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2013年4月 1日 (月曜日)

恩を返す

恩を返す

若いころに本当にたくさんのみなさんにお世話になり、私の不足な力を繕うように拾い上げて仕事で使ってくださった方々があった。

そのころに後輩として入ってきた子からの手紙が届いて、ちょうど昔を思い出すきっかけとなり、取り留めのない話を傍にいたツマにしてしまった。

30歳ころというのは、さして力も才能を持ち合わせているでもなく、さらに人に負けぬほど勉強をしたわけでもないのに、あたかも上昇する気流に乗ったかのような顔をして、職場でも余暇でも図々しく振舞っていた。そのことの良い点といけなかった点を見極めて、今、深く反省すると共に恥ずかしく思う。

あのときに世話になったみなさんを探せば、社会での活躍ぶりがわかる。部長やプロジェクトリーダーは然るべきポストであり、なかには執行役員になっている人がある。もしも今なら、少し近づきがたい人物かもしれないのだろうが、私の頭のなかではMさん、Oさんと気安く呼んでいる。

心残りがある。

それは、あれだけ手厚く大事にしてもらいながら、私が転職をして住所も移ってしまって、それきりになった先輩方があることだ。もちろん、先輩は私に恩返しを期待もしてないだろうし、考えもしていないと思うが、私としてはそれで済ませてはならないのだと、この年令になってようやく感じ始めた。

若いうち─特に30歳代から40歳過ぎころまで─は、恩も礼も思い浮かべたことさえなかった人間が、ようやく気付いたのである。遅いなあと自分を嘆くばかりだ。神妙に人生を反省するときには、怨霊のように後悔が襲ってくる。

**

あの頃は自信に溢れ、自分がいつも1番であった。家族のことも考えたが、あらゆることのペースは自分の中の時計のリズムと、自分の持っているアンテナと、自分の蓄積した知識と、自分で磨いたアイデアが拓いてゆくと思っていた。実際にそういうふうに生きてこれた。やりたいことはやれたし、お金ももらえた。遊ぶ時間もあったし、(私にしたら)申し分なかったかもしれない。

生きていくことの舵は、自分で自在に操れるのだと考えていた。ある意味では、それは間違いではなかったのだが、社会を捉えるのにゆとりを持っていなかったと思う。

つまり、一人で生きてきたわけではないことや、世間には物凄い実行力や推進力、天才的な発想、そして、信じられないような賢さを持つ人がいることをもっと認識するべきで、そこで自分という者が使ってもらえたことで存在できたことに心から感謝をしなくてはならなかった。

私には、お世話をかけながら共に歩んでくれた人たちに「恩を返す」という概念が全く欠落していたわけで、今更ながら、そのことを何とか取り戻せないかと考える。

**

現代社会では、そのころの私のような人が増えている。自分勝手とか個人主義とかいうものではなく、恩返しの本質を捉えることのできない、この概念(思想)を疎かにした人たちが増産されていると感じられる。

恩を返すとは、お礼をするということではない。おみやげを貰ったお返しにお肉を買って返すとしたら、それは恩を返したとは言わない。それはお礼をしただけだ。

お礼をすることは、義理を果たすことでもないと思う。お礼はお礼。義理は義理。恩を返すのは、もっともっと奥深いものがあるのではないか。

お世話になったMさんやOさんは、仕事ではもちろん大事にして、人物を掘り起こし救いの手を差し伸べて引き上げて、使いものになる所で使ってくださったわけですが、その過程で、私が生きてゆく手本となる姿や明確な目標を手の届くように見せてくれたし、あるときは、私の心のなかに棲む鬼であったわけで、心のなかにいる神のような存在だったのではないかと思います。

恩返しとは、このような導きをしてくれた人に、礼でもなく義理でもなく、感謝の心と自分の成長の報告をすることなのかもしれない。成長した自分が、次々と人を育て連鎖反応的に良い方向に展開することこそが恩返しではないか思う。

だから、恩を返すということは、ご本人に返すのではなく、私が何かの成果を出して社会に返して、MさんやOさんのお陰でこれを達成できましたとお礼を言ってもいいのだろう。

**

そんな話を傍で聞いてくれるツマに話しながら、現代社会では恩というものの本質を見失っているなあ、という話になってゆきました。

成果主義のようなものが浸透し、個人主義的なモノの見方や社会との位置関係が出来上がり、長期安定雇用というものや金を産まない事業が愚かであるとさえ考えるようになって、人が生きているし生き続けて行くなかで、ああ、あの人にはお世話になった、恩返しをしたい、という純粋な心やその心を置くところさえ、あらゆるところから枯れ果てたような気がするのです。

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