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2013年2月27日 (水曜日)

待ち遠しいものいくつもありまして 2月下旬号

2月21日 (木

▼木曜日前髪ちょっと切ってみる

なんだか、木曜日が待ち遠しくて
金曜日はさらに待ち遠しい。

私には切るような前髪はない。

2月23日(土)

なかなか春が来ないのを
イライラしても仕方なく

▼待ち遠しいものいくつもありまして
▼背戸を抜け飛び石までの梅の花

3月になったらいなべのほうに梅でも見に行こう。

2月24日(日)

春は、柳生へ。
そう決まっていたのだが、
今年は行けんなあ

バイクを手放したからではなく
行動する一歩が出ないのだ。

▼書きかけて考慮時間となりました
▼外は寒いのやろか。ストーブつける

家の中にいて
身辺の整理をしている。

2月26日(火)

▼見渡せばかわいい人が二人ほど
▼いつもの子前髪切ったね月曜日

そんな感じで始まった月曜であったが
夕方から雲行き怪しく

雨はそこまで

▼あのときのあの人の心も赤信号だった

夜半には降り出して
朝まで残った。

▼大仏殿、馬酔木の蔭でキミを待つ
▼下手くそな関西弁でサイナラと

2月27日(水)

夕べの雨は今朝には、ほぼあがって

ムスメさんは、「今夜は送別会があるから…」
と言って仕事にでかけていった。

異動の季節だ。

優しい雨やなあ。春近し

2013年2月26日 (火曜日)

手がかり

雨水が過ぎて日一日と日の暮れが遅くなるのを感じながら、なかなか温かさが満ちてこないのをじれったく感じている。

寒い日の朝など、布団から出るのを躊躇いながら、父はどんな寒い朝であっても布団から出るのを嫌そうなそぶりすらせず、弱音も吐かずに飛び出していったのを思い出す。

そんなことばかりが記憶にあって、肝心なことを憶えていないというもの物事の常であるのだろうか。

+
+

60歳をやがて迎えるとしごろになって、寒い日の手仕事の最中に指が悴んで凍りつくのではないかと思うような日が増えた。これは明らかに年齢のせいで、指先の血管が細くなっているのか、血圧に変化が出てきているのか、身体の細胞が指の先に至るまで劣化し始めているからなのであろうか、と考えることが多い。

生理学的事実は不明であっても、このような変化は素直に受け取って、年齢に応じた暮らしをしなくてはなるまい。

父が寒い朝に布団を飛び出して、ものの数分後には小屋で片付けやら農作業の準備やらをしていたのを思い出すと、あの人は指が痺れるとか手が悴むとかいうようなことはなかったのだろうかと思ってしまう。

しかし、そんなことは人間である以上あり得るわけがなく、寒いときは寒さにふるえ、暑いときは汗を流していたはずだ。私も同じように高血圧であるから、体質にそれほど違いはあるまい。

+
+

60歳を迎えるころ、果たして父は死というものをどのように考えていたのだろうか。そのことについて二人で語り合ったことは一度もないし、飯や酒の席でさえも触れたことなどなかった。祖父はやはり70歳になる前に逝ってしまっているので、自分も残り10年以内と察していたのだろうか。

死んでしまってからの歴史を逆戻りすることは簡単で、67歳の誕生日を迎えるまでに逝くわけであるが、まさか10年以内をそこまで現実的にとらえていたわけでもあるまい。
死んでゆく覚悟を何歳くらいで心したのだろうか。死というものをどのように捉えていたのだろうか。そういうことを、今自分がその年齢になってみて初めて考える。

これだけはやっておきたい。そういうようなことはなかったのだろうか。あったなら、いったいどういうことを思い描いていたのだろうか。

手がかりがまったくないことがこの上なく残念で仕方がない。


【- Walk Don't Run -】遺す言葉

2013年2月24日 (日曜日)

花の雨お百度石をよごしけり 飴山實

花の雨お百度石をよごしけり 飴山實

井伏鱒二が「サヨナラだけの人生」を花にたむけて詠んだ句も春を味わうにふさわしい句であるが、飴山實のこの句も真似のできない視線があります。

お百度を踏むというときというのは、どんな問題にせよ、様々な対策が講じられ細かいところまで考えに考えつくされた後に、頼るところはここしかないという気持ちで決心するものではなかろうか、と推察すると、そのお百度石に花びらが舞い落ちることも、さらに非情の雨が降り注ぐことも、何とも言い難く辛いものであったことだろうと思う。

