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2013年1月 1日 (火曜日)

読後感想:配属先は「追い出し部屋」〈限界にっぽん〉

(作成・加筆中で、公開中)

配属先は「追い出し部屋」〈限界にっぽん〉
朝日新聞 経済部 
平成24年12月31日
の記事に関連して。

自分の遺言としてもブログに感想を載せておこうと思います。


平成15年、平成の「大リストラの嵐」のときに「パー」な会社を(その当時は、「まー」な会社だったが)を体裁のいい言葉「自主退職」ということで辞めました。

残念ながらその首切りのエゲツナイ(関西弁?)面接の記録を私はよう残していない。既に私の記憶からも風化しようとしているが、朝日新聞の記事(平成24年12月31日第1面)を読んで、少し蘇った。

今更蘇らせたくない気持ちと、社会責任として事実を文章にして残しておかねばならないのではないか、と思った気持ちが熱くなってくるのが分かる。あの気持ちがたとえ一時であっても残さねばならなかったのではないか。

あのときのリストラは、ま社・本社社員だけで3万人とも言われます。私の住んでいるところの事業場では、2千人ほどの社員がいたのでしょうか、そのうち300人近くが退職をしている。しかし、数字や率に目を向けると誤りが生じる恐れが高い。

正規の女性などの間では、残業も少なくなってきたし、会社はあれこれ口うるさく言うようになってきたので辞めようかしら、とか、娘もお嫁に行ったしそろそろ辞めようかしら、という人もいました。もうすぐ40歳やしのんびりしたいわ、と考えている人もいただろう。

工場従業員として正社員で雇用されて約20年ほど勤務して来たが、今、辞めたら退職金を5倍もくれるそうやって……、ということで、それやったら辞めようかな、となった人もいただろう。800万が正式な退職金なら、4000万円の退職金が貰えるのだから、嫌そうな顔して少しごねてみてからすんなり辞めれば大成功だ。

実際に3千数百万円の退職金をもらったと話してくれた女性もいましたから。もちろん、私も例外なく5倍の退職金をもらいました。

そこまでしてでも、全社で3万人に辞めて欲しかった。本当は10万人の社員のうち6万人ほどを整理したかったのではないかと、私は想像します。

辞めて欲しくても意地でも辞めなかった人もいたでしょう。せっかく入った大企業の社員の道、失いたくないですから、仕事がないと上司や所属の雰囲気で宣言されて、さらに拷問のような転属・転勤に遭っても辞めなかった人もあると思います。

私のように、少し抵抗したけど企業と戦っても勝ち目がないと見てあっさり諦めざるを得なかった人も多いと思う。こんなアホな会社に見切りをつけよう、と早い段階で決意をした人もある。

また、会社が、居残る決意を表すようだったら残してもいいと思いながら(退職勧告の)声を掛けたら辞めた奴もいます。3万人の中には様々な色合いの人がいたということを見逃すとこの会社の後の「茶番劇的経営」を冷静に見つめられない。

記事を読んで、あれは明らかにかなり「質の悪いリストラ」だったと私は感じ取っていたことを、今更ながら思い出しました。

幸之助の死去以来、矜持のような精神を、恥も外聞もなく捨て去っていった大企業です。生きるためには必死だったのです。見栄に満ちた肥満化した製造業です。あの会社は、大きくて強くてかっこ良くて、たくさん給料払って、威張っている必要があった会社だったのです。

「日本一の経理システム」と自他ともにその素晴らしさを誇った経理。これを守り切らねばならないとでも考えたのでしょうか。「企業は儲けて何ぼ」そういう会社に成り下がっていた会社が迎えたのは、3万人のリストラでした。

そのあとにも同じようなことを10年間で繰り返してきたのでしょうが、私は最近の動向を注目すらしてなかったので分かりません。しかしながら、それでも復活を夢見て、自己増殖を試みたのだろうか。

