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2013年1月22日 (火曜日)

東北のこと 花も嵐もⅡ その33

東北地方ってのは詰まらないところだと思っていた。併し、このシリーズの前篇で多くを裂いたように、知られざる面白さがたくさん潜んでいる。バイク雑誌に紹介されたとしても北海道のように人が殺到することになろうし、地形的に暴走をそれほど許さないところであることや走ること以外に深く味わうものを多く含んでいるだけに、そう簡単には食い潰されはしないと願いたい。

そうして東北との出会いが遅れる傾向にあるかというと、ツーリングを始めてまず誰もが行きたがるところは北海道で、次に九州に行き、信州に行くというのが筋書きのようなものだからだろう。東北まで辿り着いても、かっ飛ばしている子たちが多い時代のツーリストには、そのころは飽きているのかもしれない。30歳を過ぎても40歳になっても乗っている奴は、よほど貧乏で車が買えないか、少し変わった奴と呼ばれてしかたのないか、本当に旅そのものが好きで、そういう人が東北を走っていることが多い。

もちろん、初めてのツーリングで東北を走る人も多いと思うが、青森・秋田・岩手だけで四国ほどもあるのだから、初心者では手に負えない地域だ。面白くなくて当然かもしれない。

その点、信州は関東からも関西からも一泊二日で行ける手頃のな所であったし、仲間も多く、走って楽しいところもたくさんあった。景色がよく、夏も涼しいのでコンパクトに旅を纏めようとすると信州を走ると失敗がなかった。ツーリングには欠かせない美味しい蕎麦屋もある。

だが私は東北に行く用事があったのだった。それは、シリーズの前篇でも触れたように、そこに私が会いに行かねばならないひとりの女性がいたからであった。だから、その人に会うために東北を目指し、逢わない・逢えないにしてもそちらの方向に吸い寄せられるように走ってしまうのだった。

女性のことはさておき、東北の魅力にはどっぷりと引き込まれた。90年代などは6、7回東北の方向に向かって走ったのではなかっただろうか。

そのころは元気もよく、高速道路を使わずに渋滞時間を割けるために夜明け前の出発を試みて距離を稼いでゆく。早朝出発とは、3時に起きて4時ころに家を出ることだ。渋滞をさけるために本州の中央部の盆地をすり抜け峠を次々と越えていった。峠越えの日記もいくつか残されている。

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