しかし、十七音でさらりと切り捨ててしまった句をよく読むと、こちらの気持ちはもしかして考え過ぎの域にあって、花が散ってもはや新しいステップを踏み出している姿を描かねばならなかったのだろうか、とも思えてくる。

はてさて、もう少し考えてみることにする。

(書き掛け)

2013年2月23日 (土曜日)

待ち遠しいものいくつもありまして  雨水篇

18日、雨水の朝。

いつもの年よりも幾分寒い日が続くこの頃に、少し辛抱し兼ねている自分をみて、

▼卒業に苦心しつつ雨水の暦繰る

なんてことを書き残している。

卒業式が3月下旬であったのだから、いまころにはすでに卒業の確定は出ていただろうと思うが、人よりも長かった学生時代のことを思い出すと、晴れの日のことよりも雨の日のことのほうが思い出深い。

いわゆる出来のいい人たちは順風満帆に若きころを送り、およそ筋書きに書かれた通りの道を歩まれるのだろうが、私の場合はそう簡単には済まなかった。

怠け者であったこと、闘争心に欠けること、そして何よりも諦めるのが人一倍早いこと。

三十年以上も昔の記憶はもはやまったく正確ではないのだが、このごろは記憶なんてのはそんなふうに風化してしまっも構わないじゃないかと思うようになっている。

死んでしまったら影も形もなくなるし、そんな歴史を偲んだところで何が始まるわけでもない。そんなお荷物は、形のあるものも形のないものもすべて、持ってどこかの世界にゆけるものでもないと思っている。

だから、答案用紙に「就職が決まりましたので卒業させてください。試験問題の解答はわかりませんが、一生懸命に勉強したことを以下に書きます」というようなことを前書きして、別のことをA4の真っ白の解答用紙にびっしりと書いたことや、そういうおバカで実直な奴があの時代にはいたのだということ、そして、あのころの先生方は、卒業時に入学者同期が半数も残らないほど厳しく落第させた時代であったにもかかわらず、私のような答案を書く者を大目に見てくださった側面もあったことを、こうして語り遺しておけば私はそれでいいと思っている。

雨水のころ。冷たい雨に打たれながら大学にでかけていき、先生にお願いして回ったことも懐かしいが、あのころの雨は冷たいのであるけれども、手を凍えさせるほどにも非情ではなかった。

3月下旬の卒業式は晴れで、あくる日は土砂降りだった。気象台のデータを辿ると19日が降水なし、20日に雨が降っているから、ちょうどこの時だったのだろう。


19日の朝は、夜中に降った雨が朝方まで残り、傘をさして出かけた。
駅を降りると花びらが散るように雨つぶと雪の欠片が混じって降っていた。
高校生が傘をささずに自転車でかっ跳んで行ったくらいだから、それほどのものでもなかったということだろう。

実にめずらしく
雨に何か舞うものか混じり始めた。

三年生のいない列車
冷たい雨
隙間風

そんな朝であり、そんなメモが残っている。

▼待ち遠しいものいくつもありまして

そんなことを書いて

それは、
人であり
季節であり
変化であり
寿命でもあるのかもしれない。

そんなことを考えている。


2013年2月22日 (金曜日)

うそ

出典PR

海はきらいさ 悲しくなる
二人の恋が ウソだと笑う

(北山修詩集から)


待ち遠しいものいくつもありまして

予告篇

2013年2月20日 (水曜日)

マクド

マクド。
随分と久しぶりのような気がする。
(1年に1,2回しか食べないからな)
 
ツマがおなかがすいたというので
買い物の前に寄りました。(イオンで)
 
私はポテトを少し齧っただけです。
マクドナルドへ

2013年2月19日 (火曜日)

春よ来い、春は恋。 2月中旬篇

2月の声をきいても
一向に寒さは和らぐことはなかった。

冷え切った家ので仄かにあたたかい日差しを求めて休日を過ごす。

もう、外に出て何かをしようという気はさらさらない。

2月13日(水)

