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2013年2月26日 (火曜日)

手がかり

雨水が過ぎて日一日と日の暮れが遅くなるのを感じながら、なかなか温かさが満ちてこないのをじれったく感じている。

寒い日の朝など、布団から出るのを躊躇いながら、父はどんな寒い朝であっても布団から出るのを嫌そうなそぶりすらせず、弱音も吐かずに飛び出していったのを思い出す。

そんなことばかりが記憶にあって、肝心なことを憶えていないというもの物事の常であるのだろうか。

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60歳をやがて迎えるとしごろになって、寒い日の手仕事の最中に指が悴んで凍りつくのではないかと思うような日が増えた。これは明らかに年齢のせいで、指先の血管が細くなっているのか、血圧に変化が出てきているのか、身体の細胞が指の先に至るまで劣化し始めているからなのであろうか、と考えることが多い。

生理学的事実は不明であっても、このような変化は素直に受け取って、年齢に応じた暮らしをしなくてはなるまい。

父が寒い朝に布団を飛び出して、ものの数分後には小屋で片付けやら農作業の準備やらをしていたのを思い出すと、あの人は指が痺れるとか手が悴むとかいうようなことはなかったのだろうかと思ってしまう。

しかし、そんなことは人間である以上あり得るわけがなく、寒いときは寒さにふるえ、暑いときは汗を流していたはずだ。私も同じように高血圧であるから、体質にそれほど違いはあるまい。

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60歳を迎えるころ、果たして父は死というものをどのように考えていたのだろうか。そのことについて二人で語り合ったことは一度もないし、飯や酒の席でさえも触れたことなどなかった。祖父はやはり70歳になる前に逝ってしまっているので、自分も残り10年以内と察していたのだろうか。

死んでしまってからの歴史を逆戻りすることは簡単で、67歳の誕生日を迎えるまでに逝くわけであるが、まさか10年以内をそこまで現実的にとらえていたわけでもあるまい。
死んでゆく覚悟を何歳くらいで心したのだろうか。死というものをどのように捉えていたのだろうか。そういうことを、今自分がその年齢になってみて初めて考える。

これだけはやっておきたい。そういうようなことはなかったのだろうか。あったなら、いったいどういうことを思い描いていたのだろうか。

手がかりがまったくないことがこの上なく残念で仕方がない。


【- Walk Don't Run -】遺す言葉

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