一方で人材を切り捨てて、その間にブランド力や名誉も失いつつ必死で巻き返そうとしているようですが、プライドと過去の繁栄が迷信のように残っているだけです。

昔、造船や鉄鋼がどん底に落ちて解体されて、同じように繊維業界も日本中を支配するかのような勢いだったのですが、とことん廃れてしまって、伝説も残っていないほどです。家電業から総合電機産業と呼び名を替えても、既にもう時代は次のステージです。

私はそう判断して平成15年の自主退職勧告(実質上のクビの脅し)を受けました。生涯で貰う給料総額は、死にモノ狂いで縋り付いたほうが多かったのかもしれません。仕事がなく、過去の栄光のような仕事や業種、立場に返り咲くこともできずに、家族から誹謗され続けて50歳を回ってしまいます。

幸か不幸か、ひとつの兆候として、急激に抜け続けていた頭髪が、抜けることを止めて残り始めたことが笑い話のネタにできます。

しかし、外ズラだけ保って本質を隠しながらの、恥だらけのリストラが今でも続いているのだという事実を知ると、あのときあの会社がおこなった、犯罪にほとんどすれすれだったリストラのことを、歴史の年表に刻んでもらうべく、公表して記事にしてください、と言わなかった私を後悔します。

もちろん、その後、マスコミというところの別の視点から見る姿も見てきましたから、マスコミに公開することが得策だったとも言えないし、マスコミも興味を示さなかったと思います。

社会の悪を咎めたい。そういう気持ちはありますから、これからチャンスがあったら狙うことにします。生きてるうちに実現できたらいいのですが。

◆◇
◇◆

赤字にあえぐパナソニックグループに、従業員たちが「追い出し部屋」と呼ぶ部署がある。

なるほど、10年経っても体質は変わらないのだなと思うと自然に頬が緩むような気抜けを感じた。私がいたとき、既にその10年ほど前の嫌がらせのような話を先輩や異動してきた同輩から聞かされて知っていたこの会社の体質を思い出したからです。

詰まるところ20年近くが経っても会社というものは体質を変えようとしないのだなと思うと、私がこの会社の長所短所をじっくりと考察したときのあらゆる推論の誤りは極めて少なかったと確信できます。

人事の生む組織は、見かけ上変化するのだが、ピラミッド型に築き上げた人の繋がりは一部の人の都合と欲望などに大きく左右されて、神髄には変化は起こらない。真の心で社会に貢献して世の中に役立とう、というような社訓は所詮大義名分に過ぎず、人など大事にしようと考えもしない体質である以上、理想にあげたような姿にはある時点から全く近づいてはゆけないのだということも分かってきます。

10年前には「追い出し部屋」などという洒落た名前は無かった。ただの会議室か従業員食堂のテーブルで十分だった。有能で立派な信念を持っていても、一部の人物の都合に見合わない人は、このテーブルを仕事の作業机として与えられた。

少なくとも私の身近な人から伝え聞いて知っている人は大阪大学を卒業して誰もが越えられないハードルを越えてくる才能を持って「ま社」に入ってきたのだが、どこでどのように気に入られなかったのか、テーブルである作業をすることになる。

 

「キミは机に座ってこの白い用紙に丁寧に与えられたボールペンで30センチの直線を引いてください(1日中それをすることを業務の命令とします)」という指示で毎日を送ったのでした。これは業務命令でした。破れば業務に背くのでクビにできます。それが会社の論理でした。

このような指示は珍しいことではなかったらしい。軍隊で、穴を掘らせて再び埋めさせて、さらに掘らせて……を繰り返すという伝説的で物語的な事実話に非常に似たことをやっている会社なのでした。

少なくとも数年間この会社に勤めたことのある人なら、「なるほど、そうですか、やっぱりね、おかしくないね」と感じると思います。そういう会社だったのです。そういう体質を芯の随のところに染み付くように持っている会社です。

初めて会社に来たとき、廊下を並んで制服を着て歩く社員の足並みが、歩調を揃えて行くように見えたのは錯覚ではなく意図したものだろうか、それとも上司の指示なのだろうか、と家に帰ってから考え続けた。私が学生時代のこと、防大の校舎の中を歩く学生が歩調を揃えて歩いていたのは、学校の躾だった。しかし、この会社の人たちはどうだったのだろうか。