ちぎれた白い雲が、飛ぶように南の空へと流れてゆきます。
部屋のなかからそんな冬景色を見ている。

▼雨降りの予報なのキミ誘い出したい
▼木枯らしや髪も乱れぬ十余年

2月14日(木)

▼潔く閉じた一冊の裏表紙

少しずつこれまでん書いてきたものを纏めているのですが
行き詰まりを感じることもあります。

その程度の人生であったのかとも、ふっと思う。

2月15日(金)

▼雨だれを睨んでみても待ちぼうけ
▼春の雨もはや時雨とは呼びがたし

2月16日(土)

おはようさん。

いつも通りの5時半に起きて新聞読んでまた布団。
朝日が赤くなってきた
早春の朝を感じる。

▼お布団に呼んでください寒い夜
▼くちなわや、オマエは冬眠なさらんの?
▼そうあれは春の坂道のものがたり

▼片思い意中の人は水しぶき
▼寒月や君居ぬ夜の水たまり

雨の降る日が不定期にやってくる。
手が凍えるほどでもないのだが
今の季節の雨は、決してやさしくなく
嵐のように風もともなう。

これも季節の儀式だと思う。

春よ来い、春は恋。

2月17日(日)

▼お別れの指切り濡らす春の雨

▼初恋が消えたその日も春の雨

春の雨のことを思い出したのだろう。
誰も知らないし覚えてもいないだろう昔のこと。

私は本当に卒業したのだろうかと
幻を探るような気持ちに陥ることがある。

卒業証明書や成績証明書を取り寄せたこともあったなあ。
もちろんあれは、教職の科目履修のためだったのだが
その結果を安心した気持ちで見直したくらい、マボロシになってきている。

鎌倉での土砂降り。
赤い傘。
濡れた車窓。

2月18日(月)

▼卒業に苦心しつつ雨水の暦繰る

懐かしきあのころ。

冷たい雨に泣かされたなあ

▼こんばんは寒いねだけのメールがたまる

2月19日(火)

寒いなあ。ふところ

三年生のいない列車。
冷たい雨。
隙間風。

実にめずらしく
雨に何か舞うものか混じり始めた。

そんな朝であった。

2013年2月17日 (日曜日)

蒼茫とか茫茫とか

蒼茫とか茫茫とか。

この草冠が何とも寒々とした荒野の雑草のイメージを抱かせるのか。

高校時代に駅までのバイク通学の途上、小さな峠道の凍結部分で転倒して道の脇に退いてしょぼくれていたら、後続でやってきた同い年の女子高生もまったく同じようにバイクですってんころりんとこけまして。

カバンはすっ飛ぶ、スカートはめくれる、パンツは丸出しで私のほうに滑ってきたのでした。

意外とケガもしないし、擦り傷もないものなんです。凍結道路というのは、自然の優しさが隠れている。

40年たってもパンツだけ、くっきりとよう覚えております。

何事もなくて良かったです。

2013年2月16日 (土曜日)

マックスの寿司

2月16日 (土)の夜のこと

娘とツマが映画をみに
お出かけしていたので
夕飯は、手抜きとなった。

私は回転寿司よりも
マックスの寿司のほうが
旨いので好きです。

マックスの寿司

2013年2月14日 (木曜日)

ヴァレンタイン

デメル ソリッドチョコ 猫ラベル

娘とツマがチョコをくれるのですが
自分たちも買い物を楽しんでいるのだからいいよね。

先日、京都に行って高島屋をぶらぶらして
催事場で賑やかにフェアをやっていたので
私は隣の北海道フェアか何かで、
おいしいソフトクリームを食べられました。

2013年2月11日 (月曜日)

宮本輝 三千枚の金貨 

数々の宮本作品を読み重ねてくるうちに、この作家自身が老いぼれてくるのがわかるような気がする。 それは、遠藤周作のときでも阿川弘之のときでも、そして司馬遼太郎のときもそのように感じたのだが、作家は作風の骨幹は変化させないのだが、少しずつタッチを変化させ、味付けも色合いも年寄り臭くなってゆく。

