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2013年6月 2日 (日曜日)

わたしの代わりに泣くさくら

 
「わたしの代わりに泣くさくら」というこの題名につられて何度もここを訪れても、そのたびごとに感じるものが違いながら何も書き残せずに帰ってゆく。
 
作者は
 
▼落花してわたしの代わりに泣くさくら
 
と書いているのだが、私はこの言葉ほど勇気をくれる言葉はないのではないかと思いながら、一方で悲しい時は悲しめば良いではないかと思い、何も書かずに立ち去ってゆく。
 
▼実をつけてわたしの代わりに泣くさくら
であってもいいだろう。 
 
▼嫁いでもわたしの代わりに泣くさくら
 
▼別れてもわたしの代わりに泣くさくら
 
様々なドラマが浮かぶ中で、このなんとも悲しい歌を想い歌った人が果たしてどんな人なのか、知ってみたいと思うのも普通の感傷ではないのか。
 
長いようで短いようで、歌の記事を読むようになって、詰まらないとか面白く無いからとか、美しすぎるから、意味がわからないからなどという理由で切り捨ててしまえばいいにも関わらず、大切にリンクを消さずに来た人の一人だ。
 
この人のこれぽっちもわたしは理解できないのだろうけど、そしてこの人の孤独や悲しみを何も知ることもできないのだろうけど、詩人の味があるのを感じているのだ。

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【シュール】 手紙」カテゴリの記事

コメント

おともさん。コメントをありがとう。

まず最初に引用ミスは修正しました。お恥ずかしい、申し訳ない。(直しておきました)

私も花のもとで詠んだ句があります。
「散る花と国の峠でわかれたり」というものでした。
花には、どこの誰もが叶わぬ悔しさのような思いを詠ませる残忍さがありますね。

こんにちは、わたしの句にいろいろ思いを馳せてくださってありがとうございます。

正しくは、"落花"でした。春の季語ですね。
先に季語のお題があって詠んだ句でした。
大切な人と冬に桜の名所に訪れ、「桜の花の咲く頃にも来たいな」と願ったものの、叶わなかった、そんな思い出が元になっています。
該当のブログの記事自体は句とはあまり関係がないというか、道中で桜を見て、昔詠んだ句を思い出した、という感じですね。

なにげなく詠んだ句でしたが、あらためて自分の心と向き合えたような、そんな気分になりました。

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