テレビなどに登場して商品のことを語ったり、研究所や技術センターを撮影するカメラに社員の様子が写されたりするとき、日本の「ま社」の優れた商品と幸之助が生み育んだ素晴らしい職務に服する精神が、まさにテレビに(または新聞や雑誌に)紹介されているのを見て、製品とその精神を当然の成り行きの賜物と思った人も多かろう。

しかし、その背後には、弱きに強く振る舞い、外部の目に敏感に、監視をする人がいなければ狡き、世を渡るチャンスを伺うのがこの会社で生きる手段、そんな精神が流れていた。

つまり、日常に先生が生徒を叱ってばかりいるクラスで、ひときわ優秀な人物を保ちながら、裏の姿として先生が休みで自習になったらいち早くサボっているような奴、そして先生が現れたらくるりと翻って優等生にいつでも変われる奴のような人物を育成する会社。そんな雰囲気を社風にしたような感じだった、この会社は。

クラスで気に入らない奴がいたら、どうでもいいようなクラス役員を押し付けたり、何の意味も無い作業を押し付けている姿を想像してしまった。

のし上がって行く奴はそのような手段で学級委員になり、ガキ大将もこなして、引き連れる自分の子分待遇には自社の誇りを催眠術のように刷り込んでゆく。それに応じた給料や福利厚生で会社とともに、一緒に歩んで行くひとつの側面からは決して不満が出ないように封印を施し、社員を「材」の用に使った。

私が仕えた部長があるとき「うちの会社は『人材』では無く『人財』と呼ぶのだよ」と言っていたのが強烈に印象に残っているのだが、あの「財」は宝物の「財」ではなく、使い捨てて自由に使える「財産」という意味の「財」だったのではないかと、あとになって何度も苦笑したものだ。

そう思うにふさわしい会社であった。

鞣革で首を絞めるような言葉で仕事の継続意欲を奪い、自分から辞める言葉を吐かせようとする手口。こちらに労務や精神科学の知識があればもう少し闘えたのかもしれないが、最高の人材を揃えて法律に沿った話をされては、私たちの言い分は子どもの駄駄をこねてぐずっているようにしか聞こえないだろう。だから勝てる訳が無い。すべてこの会社の筋書きで進むのだろう。

あのときにはとても悔しい思いをして、もう忘れよう、あんな会社のことは……と思った。本当に病気になれる人が羨ましいとさえ思った。

上手に卒ない論理で攻められてその背後から

「もし辞めて、1ヶ月後に県内の港で一家そろって遺体があがったときに、私が辞めさせたと思われたらあかんから……(辞めろとは言わんよ)」

というかけ声が聞こえてきたときは、煮えくり返るほど頭に来ました。関係者の家をすべて灰にして自分もそのあと死のうかとさえ思った。

しかし、それをしても、間違いなく周到に準備が行き届いていて、「ぜひとも我が社に残って頑張って欲しいと声を掛けて励ましていたのに……」と(ヤクザの)ドラマのようなことを言われて、握り潰されるだけだろうと思うと、そんなことは本当に賢い人間のすることではなかったし、現実的ではなかった。

私は、公に事実を伝えるチャンスを待つしか無い、と思い直したのだった。今でもそんなチャンスがあるとは思っていないが、一部の人が大きく事実を違えて理解しているならば、それを伝えることは使命であると考えている。

それは世の中を良くするための手助けであり、これから会社を追われる人へのエールでもあるだろう。さらに、この会社の製品を購入する人への参考情報でもあるし、今後この業界で職を探す人への提言にもなると確信する。