遠藤周作の場合は、彼自身の持ち味を生かして、初期の段階の作品の重厚な味わいを熟成させるように変化していった。司馬遼太郎は、著しい変化を見せないものの、彼自身の若さが漲った作風から、落ち着いた作風へと変化を遂げながらも、普遍的な視点を貫いた。

宮本輝 三千枚の金貨(上・下)

さて、宮本輝は、と考えながら読んで行く作品となった。

春の夢を手にして薄暗く寒い四畳半で読んだころときがあった。あれから随分と時間が過ぎて、数多くの作品が生まれ、想像以上の人々に作品が読まれてその感想を聞き、作者自身もメディアにも顔を出し、有名になり名誉も得て、ファンで居られる歓びのようなものを与え続けてくれる。ちかごろは、老眼ということもあって読書のパワーに衰えがあるものの、久々の文庫ということで大きな期待で読み始めた。

もれなく素敵な女性が登場しまして、こういう人を作品のなかに登場させるのはとても上手で、物語を如何にも小説らしくまとめあげて行くワザも感動的だと嬉しくなる。そして、バランスよくタイミングよく、作者の人生観と言うか人間観というか、そういうものを散りばめてゆく。だから、飽きることなく、多少詰まらないところでも、別の視点で食いつきながら読んでゆくことができる。

しかし、作者が人生の後半戦に差し掛かってから書く作品に、文学的な苦みのようなものを欠いてきていると思うのは私だけであろうか。

司馬さんや遠藤さんで感じられたことは、作者は独自の路線を完成させて、それを少し甘辛くそして独自の作風として纏めて、じじいの文学にしてゆくワザがあった。白髪の司馬さんは白髪のヘアスタイルが放った司馬ふうの硬くて且つとろりとした論法で読み手を楽しませてくれたし、遠藤さんは文学性を神髄には持ちながらも売れっ子で少し掠れてしまう自分をはにかむように文学を書き続けた。

宮本さんは、流転の海は特別として、作品に打ち込むこだわりと言うか過剰なほどの熱のようなものを感じなくなっている。悪く言えば手抜きで、もはや忘れ去ったのかとも思えることがある。だから、宮本作品の意地のようなものをお座なりにしてストーリーを作り続ければ、やがて本当の宮本作品を待っている人は、昔の作品の幾つかと短編集だけを持ってどこかに消えて行ってしまうような気がしてならない。苦くも渋くもない作品を読み続けながら、無用な心配をしてしまったのだった。

最後は金貨を掘ることもなく、暗示を投げかけて幸福感をそっと置いてくれる。小説とは映画ではないのだ、こうなくてはならないのだ、と切って棄てるようなふうにも思えるのだが、作者の老いぼれぶりが大好きだった遠藤さんや司馬さんとひと味違うことを歓んでいいのか悲しんでいいのか、考え続けている。

◆(追記)

もしも、私の目の前に実在したら、私は必ず方向を見誤ってしまうような魅力的な女性が描かれている。

宮本輝は、そういう女性を描くのが天才的にうまい。室井沙都が水墨画先生(小宮先生)のことを話すところがある。

書きとめておきます。(上巻192ページ付近)

「小宮先生は、水墨画の基礎だけを教えて下さるの。 筆の持ち方、墨のすり方、墨の濃淡の作り方…。○を何百回も描いて、次は横線を一本、それも何百回も描いて、」

 どんな世界にも基礎としての決まり事がある。 この決まり事をしっかりと修得しておかないと、自分独自なものは生まれてこない。いわば不動の型で、それをおろそかにして我流で次ぎに進もうとしても必ず行き詰まってしまう。

 「いまはとにかく自分で描きたいものを忠実に写生するようにって言われてるの。鉛筆でいいのよ。でも忠実な写生でないと駄目だ、って。適当なデフォルメは断じて認めない。風景をスケッチするとき、遠くの電線四本を、ずるして三本にしてはならない。瓦屋根の瓦の数を誤魔化してはならない。私、それを先生の仰有るとおりにやってて、ひとつ気づいたことがあるの」

「私はこれまで風景を見ても花を見ても、人間の顔を見ても、じつはなんにも見えてなかったんだ、ってこと。 斉木さんも一度やってみたらいいわ。 奥さんの顔がいちばんいいかもしれない」

iPadミニ レザーケース

iPadミニ

京都駅前のヨドバシで。

2013年2月10日 (日曜日)

