誰だって自分のことが大事であり、夢中になる。この世知がない時代に悠長にも他人などを心配するよりも、自分が幸せに生きてゆくことを考えるだろう。そこで、選挙で投票する政治家にも、個人の欲望が大いに絡む。こんな時に社会を良くしようとか、社会の流れを変えねばならないと考えるのは、現実主義的世相に合わないから、現代では流行らない。だから、多くの人はひとつの考えとしてまず自分が幸せになれば自然に社会も良くなると考える。とにかく自分の幸せが大事なのだ。

幸せってなんだ。

そう、遠回しに考える。最初は自分のこと、自分の未来のことを満足させる。次に恋人ができて夫婦になって家族のことを充実させる。子どもが出来れば子育てに力を注ぐ。子どもが勉強し、就職し、結婚を孫ができる。すると親は再び人生を構想していた時代のように暮らしというものを新しい視点で見つめて、生きることに情熱を燃やし始める。幸せとはそういうささやかなものだと言えよう。

豊かさとは、を考える。

私たちは高度経済成長のなかを生きて豊かな暮らしを手に入れた。そこで、満足度の高い生活というものを知った。現代社会の人々は、生まれてから今までの段階で、多かれ少なかれ満たされた暮らしを経験をしてきた人が多いし、若者に至っては生まれた時から満たされたなかで生きている。貧しいとか何かに飢えているとか、失いそうなものを大切にし無くてはならない危機感などの経験はない。

温度差を再び考える。

現代社会が展開してゆく未来に疑問あるいは危機感を持っているのは、生活のレベルでゼロ領域に限りなく近い低空を飛んだか、または接近したというような人、さらには、高度を(特にマイナス方向に)急変させた経験を持つ人に多いのではないだろうか。しかしながら、長い年月が過ぎてゆけば、変化というトリガーを多くの人は見逃して(失って)しまうようになる。現代社会が陥っているのはこのトリガーを失くしてしまって、行く先を迷っているようにみえるからだ。むしろ迷っていることに気づかないまま彷徨っているとも言える。温度差のひとつは、この危機感の捉え方だろう。

多様化する社会の中にいる。

世の中が多様化し、目標が定まらくなると、情熱を失う人もあるだろうし、特定のところに重点を絞る人も出てくる。温度差はますます広がってくる。本来ならば、様々な考え方や温度差を持ったモノ同士がお互いに刺激をしあって良い方向へと向かうことが理想だ。しかし、長い歴史において必ず物事がそのように決定されてきたとは言えず、今のこの瞬間もよく似たことが言えて、この温度差が社会を冷却化しているようにも思える。

温度差が顕著になって白けている。

社会システムが、自らの構造を変革する速度と、人々の思想が変化する速度と、さらには生活のリズムや形態が変化する速度がすべて同調しているわけではないので、政治が四苦八苦している。30年後の社会を構築するための道を作ろうとする選挙に、30年後には生きていない私がとやかく言及する。そんな点でも茶番劇のかもしれない。

2013年7月21日 (日曜日)

放浪記と永遠の0

百田尚樹 永遠の0

林芙美子 放浪記

2冊が頭のなかに共存してます。

放浪記は、iPhoneの青空文庫

永遠の0は、図書館で借りた文庫

パソコンなんか触っている暇などないだろ。

Facebook なんか放置しなきゃ

2013年7月20日 (土曜日)

うなぎ丼(吉野家)

 

うなぎ丼(吉野家)

吉野家のうなぎを食べに行ってみました。 680円です。写真はひと切れです。

二切れ乗ると980円。

 
うなぎ王国の私の地方の人々にすれば、 近所の老舗の三切れ乗っていて1400円のうなぎ丼の方を選ぶだろうな。
 
「まつもと」なら「うな丼(上)」は1400円ですから。
 
吉野家のうなぎは柔らかくて味も普通ですし、損した気にはなりませんけど。
 
もしも高級うなぎ店が、美味しいご飯を炊いてこれを4切れ乗せて綺麗なお重に入れれば2500円で店に出しても合格だと思う。
 
でも、やっぱしうちの県の人は、近所のうなぎ屋で食べているひとなら、吉野家へは行かないだろうなあ。
 
何故ならば、うなぎってのはそれなりに高級価値を覚悟して美味しくいただくものであるし、お店に依って表面の焦げ具合や肉の厚み、柔らかさも違いますから、お手軽さだけを求めて食べには行かないと思う。

2013年7月19日 (金曜日)