平成24年12月31日の朝日新聞朝刊の記事を読んで、こんな風に書き出すことになったことの次第には、そのような動機があります。

◆◇
◇◆

大阪府門真市のパナソニック本社から遠く離れた横浜市の子会社。工場などがたつ敷地内のビル「S10棟」5階にあるその部屋は、看板もなく、がらんとした室内に100台ほどの古い机とパソコンが並ぶ。そこに、事務職の女性が配属されて3カ月がたつ。

手に取るようにその様子がわかる。浮かんでくる。なされている会話も推測できる。

どうでもいいような建物。家賃も掛からないようなところだろう。

ボロボロのプレハブを与えればいいと考えている。

言い訳がたつように、通信回線や機器は揃えるけど、ボロばかり。
空調が壊れていたりするだろうから、確かめに行ってみるといい。

おもな仕事は、ほかの部署への「応援」だ。「要請があれば駆けつけて、製品を梱包(こんぽう)する単純作業などをこなす」。応援要請がないと、することはほとんどなく、終業時間が来るのを待つしかない。

 つまり、不用な人を体裁よく活用し、少しでも早い時期に自主退職に追い込むための部屋を、今風に考え出したのだろう。

マスコミ対策も労務関連も完璧だ。訴訟になったことも想定して必要書類は完璧にしている。

10年前は、退職後の会社を斡旋していましたが、今はそのように体裁よく斡旋ができる会社すら見当たらない。

退職金を5倍も出すほどの余力も無い。

だが私が昔上司に「新入社員を雇えば、3人雇って君と同じ費用で済むのだ」と言われたように、この人たちも言われたのだろうか。

はっきりとは言わないものの、この会社らしく以心伝心で伝えたのだろうか。

言ったら終わり。(一家心中のような)事件になったら会社の責任だが、言わずに伝わればその人自身の問題であるからという基本的なこの会社の考え方で事を進めて行く。

人権教育なども行き届いているから、上から見下ろす側に劣勢はない。

様々な部署からここに、正社員113人が集められた。この女性のように、働き盛りの30~40代までもが対象だ。配属されて最初に受けた「研修」では、自己紹介のやり方を見て、みんなが「だめだし」をするグループ討論をさせられた。

いかにも、君たちはここで元に戻って、昔のように活躍できるチャンスを得てください、という虚心に満ちたモーションをやっている。

初めての「応援」は、携帯電話の箱詰め作業。入社以来初めて、「Panasonic」のロゴが袖に入った作業着を身につけた。他工場から持ってきたベルトコンベヤーの横に並び、30秒に1個、流れてくる携帯電話を段ボール箱に詰める。

これまでは主に非正規の社員がやっていた仕事だった。「私の人生、変わってしまった」。その後も、他部署の仕事を手伝う日々だ。

の部屋の正式名称は「事業・人材強化センター(BHC)」。

素晴らしいとしか言いようが無い。
この会社はあらゆることにおいて体裁を整えてから物事を招き入れる。
如何にもこの会社らしい命名方法だと思う。

その手法は悪いことばかりでもなく、困難なプロジェクトであればその命名から勇気と投資がモリモリと湧き出てくる。

そのことを知っているからこそ、逆に鞣革で首を絞めるような使い方もできるし、それを戦略にもできる。

そういうところも、20世紀後半を先頭を切って走ってこれたパワーのひとつだろう。
お金の掛からない部屋で、よその部署がお金をかけることのできないような仕事を引き受ける。

何かのリカバリーの仕事を専門に引き受ける。
帳簿の上でお金が動かない部署を作れば、金を掛けられない屑の人材を雇用できることになる。
特別に設けた費目で処理されてゆく。
産業廃棄物を処分するような費目とすれば、会社の感じる痛みを軽減できる。

 

その少し前に上司に呼ばれ、「今の部署に君の仕事はない」と告げられた。
会社が募集する希望退職に応じるか、「BHC」への異動を受け入れるか。

異動するということ自体が「クビの一歩手間です」という宣言である。
本人もそのことを十分に知っている。

一度嫌われたら好きになってもらえないのは、色恋の話や現代社会においても同様だ。

「嫌い」、「好き」という感情は、痛いという感覚と同じように命令形が成り立たない。

嫌いなものを「好き」になることに、命令形はない。

したがって、異動してくださいと宣言されることに、返事は不要なのだ。在ったとしても意味を成さない。

「キミの仕事が無いということは、キミは有能無能に関わらず、お金も掛かるし、(例えば高度な知識があっても使いにくい人材なので)どこの部署も欲しがらないのです」と言っているのだ。