春まぢか付箋の色をかえてみる 二月中旬号

2月8日(金)

▼雪女抱かれてみたい死ぬ前に

そんなことを書いている。
どこかの女性にひっそ入りと思いを寄せているのか。

三千枚の金貨を読んで、またまた登場人物に思いを寄せているのか。
確かに室井沙都のイメージ化すると、私なら黙り込んでしまいそうだ。


2月9日(土)

少し寒さが戻ったかな。
でも、部屋でのんびりして、明日は京都にいこうと考えていた。

▼木枯らしや隙間探して待合室

JRを乗り継いで京都まで行っても旅情があるけど
家族同一行動のほうが何かと便利なので、
時刻表を見るだけに留まることが多い。

木枯らしの待合室の風景でも想像したのだろうか。
真相は不明の一句であった。

さて、
ちっともいい句ができないなあと嘆いていたらぽっと浮かんだ。

▼春まぢか付箋の色をかえてみる

iPodのケースを買いに街まで出かけるのが何となく嬉しいみたい。

寒いので早く寝てしまおうと書きながら

▼悔しくて。悔しすぎるから明日がある
▼おやすみと言いたくない人、一人居る

なんていう二句を書き残していた。


2月10日(日)

朝から京都。
松屋やきにくすてーき、という店が四条河原町のマルイにあって
そこでお父さんたちと一緒にお昼を食べる。

松屋のすてーき屋さんにて

2013年2月 9日 (土曜日)

峠越え  花も嵐もⅡ その34

かっ飛びのライダーが峠を飛ばして行くのと違って、私たちバイクツーリストは国境としての峠を越えることに味わいを求めた。

そこで生まれたのが、

 山刃伐を芭焦と越えた夏の夢

という一句だったのだろうと思う。

いつも芭蕉の気分になって走り回っている訳ではない。

芭蕉の旅の様子を解説する本を読んでも、それほどロマンにあふれたものでもない。もしかしたら、芭蕉はロマンなど何も感じなかったかもしれない。

しかしながら、私たち現代の旅人は、芭蕉の旅を思い浮かべながら峠を越えてゆく

それはつまり、この回想記の最初でも触れたように「みちのく」というところが私たちにとって未知な場所だからだといえる。

峠の向こうとこちらには、全く違った市町村が存在して、言葉や食べ物などもそれぞれに個性があることも珍しくない。たとえそれが険しい峠であっても歴史の中の人々には様々な事情があって峠を越える必要があった。

塩の道として峠越えの交通が発達した例もある。塩だけでなく、海の産物を山の向こうの人々に届けること、もっと広い意味で衣食住にかかわる物資の交流は、峠が険しければ険しいほど深く人々の心に残っている。苦労や苦難を伴っていたからだろう。

その歴史的なものを追いながら旧街道を辿って行くと、暮らしぶりや言葉や味覚に、促成栽培で習得してきた旅の情報では得られない感動が私たち旅人を迎えてくれる。

2013年2月 8日 (金曜日)

海へ

私の書いた一通の手紙は小舟に乗せられて大海原に流されてゆく迷子の祈りのように波濤の合間をゆられて沈むことなく彷徨い続けるのだろう。

苦しく辛い夜を過ごしながらひたすら誰かの手に拾い上げられ明かりに触れることを願いつつ、しかしながらやがては波にのまれて海の藻屑と消えるのだろう。

2013年2月 7日 (木曜日)

明日の朝あなたにおはようという、夢を見る 二月上旬篇

節分が過ぎて
まあ、どうってこともないのですけど
少し寒くない日が続いたので
歓んでいる。

2月4日(月)

▼ただいまとお帰りなさいの一人芝居

早起きの私が
少し朝寝をしたいな
と思うような日々が続く。

要するに、何の変哲もない日々が過ぎる。

三千枚の金貨をけっこうまじめに読んでいたりする。

2月6日(水)