トラックパッドとトラックボール

トラックボール

職場のPCではこのトラックボールを使っています。

使ったらやめられません。

家で使っているiMac ではトラックパッドです。

もちろん5本指で使います。

トラックパッド

2013年7月14日 (日曜日)

吉川英治 鳴門秘帖(一)から(三)

吉川英治 鳴門秘帖(一)から(三)

青空文庫で読みました。(iPhone)

感想はそのうち書きます。(7月13日)


子どもの頃、背中に鯨尺のモノサシを差して、腰にも同じように差して二刀流を気取ったのは宮本武蔵の影響だったのだろうかと推測する。

編笠のような物を被ってチャンバラごっこをしたのは、この鳴門秘帖の法月弦之助の真似だったのかもしれない。

吉川英治の小説は、テレビが一般的でない時代の人々の意識の中に棲んでいた。新聞小説は読まないにしても、暮らしの中にまわり回って息づいていた。

貧しく暮らす庶民の間には、正義と使命、それに恋とロマンがあったのだろう。昭和30年代の頃の子どもたちは、そんな大きなドラマを(それは現代のドラマとはまた違ったものを意味するものを)胸に抱き、夢に描き、人生を想像し、人というものを捉えていたのだと思う。

鳴門秘帖は、そういう点で古典化され現代の直木賞を受ける21世紀の作品たちとは全く違う作品なのだとも言える。

しかしながら、人々の心を踊らせて夢中にさせたものの威力を知らずして、今を語ったり今の作品だけを鑑賞したのでは、せっかくのチャンスを棄てていることになり甚だ残念である。

どうか戦後のテレビが作った常識を忘れ去り、物語がロマンを伴いながら展開してゆく醍醐味を、味わってもらいたい。子どものころに戻ってゆけるような気持ちになれる。

2013年7月13日 (土曜日)

赤福氷

外宮さんの前にも店ができたそうですね。

赤福氷。

2013年7月12日 (金曜日)

温度差 のことを考え続けている

温度差のことを考え続けている。
 
昔からの友人がいる。
遠く離れていたときは手紙を書いた。そのうちPCメールになって、近ごろは携帯メールになっている。返事は殆ど来たことがない。
 
どんどんとボクと彼の距離が遠ざかっているような気がする、10歳あまりからの友だちだからというか、あの頃の損得を超えた人間味のわかる友だちだからこそ、返事が来なくてもオシマイにはならない。
 
二十歳の頃の友だちがいる。同じようにPCのメールからケータイのメールへと変化している。社会人になる前の青春時代を共に送った友だちだ。
 
こいつ達とも遠ざかってゆく。
遠ざかってしまっていいのかもしれない。彼らには家庭があり身近な社会がある。子育てにも忙しかろう。孫に夢中の人もいる。昔ながらのスタイルを今さら共有することは出来ないし、イデオロギーも変化しているだろう。
 
これまで誰とも、幸せ感というものについて、さほど語ったことがなかった。それは、夫婦だって同じ事なのだけど、私たち夫婦は98%の不一致の上で2%の接点でこうして毎日を暮らしている。
 
「豊かさと満足度」のことについてこれまでにもここで何度か書いてきたが、そのことにおいて、二人で意見を交わしたり衝突させたことはない。衝突してたがえる事になったとしても喧嘩にはならない。まして、別居にもならなければ離婚にもならない。
 
様々なものをデジタル的に捉えてフィルタリングして、スレッショールドを決めて分類していったとしても、そのお互いの中に存在する「温度差」が大きなデシジョンとなることがある。
 
最後はひとりで死ぬ。
その1歩手前は、家族といる。
さらにその一歩手前は、日常の傍にいる人といる。
 
心が通じ合えるとか信じられるとか何かを共有できるというような幸せ感をひとまず脇に置いておき、温度差を肌で感じ取ってみる。
 
あらゆるものが進化する世紀で生きている。
温度差を吸収することの出来ない機構が当たり前になりつつあるから、社会がバランスを失ってゆく。
 
デジタル化された無数のパラメータの向こうにみえるデジタルフィルタのゴミのようなもの。温度差も高速フーリエ変換する概念、が必要になってくる。

2013年7月 9日 (火曜日)

7月9日 ムスメさん、誕生日

誕生日ケーキ

7月9日
ムスメが生まれたときは、京都の車折に住んでいた。
蒸し暑い朝を迎えて、仕事に出かけたら、お昼頃に電話をもらって病院へと向かった。
わたしが結婚した年令になったのですね。おめでとう。 
誕生日おめでとう

2013年7月 8日 (月曜日)