バカで安くて反抗しなくて、直ぐ辞めて欲しいときに辞めるような人材のほうがありがたい。手ごわくて厄介な奴は処分できるときに、(正当な)手段がある方法で処分しておこうと考える。

そういう統一した意識がこの会社の管理職には流れている。

しかし、そのような扱いや判別方法は、言葉としてバイブルになっているわけではない。

上を見ながら自分が出世の梯子を登るときに覚える術だ。

術を身に着ける人と身に着けられない人、さらにそういう術で生きていきたくない人があって、この3つめの道を選んで会社に残ろうとすることはできない。

邪魔者にされていつか処分をされる。

数日迷った末に、子供のことを考えて「残ることにしました」と告げた。すると上司は「BHCに行っても、1年後どうなるかわからない。このことは理解しましたね」と念を押した。

私が上司と10年前に交わした言葉と、中身こそ違うものの、私があのときに感じた「あんたら一家心中してくれたら片付くのに」というような気持ちが潜んでいるのが見えてくる。

生き残る人を集めて集合体を作って会社を存続させても、最後には組織は空中分解をすることが見えている。

それでも、ピラミッドの頂点には、人を蹴落として二つの顔を自由に扱える人材を揃えようとしていた。この業界に生き残りたかったのだろうと思う。

もちろん、こんな無残で卑劣な会社になり果てるとも想像もしなかったのだろうが、催眠術のように会社を愛する七精神(世間でいう社訓)を植え付け、社歌を歌い、プライドを持たせ続けたのだから、狂気のツラで突っ走ってもどこまでも自分たちは正しいのだった。

私はそういう自分の会社を見ているのが嫌だったし、一員になるのも嫌だった。

加担もしたくないし、被害も蒙りたくない。

こういう会社は完全に分解することを願っても叶うわけもないので、限りなく分裂して社会に影響を及ぼさなくなるのが望ましいのだ、と思ったし願っている。いつかこの国をもネジ曲げてしまう力も潜めているだけに。

 

■会社「退職強要ではない」

朝日新聞が入手した内部資料によると、BHCが今あるのはパナソニックの子会社2社。
在籍者リストには計449人の名前が、肩書などとともに記されている。
両社の全従業員の1割弱にあたる人数だ。

このような部署がこの会社には幾つも影を潜めて存在するのだろう。

きっと誰も知らない、新聞も書かない。社会の一般の人もそんなことを知りたがらない。

利益も害も及ぼさない、消費する経費も最低限の部署(またはそのような機能、仕組み)が各事業場に1つずつ間違いなくできているだろう。

部署として存在しなくても、そのような扱いを受けている人がいるはずだ。

調べれば1割どころではないはずだ。3割ぐらいいるかもしれない。

出向を命じられている人などの中には、たくさん紛れているに違いない。

心の病に落としいれ、無理やり休ませれば、社内がある意味で浄化できるとも考えて、実践しているかもしれない。

長い時間にわたり出向を命じ、心も体も部外へと押し出して、ステージから消してしまうという手段は、どこの会社でも多分おこなうことだろうと思う。

この会社は社訓の七精神にあるように「一致団結して」統一した精神を持っている人が多いし、そういうことを実施する側の人こそが生き残っている。

BHCについて、会社側は社員向けに「新たな技能を身につけてもらい、新しい担当に再配置するための部署」と繰り返してきた。
だが社員たちには「余剰人員を集めて辞めるように仕向ける狙い」(50代社員)と受け止められている。