ツマを整形外科に連れて行って
午後はコタツでうたた寝してみたり
読書をしたり。

▼雨あがり2月に咲く花キミに似て
▼春浅き岸辺の花の名も知れず

雨は朝のうちに降っていただけで、
医者に出かけるときにはあがっている。

春のような暖かさだが陽射しはない。

▼私は春の気分になることにする。強がり

ムスメさん、疲れているようで
家に帰ってからも具合が悪く、早く寝た。

寝床で本を読む。

▼電話切る。好きだと言えず涙止まらず
▼真夜中に君の部屋訪ねたときの氷雨

カントリーマアム

2月7日(木)

▼旅に出るあなたに手紙書くために
▼便り書くあなたを旅に誘いたく

▼明日の朝あなたにおはようという、夢を見る

今週は長いなと思うと長く感じるものだろう。

食堂でYTさんにバッタリあって
ラッキーな日だと、機嫌がいい。

2013年2月 4日 (月曜日)

春まぢか付箋の色をかえてみる 立春篇

冬に積もった雪は、大きな山脈の森の深くまでしんしんと積もり、春から夏そして秋にかけて豊富で清らかな水を海へと注ぎ続けます。この水が生き物や植物の成長に恵みをもたらし、生態系と複雑にかかわり合いながら豊かな自然を作っています。

今年もまた厳しい冬を過ごしてきましたが、春一番という言葉が聞こえてくる時期になりました。雪が積もったのを珍しがって子どもたちと一緒に大喜びした冬ももう少しで、春はもうそこまで来ているようです。

雪は融けると何になるの?と問いかけて「春になる」と答えながら、多くの人たちは、春を待っているのだろうと思います。みなさん、春の準備は整いましたか?

寒い日や冷たい雨にときどき見舞われながらも、もうすぐ、ぼちぼちと咲き始めた花に心をときめかせる気候になっていきます。

晩秋、11月のある日、
 まつすぐに十一月の始まれり  鷹羽狩行
とこの句が詠むように、寒くて厳しい冬であっても何事にも挫けずに、逆に季節が移ろう中で迎える冬に感謝をして暮らそうと覚悟を決めてました。不必要な暖房を控え、お風呂を沸かしたときもテキパキと家族が続けて入って、日常の些細なことにも目を向けて省エネルギーを実践しようと決めました。もうひと頑張りです。

三寒四温といわれるように、2月には寒い日と暖かい日が交互にやってくるので、厳しさが少し和らぐ日になるとホッとします。地中にひそんでいる植物たちも暖かい日差しを受けて一気に顔を出しますから、人間のように喜怒哀楽の感情を持たない植物たちであっても、春を歓んでいるようすが新芽の形や色にも表れているような気がします。

みえ県民の森「森の日記」(ブログ)には、真っ白な足跡のない積雪の森の写真と新芽を食べにやってくる「ウソ」の写真が載っています。2月末ころから3月に花を咲かせる梅のところにも、この季節、メジロなどが美味しく甘い蕾をついばみにやってきます。

平成19年の2月に亡くなった飯田龍太の作品に春を詠んだものがあります。
 いきいきと三月生る雲の奥 飯田龍太
二月も中ごろを過ぎるといつも決まってこの句を思い浮かべます。

春はそこまで、いや、どこかで生まれていますね。

2013年2月 3日 (日曜日)

節分を濡らして待つやぬるい雨 ─ 節分篇

かくして
私のインフルエンザ罹患と
ツマのあばら骨の骨折事故で
1月が暮れていった。

2月2日(土)

全然あぶなくない土曜日。
雨は夜が更けてから降り出したようだ。

▼節分を濡らして待つやぬるい雨
▼待つ春の小雨恨めし足袋濡らす

おそがけに新聞を取りに外に出たときには雨は上がっていた。
実際のところは朝寝をこいたのでよくわからない。

あばらの骨折はなかなか思うようには治らないが、
こればかりは仕方がないでしょう。
いつもより少し遅めにツマは職場に出て行きました。



2月3日(日)

私は洗濯干しの当番でオモテに出るが、

指が悴むこともなく
暖かい陽射しで厚着のセータの背中も
汗ばむほどである

▼逢いたくて私は鬼になりすます

ちかごろ、気に入った作品が書けずにいて
その原因は、
遠近両用の眼力で睨んでみると
自分の心にあるらしい…

はてさて、
心に鬼を持てということであろうが。

宮本輝
三千枚の金貨
読み始めました。

宮本輝 三千枚の金貨(上・下)