「闘う」ことを考え始める ─ 小暑篇

「闘う」という言葉が目にとまって、そのあとに「ガンと闘う」と走り書きのメモを放置していた。かつてブログで「闘う」を取り上げて書いたことがあったのか、気にかかって調べてみたが、なるほどというものはヒットしなかった。意外なことに「闘う」ということについて余り触れてこなかったらしい。

 

これだけ膨大なブログを書きながら「闘う」ということを深く考えようとせず、考察にも踏み込まずここまできた。父は不治の病に立ち向かった人ではなかったし、母の大腸がんは加藤先生という素晴らしい医者の腕に依って魔術のように消えてしまった。確かに母はガンと戦ったし、父は高血圧症という魔者ののような血脈から受け継いだ病と闘ったのだが。

 

激しく闘う人がわたしの身近なところにたくさんいなかったことも理由なのかもしれない。私自身、競争をすることが嫌いで、勝ち負けの世界には足を踏み込まない。

 

他にもいくつか理由がありそうだ。テーマが大きすぎ、さらに重すぎて、いとも簡単にスラスラと書き過ぎて、焦点をぼかしてしまってはいけない、と考えていたのかもしれない。しばらく考えさせてほしいと思い続けているような状態で置いたままにしている。


7月6日、ツマとムスメが買い物に行くというので、金魚の糞のように付いて行くことになった。魂胆はお昼を一緒に食べたかっただけである。

ヒレカツ

バイクを降りてから家族と出かける時間を大事にするようにしている。何を今更とおっしゃる方々も多いだろうが、バイクに乗っているときは、3日間休みが続けば旅に出てしまっていた。ムスメがヨチヨチも歩かないころからずっとそうだったのだから、今からお嫁に行くまでの間くらいは家族と過ごしてもいいだろうと思う。

 

そしてその後は(お嫁に行ってくれたら)ツマと二人で旅をしたい。わたしの行ったところ、行っていないところを訪ねて歩きたい。

 

実は……

 

父から譲り受けた弱い弱い臓器たちの中で、更に腎臓がかなりヘタっていることが判明した。小学生の時に腎臓が悪くて100日ほど入院をしたし、その頃に父も同じように入院した時期があると聞いている。(腎臓だけでなく心臓も人よりはるかに弱い)

我が家は「短命の血統」である。今から10年間、祖父と父の享年である67歳をいかに越えるかがわたしのささやかな「闘い」かも知れない。

闘いについてしばらく連載として考察してみたいと思います。

2013年7月 7日 (日曜日)

レストラン いとう

6日 (土)  

伊賀市に買い物に出かけて

お昼に「レストランいとう」という店に入った。

ツマは、ミックス・フライ。

エビが旨そうやった。

ミックスフライ

いとうにて。

私はヒレカツ。

こんなでかいヒレカツを出してくれた店は今までに出会ったことがない。

お腹いっぱいでした。

ヒレカツ

2013年7月 6日 (土曜日)

青少年の日(5日)

青少年の日

毎月5日は青少年の日だそうです。(駅前でチラシを配っていました)

 
この日は、自宅最寄りの駅で民主党の岡田克也氏が挨拶をしていた。 タクシー乗り場付近でひとりひっそりと「おはようございます」と勤めに出る人に挨拶をしていた。
 
急に横から声かけられて思わず「おはようございます」といって見上げたら岡田氏だった。 なんや友だちに挨拶したような雰囲気だった。
 
岡田氏で思い出したが、弟の岡田昌也くん、東京で同じ寮にいた時期が1年間ほどあるが、同僚だった奴が「岡田は新聞記者や」と言っていたので、何しているだろうか探ったら、中日新聞(東京新聞)の政治部長になっとるやん。名前が「高田昌也」になっとる!
写真見ると間違いないわ。
18歳の頃を思い出した。

2013年7月 4日 (木曜日)

やきとり

やきとり

今夜は焼き鳥をしました(久々)

 
タレは、皮+みりん+しょうゆ+酒+砂糖+秘密、を私の秘密配合で作りますが、大勢がお世辞で旨いといってくれます。
 
皮は、タレを作ったあと、串に刺して焼いて食べます。これが結構旨いです。

2013年7月 1日 (月曜日)

ねこじゃらし

なぜ、ねこじゃらしと言うのかわからないのだが
この季節、緑をいっそう鮮やかにして、元気に風に揺れている。
 
きょうから7月なのだけれど、きょうのところは暑い日にならずホッとしている。
 
涼しい風がコイツを揺らす。
そんな人生でいいのだ、みんな。
 

ねこじゃらし

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