会社のいい分はどこまで正しいのだろうか、信憑性があるのか。

明らかに歯の浮くような回答をまともに受けて、記事を書いた突っ込みの甘さは何だろうか。

マスコミの無知?マスコミの営利目的の記事編成?そういわれても仕方があるまい。

もしもマスコミが社会を正すひとつの力に似たものを持っているならば、この歯の浮くような会社の言葉の裏腹の部分や、労務部門の悪魔のような顔をもった体質を探って欲しかった。

受け取る資料と公式にインタビューに答える情報を纏めてひとつの論文風にまとめるのは、大学生や卒業したての若い社員は得意だろう。マスコミの記事が近年優秀でありながらも、甘さを指摘されるのは、もっと泥臭い部分に顔を突っ込む技に欠けているからだ。利益を追求するあまり、金がないという理由で周到な時間をかけて取材もできなくなったこともあるだろう。

えげつない会社の形振りをスクープしても出世もできないし儲からないこともわかるが、報道精神に甘さを感じ始めている人は多いと思う。

会社は自分たちが正当であり続けなくてはならない。だから「大事にしてやっている社員が辞めるのだから(会社にとっても)苦しい」という姿勢を守りたい。

社員の本音は、「辞めたくないけど、もう無理だろう、鞣革で首を絞められているのだから」であり、「金をくれ、あとの仕事を保障してくれ。家族を養えるように」ということなのだ。

労働基準に抵触するギリギリの環境のようなところに転籍を強いる、また強いられる恐れがあるということを言葉にして、面接で話す(脅す)。

 

(今までとは違って)毎日苦しいとか汚い、臭い環境や激しく体力が必要なところに異動しても今の時代はありがたいと思わねばならない、というようなことをサブリミナル的に植えてきた効果を確かめながら面接がなされる。

今や会社のほうも、子会社が空洞化となり人材のやり場が無いはずで、10年ほど昔のように子会社や下請け会社に人材を押し出すことさえできないのではないだろうか。

しかし、労務部門はさらりと「次の仕事は世話をする、または次の仕事を探すだけの時間は与える、それを有給時間として十分に与えるから心配するな」という。

何年か後になっている姿は、そこには卑劣な首切り実態が残るのではないかと、容易に想像できる。

それとも、40歳から50歳くらいの、今記事に取り上げられている対象の社員たちが定年になるのをじっと耐えるとでもいうのか。

必ず多大なしわ寄せがあるに違いないとみて、そこを掘らねばならない。それがモノを探すときの常套手段だろう。

これについて、パナソニック本社は「(会社を追い出すためだというのは)受け止め方の違い。会社として退職を強要するものではない」(広報グループ)と説明する。

これまでに書いてきたように、「受け止め方の違い」などと白々しくも言ううところが茶番下劇だと思う。そんなことは、話のネタ程度でしか無く、誰もが信じないことは分かっている。

併し辞めさせられる側の心理として、会社のこの堂々と(白々しく)言い続ける論理に対して自分に勝ち目は無いと悟らされるのも実態だ。

この正当な言葉の「凶器としての力」は凄まじいと考えねばならない。

一度狙われたら助からない。

先にも書いたが、有能であるとか、知識があるとかいう問題ではない。今そこで必要かどうか(って書きながら当たり前のことなのだが)に掛かっている。

人材を育成して「知を生かし、個を結ぶ」という精神を打ち立てたことのある立派な会社が手のひらを返すようにして「キミが辞めれば3人の新人が採用できる」と暗示を掛けてきた。

「いつ心中してもらってもかまわない。うちの会社のせいだったとは言わないで欲しい」
と思っていることも伝わってくる。

◆◇
◇◆

子会社2社のBHCから、別の部署やグループ内の他社に「転籍」できた人は数十人いる。ただ、9月末までに32人が退社し、転籍した人より多いという。

3社協定の枠の中で採用されているので外面的には子会社ともとれる事業部門を子会社と呼んでいるのでしょうか。

東京圏内以外にもたくさん事業場があるので、似たような部門や部屋が作られたのでしょうか。

必ず似たようなことをしているか、無理矢理に東京に転勤させているのか。そのあたりは見えてきません。

会社の規則で、どこに転勤になっても従う、という意味の項がある。どのこ会社にもあるはずだ。この規約の重みを普段から潜在的に植え付けてあれば、東京にBHCというところがあるので……とまで切り出して、その先を口籠るだけでも十分に効果が高い。