節分に思う

きょうは節分で、お米も貰いたいので、母を尋ねた。

お昼。
ちょうど寿司を作り始めたところだった。
台所に酢の匂いが広がって食欲をそそる。

寿司が出来上がるまでぜんざいをしてくれた。
ぜんざいは、旨かった。

次に、
出来上がった手巻きの寿司を食べた。
太巻きと鉄火巻き。

それが、滅茶滅茶まずい。
しかし、 その「まずさ」が
理由もなく嬉しいような気がしてならないのだった。

母の料理は昔から上手やった。
炊き込み御飯やいなり寿司、巻寿司、
たくあん漬けや菜っ葉の漬け物。
タマネギのみそ汁も。

いい加減であるにもかかわらず、
食材の味を生かす手法が
昔から受け継がれていることを
実感できる味だった。

もはや、
料理は引退しなさいと神が告げておるのだろう。
生きるのが精一杯の年齢になったからか。

あの旨い寿司や漬け物の味を、
次の世代の誰へも受け継げなかったことが残念だ。

しかし、それも、しかたあるまい。

もしかしたら、
今年が最後かもしれないと思い、
太巻きをひとつ貰って帰ってきた。

2013年2月 1日 (金曜日)

月末に寒さ和らぎ豆を煎る 1月下旬篇

一月のなかごろに

●七草のお粥を食べて強くなる

などと書いて、今年もズボラで七草がゆなどをしなかったけど
その日の朝には、体調の悪かったこともあって、お粥を食べた。

●寝返りを打って君の鼻僕の鼻

ツマが風邪を引いて辛そうにしていたときもあったが
大きな風邪とはならず、家族は健康に暮らしている。

●初日の出現在形て生きている

年末の語録か何かに「現在形で」生きてゆくことを今年も大切にしたいと書いたと思う。それを句に纏めるとこんな感じになって、私はけっこう気に入っている。


1月23日(水)にインフルに罹っていたらしく、お昼に王将で餃子を腹一杯食べて元気でしたが、夜から身体の節々が痛みだし,夜中は寒気がして眠れなかった。
そこで、24日に医者にいこうということになったのだ。

この件よりも先に、22日(火)のお昼にツマが自転車で転倒し、あばらが痛いと言って辛がっていた。23日に医者に行って骨折とわかるのだが、災難続きの週の後半が始まった。


1月26日(土)

インフルに罹って60時間ほどが経過したときに次のように書いている。

●毎年、インフル休暇を一週間貰って家でのんびりするのもええなあ。

1月27日(日)

インフル発症後96時間を過ぎたころに

▼あの人も満月見てる、キュッとなる

こんなことも書いているのだが、
月を見に行った記憶はない。

▼おっ月さんあしたも凩吹くそうな
▼冬障子さあーっと開けて滑り込む

1月28日(月)

昔の作品、

▼あの人は鬼を迎えに行ったまま

を思い出して、
節分のころの自分を懐かしんでいる

▼満月や三日遅れの祝い酒
▼夜明け前もっとだらしなく歓楽街

1月29日(火)

▼月末に寒さ和らぎ豆を煎る

節分がそろそろですね。
寒さ、もうひと頑張り。

▼節分の鬼に留守番賜りて
▼如月の猫の昼寝に添い寝する
▼花粉症私の泣き虫隠れ蓑

▼海風が失くした恋をあざ笑う

バイクがあったころは、
そろそろ乗りたくて
ソワソワしていたのだろうか。
大学時代は、今頃は試験の季節で、
必死やったなあと回想したり。

インフルで頭の中も少し緩やかになっている。

1月30日(水)

イオンに買い物に出かけて

▼いいね!する時間と度合いの君らしさ
▼チョコレート貴方のちゅーはどんな味
▼あの人はチョコを買うのに僕を呼ぶ

明日から仕事の準備をする。

1月31日(木)

ながいインフル休暇をおえて、職場に戻った。
床に伏していると、感情というものが大人しくなってしまうような気がした。
もう、2月が始まろうとしているのだった。

ほんとうに貴方に届けたいものは、
貴方の目にも留まらず夢にも現れず。

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