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2013年1月29日 (火曜日)

暮れゆく1月に昔を思う

昔の日記が出てきた。
それは、節分のころのものであった。

日記には「複素解析学の先生に就職が決まったので単位をお願いに行った」と書いている。

先生の顔はもう覚えていないけど、先生、ありがとうございました。
あれから私は京都のオ社というところに就職しまして、まあ、その後いろいろとありましたが、学生時代のさまざまな教訓や問題提起のおかげで、ここまで来れております。

私の今があるのは、あの時期の答案に

先生!就職が決まったので単位をください

とか

白紙のA4の解答記述用紙に

先生の出題された問題は私には解けませんでした。併し私は卒業しなくてはなりませんので一生懸命勉強しました。就職も決まっています。勉強したことを書きますのでお願いします

と書いて、A4用紙に全く関係ない想定問題とその解答をびっしりと記述した。無線技術士の試験解答を書いたときのように必死で書いたのでした。

そういう科目が、複素解析学以外にもたくさんあった。数科目はあったと思う。

(そしてそのことを思い出して今でも夢で魘されているとツマは言う)

3年になるとき、4年になるとき、そして卒業のときに、次々と同期生の姿が消えて行った時代だった。あれはあれで私なりによく頑張った学生時代だった。

今思うと、単位をくれた先生も素晴らしい。散々落としておいて、卒業のときはいくつかのハードルを与えながら大目に見てくれたのだ。

あれはちょうど今頃の季節でしたね。

31年前。
24歳。

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