嫌と言えば「辞めますか?」と問い返せばよいのだから。

そういう茶番劇の果てに449人が異動して32人が退社しているというのだから、かなり強引に退社を迫ってることが伺える。

これらの数字に騙されてはいけない。32人の生の声を32種類取材してこそ、本当のレポートになろう。

32種類の声の裏には家族の声がある。私の家族は、お給料もたくさんくれるし、休みは多いし、会社としても社会的に有能でかっこいい、さらには人にやさしい善良な会社なのだから、海外に転勤(や単身赴任)になってでも残って欲しいと思った。(し、そう言った)

夫は「愛してもいない会社」「愛されてもいない会社」に残ることの辛さを家族に説明できているのだろうか。

32人の親友や家族に聞きたい。32人の日記を読みたいと私は思う。

だから、ここで記事にしただけでは、用意された筋書きだ、としか私には思えない。

BHCを最初に設けたのは数年前、パナソニック本体の半導体部門だった。

「以前は余った人員を他部署で受け入れることもできたが、韓国や中国企業との競争激化でその余裕はなくなった」(パナソニック本社広報)という。「余った人員」が集められているのが、BHCというわけだ。

 深刻度はかなり増していると言えよう。嘘は書いていないだろう。

国内子会社や共栄会社(とP社は呼ぶ)にも力が残っていないことを白状している。

ハローワークに1日いると40歳または50歳を超えた人が職を探しにやってくる。

何日も通い続けると知り合いができる。

そういう仲間同志の世間話や愚痴や弱音、家族に話せないような情けない話が混じる会話を記者さんは聞いたことがありますか。

2,3日居座ればおよそ聞けます。

失業者の実態を探るなら、まずそこから始めねばならない。

大企業が子会社(下請け会社)として囲っていた会社に転籍したら、その会社が倒産、または大幅業務縮小したらどうなるかは、自明だ。

人生のご褒美としてもらった退職金の多くをつぎ込んでコンビニ経営に乗り出した人も、風の噂に聞くのだが、そのコンビニが店を閉めたこともそのあとで知る。

自分で工場を始めた人もいた。古巣の会社から人材を受け入れ、取引もしてもらい従業員を7人程度で始め、数年で400人ほどまでに成長させた。そののち5億というマイナスの数字を残して会社は倒産した。

P社の筋書きだったのではないか。

首を吊って保険金を受け取るということがニュースになったころがある。

ほんとうにそいうことを考えたことのある人(で、今生きている人)に会って話を聞いたことが記者さんはあるのだろうか。

製造業の「国内回帰」を引っ張ってきたパナソニック。だが海外勢に押され、2年続けて巨額の赤字を出す見込みだ。

つい最近まで安定していた大企業ですら雇用を支えられなくなり、就職氷河期を勝ち抜いて正社員の座をつかんだ30~40代にまで人減らしが及ぶ。

 会社に見切りをつけて新天地を求めようにも、良い働き口はない。辞めるに辞められず、仕事がある部署への転籍もかなわない「社内失業」が増えていく。

事実なんだろう。従業員の給料を半分に減らすことはできないので、辞めてもらうしか無い。

就業時間を減らして、給料も減らしたいところだが、労組の絡みもあり大きな改革はできない。

会社が肥満化していることは分かっているのだけど、ダイエットできない。

会社は形振り構わずに、処分に走っているだといえよう。

世間ではお手本だった会社だが、お手本である姿をも棄ててもいいとさえ思い始めている。この記事が世に出てくることもその兆候で、押える力もなくなっている。

何か別のものに、大手企業は責任を擦りつけているようにも見える。

◆◇
◇◆

今年、急な経営悪化で人減らしを打ち出す大企業は相次いだ。創業100年で初めて大がかりな希望退職を募ったシャープ本社でも10月、大阪府内に住む40代の男性は上司にこう言われた。

