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2013年3月11日 (月曜日)

村上龍 55歳からのハローライフ

村上龍 55歳からのハローライフ

むかしむかし,定年は55歳で、高度経済成長の時代がおとずれる以前は多くの人が55歳で仕事を退いて一旦は会社と縁を切った。

それは、大きな儀式であったわけで、子どもを二十歳から35歳の間でもうけた人にとって、長男長女が子どもをもうけて軌道に乗り始める時期であり、末っ子が成人をするときでもあった。

家庭はひとつの屋根の下に芋の子を洗うように構成され、55歳で社会を抜け出した人は、孫と出会い新しい生活を始めることが多かった。収入はなかったし、年金という考えも希薄であり,何よりも人間が金に欲どおしくなかったし、それ以上に人間味を大事にする暮らしをしていた。お互いが助け合うという常識があった。

そんな時代に村上龍は生まれて、歴史の変化と社会の成長や衰退、破壊・分裂を見てきたからこそ、このような作品が書ける。しかし、そんな経験だけでは不完全だ。彼には私たちの知らない作家としての使命感と希望と欲望とセンスがあるのだろう。

限りなく透明に近いブルーという強烈なタイトルの作品を持ち、さらにその作品がなかなかのハードなものだったことで、そのあとのイメージが固定化されてしまっているのが、彼自身にとってもさぞや悔しかろう。だから、気の毒であるし、時には得をしたかもしれないけど、彼の本当の姿を多くの人は知らないままでこの作品を手にしたのではないだろうか。いや、この作品が彼の本流であるならば、この作品を読まない人は間違いなくホンモノの村上龍に出会えない。そんな気がするし、多くの人の読後感想を読んでもそれを伺うことができる。

ヒトの心の曖昧な一面を、誰もが形や言葉で表せずに苦心し、具体化できずに考え込んでしまうのだが、これほどまでに纏めて特徴を生かして物語にできるものなのかと驚くと同時に、その上手さに改めて感心をさせられた。

モチーフもテーマも一級であるからここまで絶賛される作品になったのだが、よく考えて作り上げた人物がまたまた素晴らしかったことも大きな理由と思う。

もともと、村上龍という人の作風は芸術的で、文学的なところもあり、美文の作家ではないものの、惹きつけるものを持っている。そこに来て、一旦人を遠ざけるようなタイトルでフィルタリングしてから、このテーマである。こだわりやら自己主張やら蘊蓄を纏わない状態でお読みくださいと迎え入れてくれた形になった。今の時代にこの作品を読んで何も感じられないとしたら、それはその人が時代から外れていると言っても過言ではない。

昔、テレビでトーク番組をやっていたことがあるのを覚えている人がいるだろうか。バド・パウエルの Cleopatra's Dream が流れていたのを覚えている方も多いと思う。「Ryu's Bar 気ままにいい夜」という洒落た名前で、岡部まりもとっても素敵でした。

そんな地味で大人しく、面白くもないオヤジが村上龍なのだが、彼はあのような対談で人間味を培い洞察力を養ったのだろう。村上龍は、あのころからずっと進化し続けていたのだ。この作品のような書き方、どこで誰に教わったのか、不思議なのだが、どこぞの村上氏よりはるかに魅力的な作家と言えよう。

話は、多くの人たちが感想で書いているので、私は書かないでもいいでしょ。定年を迎えてありふれたように離婚をして、そのあとお見合いを繰り返しながら本質に気づく女性、深い事情でホームレスになってしまった昔の友人を真剣に助けてゆく一人の男性の話、有能が故に仕事を早期で退職して、夢を実現しようとしながら再び就職活動をやって、大事なことに気づく男、ペットの犬を亡くして、生きがいとは何か夫婦とは何かということを知る主婦、読書に目覚めた元トラック運転手が恋をして、ドラマチックに自分を振り返るという話。

物語を作るのがうまい作家と違い、人々の細やかな心の叫びをこれほどまでに的確につかんで小説にしたものは、これからもそう多くは出ないだろう。優しい視点が生きている村上龍の本領で書いた作品ではないだろうか。

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