「この職場にいても、ポジションはありません」

「ちょっと待って下さい。これじゃ指名解雇じゃないですか」。
頭が真っ白になった。

私は10年前に「ポジションはありません」という言葉を至る所で耳にした。

優秀であっても異動してやり繰りする気は全くない。その力も、気力もない。

嫌いな奴を、邪魔な奴を、使い捨て同等に処分するのが手っ取り早いし安い、早いのだ。

幸之助が一人一人の社員の手を握り「ご苦労さん、頑張ってや」と言って回ったのは、歴史的といえるほど昔のこととなった。

その頑張っての言葉の根底にあった社員をねぎらう精神を社訓の中に秘め、「水道哲学」として世の人に知らせた。

母の又従妹だった上之郷利明さんも「ま社」を取材し、この哲学を記事にした。

神様のようになった幸之助が地方に来るという話があると、天皇陛下が来る時のように廊下を掃除し磨き、窓を磨き、庭を掃除した。

社員には見られているかもしれないときの行動の規範を徹底させ予行演習までした。歩き方から服装、頭髪までチェックした。そんな時代もあったし、経てきた。

しかし、幸之助の死後、この哲学の一部だけが経営理念として生き残っただけで、本来の会社が備えるべき人材に手厚い考えはなくなってゆく。

死後の社長の業績や改革の内容、事業の展開を見れば見えてくるだろう。内部にいた私は見たくもないが。

もしかして……。幸之助の本心は、あのような(水道哲学のような)美徳ではなかったのかもしれない。

貧しくて、人に自慢できるような身分でもなかった自分が一番大事なのだ、と思うような人だったのではないか、とさえ思うことがある。

弱いものは踏み潰して行きなはれ。
運のない人は棄てて行きなはれ。

そういう風に心底は考えるような人だったのではないか。
幸之助ってただの欲深い商人だったのではないか。

そう思われても仕方ないような会社に変貌しつつある。

◆◇
◇◆

欧米も「雇用の創出が政府の仕事」(オバマ米大統領)と国をあげて対策に乗り出す。「雇用は労使の問題」と企業まかせにしてきた日本の限界が見えてきた。

どん底を迎えた雇用の状態。
私は仕事を退いて、1年間年金も保険も払えない暮らしが続いた。
仕事などどこにもない。

行政は若者の就業率を上げるために躍起になっているが、その若者を支える40代50代の人々の再就職先が、そのタマがないのだ。

 

緊急雇用対策などというまやかしの政策で社会は変わってはゆかない。

定年前に仕事を追われた人の再就職対策も、若者と同様に躍起にならねばならない。

二つの世代の失業状態は、同じ失業でも全く違った質のものだ。

数字には表れないから、同一視してしまうのだろうか。

若者のほうに重点が注がれている。

ハローワークに行ってみればわかる。

40代50代が仕事を探している姿ばかりだ。

若者については、企業構造の問題以外にも失業の原因がある。

就業意識の違いなども大きい。

意欲の喪失という社会構造とは別の問題も多いのではないか。

教育に起因するような側面も感じるし、そのような点を指摘する親世代も多い。

一方で、定年を控えて10年前に職を失った人の痛みは大きい。

雇用を継続するとか、ワークシェアリングを拡大した形での再雇用も必要になろう。

行政に何ができるのか。

国民全員を一斉に失業させ、一斉に一時的でも面倒を見てやるという方法を取れば、社会は大きく改革できる。

それに似たことをするくらいの大きな勇気が必要だろう。

限界にっぽん」第2部では、日本が抱える難題と向き合う大阪を主な舞台に、雇用と経済成長をめぐる政府の役割や責任を考える。

 定常化社会という言葉がある。

さて、経済成長を迷信のように信じている人々と諦めて新しいステップを踏み出すことを試みている人がいるが。

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